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11話・母が帰って来た


 早朝。朝食の支度の準備に取り掛かっていると家のドアをトントンと、叩く音がした。家の外は強風の為、何か風で飛ばされてそれがドアに当たった音かも知れないと、一度は止めた手を再び、再開しようとした時だった。外から声がした。


「サーラ、いるんでしょう? 早く開けなさいよ。早く!」


──母さん?


「母さん。無事だっ──」

「もう愚図なんだから」


 慌ててドアを開けると、母は私のことなど無視して真っ先に土間にある大甕の所に向かい、そこにあった柄杓を手にして甕の中の水を掬うと、柄杓の中の水を一気に飲み干した。口元をドレスの裾で拭うと私を見た。


「しばらく厄介になるわ。本当はこんなところ帰ってきたくなかった」

「母さん。今までどこにいたの?」

「そんなのあんたに関係ない。何かないの? お腹すいたわ」


 そう言いながら母は戸口の方を気にしつつ言った。誰かに追われてでもいるような感じで落ち着きがない。パンはまだ焼けていなかったので、出来上がったばかりのスープを出すと、文句を言ってきた。


「野菜のスープ? 私にこんなのを出すの?」

「文句を言うなら食べなくてもいいよ」


 言い返すと、母は「食べるわよ」と、言って無我夢中で食べていた。あの晩から母はどうしていたのだろう? 着ているドレスは結婚式の日のものだし、やつれてもいるし、満足に食事をしていたようにも思えなかった。


「寝るわ。誰が訪ねて来てもあたしはいないって言って追い返して。あとお金頂戴。風呂に入りに行きたいから」


 私がお風呂代の10ダガをテーブルの上に出すと、不満を漏らした。


「これだけ? 風呂代にしかならないじゃない」

「お風呂に入りに行くだけでしょう? 他は何に使うの?」

「気が利かないわね。食事とか、新しい服とか必要でしょう?」

「食事は私が作るし服は、ばあちゃんのを、借りればいいじゃない」

「嫌よ。ばばあくさい服なんて」

「嫌なら出て行けば?」


 文句しか言わない母に腹が立った。この人は私に対していつもこんな態度だった。一度だって褒められたことはないし、憎々しげに見つめられる。そのような態度を取られてまで、私が母を面倒見なくてはならない必要はない気がした。


「ここはあたしの実家よ。出て行くのはあんたの方よ」


 そう言うなり、私が出した10ダガをポケットに仕舞うと、さっさと私のベッドがある部屋に行ってしまった。今夜は祖母の部屋で寝ることになりそうだ。


 ボーモン子爵家とは違い、この辺りの家では各家にお風呂なんてしゃれたものはついていない。皆、港のギルドが経営している近場の大浴場を利用する。そのお風呂代が一回当たり10ダガなのだ。10ダガと言えば、コッペパンが一つ買えるぐらいのお金で庶民には負担のない金額だが、贅沢に慣れてしまっている母にとっては、はした金のように思えるのだろう。

 とりあえず母が生きていて良かったとは思うものの、今後が厄介にも思われる。私を嫌う母とどう向き合っていけばいいのかよく分からなかった。


 母はすぐ寝入ってしまったようで、しばらくしてノアール達が訪ねてきたことには気が付かなかったようだ。外に出るとノアールが言った。


「今日は嘆きの塔へ行ってみようと思う」

「大丈夫ですか? あそこは関係者以外立ち入り禁止ですよ」

「立ち入り禁止?」


 ボーモン子爵家の許可を取っているのか聞こうとしたら、ノアールは不思議そうな顔をした。


「旦那さまは行方不明のようですし、その場合、どなたかに許可をもらうことになると思いますが……、そうなると執事さんですかね?」

「そうか。中に入るのには許可がいるのか? とりあえず、その嘆きの塔がある場所まで案内してもらえるかな?」

「はい。それぐらいなら構いませんけど」


ノアールは嘆きの塔がある場所を知りたいと言うので、塔へと渡る桟橋まで案内した。今日は風が強いせいか、海も荒れているようだ。わたしの後ろで二人は顔を寄せて何やらこそこそ話していた。


「今日は無理だな。諦めよう」

「俺の背に乗せて移動することもできるぞ」

「駄目だ。ここで本体になったりしたら領民に注目されて騒ぎになる。目立つ行動はしたくない」

「でもなぁ、せっかくここまで来ておいて……」

「後日、ここは調べよう。帰るぞ」

「はいはい」


 

 今日は何もやることがないということで、家まで送ってもらうと、不自然なほど家の前に人だかりが出来ていた。野次馬の中に見知った顔があったので聞いてみた。


「シイラ小母さん。一体、何が起きたの?」

「サーラちゃん。あんたの母さん、とうとう犯罪者になっちまった」

「……! 通してくださいっ」

 

 何があったのか分からないが、慌てて人の波をかき分けて前に出ると、母が憲兵に捕まっていた。



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