14話・これまでとは違う母の態度
「サーラ。今まで悪かったわね。あなたのことを一方的に虐めてきて悪く思っているわ。ごめんなさい」
「母さん……?」
これまでの母の態度とは180度違う態度に驚いた。母は私を嫌っていたはずだ。常日頃から向けられる視線は刺々しく、機嫌を損ねると罵倒や、物が飛んできた。その母が私に頭を下げてきたのだ。夢だろうか?
「クラリーはね、留置所に入って深く反省したようだよ。許してやってくれないかな? 今すぐには、きみもなかなか受け入れられる気になれないだろうが……」
複雑な母娘の間を取りなすかのように、ボーモン子爵は言った。だが、私の気持ちとしては、そう簡単に許せるはずもない。子爵は私が母に虐待されるのを知っていた。それなのに見て見ぬふりをして助けてはくれなかった。それを今更、許せと? 身勝手すぎる。
「じゃあ、我々の屋敷に行こう。皆が待っているからね」
ボーモン子爵は嬉しそうに言ったが、私はちっとも嬉しくなかった。今の母は借りてきた猫のように大人しくしているが、別邸では女主人として今までのように、私をこき使うのが目に見えている。
「あの……、旦那さま」
「何だい?」
「わたしはお二人の邪魔になるかと思うので、これからも出来ればあの家で暮らしたいのですが駄目でしょうか?」
「駄目よ。あなたも一緒に旦那さまと別邸に住むの」
何故か母が口を挟んできた。しかも、私を嫌っているはずの母が同居を勧めるなんて。そこには何か企みがありそうで怖い。
「別にお嬢さまたちのお邪魔はしません。目につかないところで暮らしますから」
母にとってはお嬢さまが第一主義なのだ。きっとお嬢さまからフィエロが私の元彼だと聞いていたのかも知れない。私とフィエロの縁が切れていると言っても、その過去をお嬢さまが気にならないとは限らない。お嬢さまの意をくんだ母は、彼らと私を引き離そうとしているのに違いなかった。別に別邸に行かずとも、あの家で暮らしていればボーモン子爵家とは接触しようがないのに。母は子爵と顔を見合わせた。
「何か誤解があるようだね? 私はきみと父娘として交流していきたい。あの子は婚姻して私の手を離れたし、今度はきみが幸せになる番だよ」
その言葉にどこか既視感を覚えながら、心の中では反発を覚えた。ボーモン子爵の言葉を額面通りには受け取れない。私は母に疎まれているのだ。今まで私のことを散々無視してきた子爵の、掌返しのような態度が信じられなかった。
「そうだよね? クラリー?」
「勿論よ。サーラちゃん。あなたは幸せにならないといけないわ」
ボーモン子爵に問われて、母は肯定する。別人のようにしか思えないほど、母は私に優しい声音で語りかけてきた。まるで以前から仲の良かった母親のような顔をして。母の愛を求めていた幼い頃ならば、母が自分に歩み寄ってきたことを素直に喜べたかもしれない。でも、今の私には突然、優しくなった母の態度に何かあるとしか思えなかった。しかも「サーラちゃん」だなんて。
──ボーモン子爵の前だから良い母親ぶりたいの?
「今までのことは水に流して、これからは家族三人仲良く暮らしていこうじゃないか。今まで住んでいた屋敷は燃えてしまったからほとんどの使用人は皆、解雇した。きみへの態度が悪すぎたからね。別邸で雇い入れた者達にはきみが娘だと伝えてある。だから安心してくれ」
──今までのことは水に流して?
安心してくれと言われても不審にしか思えない。元凶の母も一緒で、それを擁護した方が何を言い出すのか? こういう人には何を言っても通じなさそうだ。とりあえず別邸まで行き、お暇しようと思っていた。




