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15話・私の為に用意されていたもの



「お帰りなさいませ。旦那さま」


 別邸につくと白髪の執事を始め、使用人の皆が頭を下げて私達を出迎えた。旦那様が言っていた通り、新しい使用人を雇い入れたらしく、顔を上げた使用人達の顔には誰一人、見覚えがなかった。


「娘と妻だ。皆、宜しく頼むよ」

「畏まりました」


 旦那さまの紹介に、一歩前に進み出た老齢の執事が使用人達を代表して応えた。眼鏡をかけた老齢の執事は穏やかな笑みを浮かべていた。


「お嬢さま。お部屋にご案内させて頂きます」

「えっ? あの……」

「サーラ。きみの為に部屋を用意した。見てくるがいい。我々は応接間にいるから」


 にこにこと微笑む子爵と母。傍から見ると仲の良い親子にしか思えないのだろうな? と、思いながら何気に馬車の方を振り返ると、ここまで送ってくれた御者が一人しかいなかった。あのフードの人はどこに? そう思いながらも執事に促され玄関に足を踏み入れた途端、そのことを忘れてしまった。




「こちらでございます」

「わあっ」


 案内された部屋は日当たりも良く、室内は小花模様の壁紙で覆われ、パステルグリーン色のカーテンが風に揺れていた。寝台を始めとした木目家具は真新しく、まるでどこかのカフェにでもきたみたいに小洒落た雰囲気があった。部屋は広く手前に応接間がすっぽり収まったかのように、ソファーやテーブルが置いてあった。

 

「如何でしょうか? 旦那さまの命でこちらをご用意させて頂きました」

「素敵。ここがわたしの部屋?」

「そうです。お嬢さまのお部屋ですよ」


 お屋敷にいた頃は、かび臭い屋根裏部屋だったし、実家では丸木を組んだベッドで寝ている。生前父が作ってくれたベッドだ。それも悪くはないが、それと違った可愛い雰囲気の寝台に魅せられた。天蓋付きなんてお目にかかったことなどない。思わず近づいてベッドの上に、寝転がってしまった。


「ふっか、ふか──」


 にこにこと私の様子を見ていた執事は、さすがに目を丸くしていた。その執事と目が合い、気まずい思いでベッドから降りる。17歳の娘がやることではなかったよね?


「ごめんなさい」

「謝らなくともいいのですよ。お気に召されましたか?」

「はい」


 執事に微笑まれて、気を取り直した。そこへ侍女がワゴンを引いて現れた。


「お茶のご用意を致しました。こちらにどうぞお座りください」


 これもまた、初めてのことだ。執事に促されてソファーに座れば、侍女が目の前のテーブルの上に、ケーキと紅茶を注いだティーカップを置いた。目の前に置かれたイチゴの乗ったショートケーキに涙が出そうになった。このケーキはマリアナお嬢さまが大好きだったものだ。


 私が屋敷に引き取られたばかりの頃、お嬢さまの遊び相手を務めていたが、その時おやつとして毎回、お嬢さまに出ていたものだ。私にはなかった。私は美味しそうに彼女がほおばるのを、生唾を飲み込んで、見ていることしか出来なかった。


「お嫌いですか? 別の物をご用意いたしますか?」

「いえ。嫌いではないです」


 侍女が声をかけてくる。そこには気遣いが見受けられた。私がケーキを前にして、微動だにしなかったので不安を抱いたようだ。せっかくのご好意なので頂くことにした。初めて頂くイチゴのショートケーキは、甘く切ない気持ちにさせられた。


──いちごのショートケーキ。食べたかったな。

──そのうち、僕がお腹いっぱい食べさせてあげる。


 ふと、脳裏にフィエロとの会話が思い出された。彼はお嬢さまが現れる前までは、私に優しかった。彼には私の子供の頃の話から、最近のことまで何でも話していた。本当ならこのケーキは、彼との間で果たされるべき約束だったのに、このような形で果たされるなんて思いもしなかった。


