21話・国王直属の捜査官が訪ねてきた
「あたしがもう、良いって言ったの」
「どうして? あんなにも仲が良かったのに」
「縁がなかったのよ。いなくなってしまったのだから仕方ないわ」
「そんな言い方──。もしかしたらフィエロは逃げ出したのではなくて、何か事件に巻き込まれているかもしれないでしょう?」
「どっちにしろ、婚礼を上げた晩に花婿がいなくなったのを他の人に知れたら、醜聞にしかならないわ。しばらくは田舎に引っ込んでいるつもりよ」
マリアナは、フィエロが自分のもとを去って行ったような言い方をした。もしかしたら二人の間で何かあったのだろうか? そのことには触れて欲しくなさそうだった。でも、田舎嫌いだったマリアナが、そこまで言うからには、フィエロはよほど酷いことをしてしまったようだ。
彼女からの話を聞いて気が付いたことがあった。マリアナの旅行は新婚旅行ではなく、傷心旅行だったのかも知れないと。私を嫌っていた彼女が、別人のように優しくなって帰って来るぐらいに、どこか吹っ切れたものがあったようだ。ふと、ノアールの言葉が頭を過ぎった。
──彼には婚約者がいた。
そうだ。フィエロは自分を裏切った男だ。二度と女性を裏切らない保証なんてないじゃないか。あの見た目だから黙っていても、女性の方から言い寄ってくる。マリアナ悪い男と縁が切れたのだ。そう思ったらいつの間にか、心の声が漏れていたようだ。
「これで良かったのかも知れないわね。フィエロは誠実のかけらもない人だもの」
「サーラ?」
私の辛辣な言葉に何故か子爵がギョッとした様子を見せた。母もマリアナも唖然としている。特に子爵は、私がフィエロと付き合っていたのを知らないから、私がそのようなことを言い出したことに驚いたようだ。
「あの人は婚約者から逃げるような人です。女の敵です」
母とマリアナが一斉に子爵を見る。子爵は苦笑していた。
「サーラ。誰からそのようなことを聞いたのかな?」
「……婚礼の晩にフィエロの伯父さまと知り合いだという人と出会いまして、その人から伺いました」
その場に沈黙が満ちる。仮にも娘婿だった男を貶してしまった。いけないことを言ってしまっただろうか? 子爵は黙り込み、母は黙々とお茶を口元に運び、マリアナはお菓子を摘まんでいた。長く感じられる静寂に居たたまれない思いでいると、執事が入室してきた。
「旦那さま」
「どうした?」
「旦那さまを訪ねて国王直属の捜査官を名乗るお方が見えています」
「クリュサオルか。私に何の用だろう? 通してくれ」
普段は誰も訪れない静かな屋敷なのに、今日は訪問者が続く日だ。今度は国王直属の捜査官クリュサオルが来たと言う。クリュサオルとは噂に聞いたことがある。その名の通り国王直属の部下らしく、国王の命で独自の捜査を行っているらしい。クリュサオルが出向く先では、不正を行っていた領主が次々摘発されたことから、彼らが来る領地は問題ありとも聞いたこともある。そのクリュサオルの来訪。何だか胸騒ぎがした。
しかし、執事に案内されて入室してきた相手を見て、目を剥きそうになった。そこにいたのはノアールと、伯父のアコダだった。思わず話しかけようとしたのを、アコダが目配せしてきて口元に人差し指をあてる。この場で私と知り合いだとばれたくないようだ。




