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16話・献身的な乳母

「サーラがいない?!」



「落ち着け。アコダ」


 昼間サーラの家を訪ねたノアール達は、無人の家を目にして不安が過った。約束はしていなかったが、昨日、彼女の母親が憲兵に連れられて行ったこともあり、彼女の身に何か起きたのではないかと思ったのだ。ノアールは事情を聞くべく、隣家のドアを叩いた。するとドアからシイラが顔を覗かせた。


「あら、ノアールさん」

「シイラさん。サーラがどこへ行ったか分かりませんか?」

「いないのかい?」

「はい」

「じゃあ、もしかしたらあの子、留置所へ母親の様子を見に行ったのかも」


 サーラを送ってきた時に、母親が憲兵と揉めていたのをノアール達は見ていた。お互いに顔を見合わせる。サーラなら確かに、いくら不仲の母親と言えども、心配して様子を見に行きそうだ。シイラはノアールの後ろにいるアコダに目を止めた。


「そっちの兄さんは誰だい? 昨日も一緒にいたようだけど? ノアールさんのお兄さんかい?」

「いえ。彼は……」

「私はサーラの伯父です。いつもサーラがお世話になってありがとうございます」

「サーラちゃんのアコダ?」

「はい。サーラの父、ジグルドの兄アコダです」

「おや、そうかい。ここいらの者は皆、ジグルドさんにはお世話になったものだよ」


アコダが前に進み出て正体を明かすと、シイラは目を丸くした。そして家の外へ出て来た。ノアールは聞いた。


「昨日の騒ぎは何だったのですか? 詳しいことはよく分からなくて」

「ボーモン子爵のお屋敷が火事になったのは知っているかい? その放火犯として密告があったとかで、憲兵がクラリーを容疑者として捕まえに来たのさ」

「それでクラリーさんは留置所へ?」

「そうだよ」


 シイラが話をしているなか、外での会話が聞こえていた様で、裏の家の小母さんが顔を覗かせた。


「サーラちゃんなら、ボーモン子爵が迎えに来て出かけて行ったよ」

「ボーモン子爵が?」

「えっ? あんた、それは確かかい? 子爵は殺されたんじゃないのかい?」


 裏の小母さんの言葉に、ノアールとシイラは驚いた。クラリーはボーモン子爵の屋敷に放火したとして、憲兵に連れられて行ったが、ボーモン子爵やその娘の姿が見えないことから、その殺害容疑も兼ねていたように思えた。

そのボーモン子爵が生きていたと聞き、シイラは疑わしそうに裏の小母さんを見た。


「ボーモン子爵が死んだってのは、デマだったんじゃないの? あたしは子爵と一緒にサーラちゃんが馬車に乗って出かけて行くのを見たよ」


 裏の小母さんは、ボーモン子爵とサーラが、二人で馬車に乗るのをハッキリ見たと言った。


「本当に子爵さまだったの?」

「嘘は言わないよ。あたしは目が良いからね、二メートル先の物まではっきり見えるよ。あの様子だと恐らく、クラリーを釈放してもらう為に留置所に向かったと思うね」


 シイラはまだ疑っていた。自分の目で見てないだけに信じがたいのだろう。裏の小母さんは間違いないと言い切った。死んだのでは?と、思われていた子爵がサーラの元を訪ねて来たと聞き、不可解に思いながらも、ノアールは兎に角、留置所へと向かうことにした。


 留置所では、ボーモン子爵本人が訪ねて来て、クラリーは無罪放免となったと聞かされた。ボーモン子爵の屋敷を放火したのは、クラリーだという密書は、何者かの悪戯だったようで、子爵本人からその件については不問にすると言われた。との事だった。一度は死んでいるのではないかと思われていた子爵が姿を見せて、しかもクラリー夫人の釈放を願ったことで話はついたらしい。


「ノアール。俺はボーモン子爵とやらには会っていないが、サーラは子爵と親しい仲だったのか?」

「いや。彼女から聞いた話によると、単なる雇用主とその使用人の仲で特に親しい仲ではなかったようだ。ただ──」

「ただ?」

「彼女の母親はボーモン子爵の娘の乳母であり、サーラはその娘だから」


  アコダは、サーラの交友関係は良く知らない。ボーモン子爵がサーラを訊ねて来て、一緒に馬車に乗り、拘置所まで来るくらいなのだから気にかけているように思える。一使用人であるサーラを気に掛ける理由が気になったようだ。


「ああ、例の献身的な乳母か。社交界で有名だよな。確か産後直ぐに亡くなった子爵夫人に代わり、残されたお嬢さまを養育してきたと言う? あれがそうなのか? 噂とは全く宛にならないな」

「その通りだ」


 二人は社交界の噂にも通じていた。その為、ボーモン子爵家の乳母は評判通りの良い人物なのだろうというのが二人の見解だったが、当の本人を見てノアールは期待外れでがっかりしたし、たった今、真相を知ったアコダも信じられない顔をした。


「クラリー夫人は実家のある下町では人気がないな? 悪評しか聞かなかったぞ。 ジグルドの奴、何でそのような女と結婚したんだか」


見る目なさすぎるぞ。と、アコダは呟いた。



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