 瞼を閉じれば、零れ落ちそうな想いが溢れてきた。まだ、彼のことを完全に忘れたわけじゃないようだ。


「お嬢さま?」

「ありがとう」


 無言が満ちる部屋に、私のことを気遣う一言が落ちる。その声の主を見上げれば、侍女も執事同様に優しく微笑んだ。


「旦那さまのご指示です。お嬢さまがお好きだと伺いました」

「旦那さまが?」

「はい。愛されておいでですね」


 執事と侍女は新しく雇用されたせいなのか、私はボーモン子爵に可愛がられている娘と信じ切っている様子だった。執事が出て行くと、侍女はクローゼットを開けた。


「さあ、お嬢さま。お着替えを致しましょう」


 そう言って見せてくれたのは、クローゼット一杯のドレスで驚いた。


「これは──?」

「すべてお嬢さまのものですよ。お嬢さまは淡い色がお好きと伺っていたので、様々なものをご用意させて頂きました。ただ、サイズの方が分からず既製品となりますが、これからはオーダーされることになるかと思います。どれになさいますか?」


 絶句する私に侍女が、「お嬢さまならこのお色が似あうかと思います」と、言いながら、数枚ドレスを私の体に当ててくる。いつのまにか私は着せ替え人形と化した。その後、侍女の言葉巧みに誘導されて髪を結い、メイクを施されて気が付けば鏡の前に立っていた。

「よくお似合いですよ。お嬢さま」


 鏡には化粧されて美しく微笑む、絵本の中のお姫さまがいた。ボーモン子爵家に来たばかりの頃、お嬢さまに母は絵本を読んで聞かせていた。それはお姫さまが出てくる話で、子供の頃に母親を喪い、継母や、義理の姉たちに虐められて育ったお嬢さまが、王子さまと出会って幸せになったというお話だった。

私は直接、絵本に触れることは許されていなくて、お嬢さまが絵本を見る度に、後ろからこっそり覗き見ていた。その絵本の挿絵にあったお姫様がとても美しく憧れた。


──あの頃は、あんなお姫さまになってみたいって思っていたの。

──じゃあ、僕がきみをお姫さまにしてあげるよ。


 幸せだと思っていた頃の残像が頭を覗かせて、私は頭を振った。トントンとドアがノックされて「入っても良いかい」と、声が上がる。旦那様の声だ。私の代わりに侍女がお嬢さまの用意が整いましたと声を上げると、ドアノブが回されて旦那さまが入ってきた。


「サーラ。良く似合っているよ。綺麗だ」

「旦那さま。こんなに良くして頂いてありがとうございます。でも、今後はここまでしていただかなくともいいです。私には不釣り合いです」

「そんなことはないよ。きみはもっと自信を持った方がいい」


 いくら母と婚姻するからと言っても、継子の私を気遣ってここまでしてくれるのは過分過ぎる気がする。今後、このようなことはしてくれなくても良いと言おうと思ったのに、子爵と侍女は嬉しそうに見てくるから言えなくなった。

以前は一使用人のことなど空気のようにしか思わず、あからさまに距離を置いていた人物が、随分と変わるものだ。調子を狂わされる。


「これは私からのプレゼントだ」

「プレゼント?」

「開けてごらん?」


 子爵に手渡された縦長の小箱を開けると、中から月華真珠のネックレスが出てきた。


「……!」

「まあ、素敵です」


 月の光をまとったような青白く輝く真珠のネックレスを見て、侍女はため息を漏らした。


「付けてあげよう」


 子爵が後ろに回る。真珠の冷たさが肌に触れると子爵は離れた。


「うん。やはりこれはきみが付けているべきだね」


 その言葉に引っ掛かりを覚えるも、子爵が手を差し伸べてくるとその気持ちは霧散した。


「お手をどうぞ。お姫さま」


 おどけたように言う子爵が若者のように見えてくる。その言葉を言って欲しかった人は目の前のこの人ではないと言うのに。私はその手に自分の手を載せた。



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