表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/18

8

 アンドレイとも仲直りしたし、部屋もきれいになった。さあ、広報誌の作成に取りかかろう!


「まず、騎士の皆さんの紹介から始めたいと思うんです。一人一人に取材させていただいて……」


 仕事用デスクとなった八人がけテーブルの前に座り、広報誌作成に必要な物、取材内容を手帳に書きつけていく。


「任務中に声をかけるわけにはいきませんから、事前にモジャ……シュプリンゲル団長に騎士団のスケジュール表をいただきましょう。休憩時間や食堂にいる時を見計らって、取材させていただきます。騎士の皆様には、事前に知らせておいたほうがよいかと」


「わかった。みんなに知らせるのはオレがやっとくよ……あ、そうだ! そのかしこまった話し方、やめろよ」

「話し方、ですか?」

「そう、それそれ! 他の奴らはともかく、オレは気にしねぇからさ? 名前呼ぶときも、サマづけはやめてくんねぇかな?」

「じゃあ、アンドレイ……わたしのことはマリヤで」


 なんか、こういうのって照れるよね。距離がグッと縮まった感じ。顔がほてっちゃって、アンドレイのほうを見れないよ。推しが別の存在に変異する恐怖もあった。接近しようとしてギクシャクしてしまう、あるあるだよね。

 場をほぐそうとしてか、アンドレイがこんなことを言い出した。


「おまえのこと、教えてくれよ。オレの情報ばっか、握られてんのは不公平だからよ?」


 おそるおそる顔を上げると、アンドレイはいたずらっぽい目をしていた。尖った犬歯がチラリ、見える。悪ガキの顔だ。


「わたしの話なんか、つまんないよ? 特に魔法もできないし、成績も悪いしさ……」

「めっちゃ、共感する。成績良くて、万能な奴の話を誰が聞きたがるんだよ? 誰も聞きたがんねぇよ?」

「えっ? そうなの?」

「おうよ! できる奴の話なんて聞いても、つまんねぇだけだよ。おまえみてぇなダメな落ちこぼれのほうが共感もできるし、おもしれぇんだよ」


 いや、おもしろいと褒められても、全然嬉しくないんですけど……。


「じゃ、質問するから、答えろよ? そのうんこ頭は作るのに何時間かかるんだ?」

「……っ! うんこじゃないもん!! お団子だもん!! こんなの十分でできるよ!」

「家族は? 兄弟は?」

「妹が一人いるけど、仲悪い」

「わかった! 妹はおまえと違って、優等生なんだろ?」

「なんで、わかるの?」

「そりゃ、わかるさ。オレも同じだからよ」


 そっか……。アンドレイには三人の兄がいる。騎士団にはいないから、別方面で活躍されているのだろう。


「オレの兄たちはみんな、優秀だよ。廷臣、学匠、あとは法曹界にいる。騎士になったのはオレだけさ。幼いころから、比べられて嫌だったなぁ」

「わかる! わたしも何かにつけて、比べられてばっかりだったから! 妹のほうがかわいい、賢い、才能があるってさ……」

「おまえの妹がどんな女かは知らねぇけど、おまえのほうがよっぽどおもしれぇよ。美人だろうが、頭が良かろうが、オレはおまえのほうが好きだね」


 アンドレイが拳を突き出してきたので、わたしはそれに応えた。拳同士がぶつかって、コツンと軽い音を立てたあと、笑い合う。


 あれ? 普通にしゃべってる? 騎士って、イケメンで強くてもっと遠い存在かと思っていた。こうやって普通に話して、触れ合えるんだ?


 アンドレイは“推し”という存在から、確実に進化しつつあった。なんか、オリガに持つ感情と近いような……でも、もっと甘い感じがする。


 推しに対する“好き”は憧れだとか、美しいものを愛でる気持ちに似ている。基本的に見るだけで満たされるものであって、直接要求したいと思うことはない。

 だが、今のわたしはアンドレイともっと話したい、自分のことを知ってほしい、ふざけ合いたい……と、求めるようになっていた。明らかに一線を越えちゃってるよね。

 自分の中に芽生えた新しい感情が、なんだかよくわからない。だから、同時に湧いてきた罪悪感と一緒に封じ込めてしまったんだ。


 わたしは要求したりせず、ひたすらクールに振る舞った。アンドレイからしたら、冷たいと感じられたかもしれない。だとしても、どう思われるかより、未知なる脅威から逃れるほうが重要だった。


 なるべく仕事に関する話だけをし、彼との触れ合いを避けた。アンドレイは特別ではなく、他の騎士たちと同じ。そう、念じ続けて……




 ✧✧  ✧✧  ✧✧


 翌日、わたしとアンドレイは本部内にある食堂へ向かった。演習後の騎士たちにインタビューするためだ。

 アンドレイと話す時とは打って変わり、わたしはガチガチに緊張していた。


 騎士団にローブ姿の女がいたら、浮くよね? しかも、わたしは青い髪だ。この国では青い髪は畏怖の対象なんだよ。

 案の定、足を踏み入れたとたん、じろじろ見られて、わたしはうつむき加減に歩いた。アンドレイが横にいなければ、逃げていたかもしれない。それだけアウェイの状態だった。


「しっかりしろよ!」


 アンドレイに背中を小突かれ、ようやく気持ちを奮い立たせた。

 そう、これは始まりの始まり。ここで、つまづいてどうする?


 わたしは背筋をピッと伸ばし、かつて恋い焦がれたイヴァンのもとへ歩を進めた。


 イヴァン・キンスキー。

 伝統あるキンスキー家の長男で、騎士団一の美青年、一流の剣士。金髪碧眼の麗しき姿を目の前にして、ため息をつかぬ者はいないだろう。


 わたしも例にもれず、心拍数が上がった。

 だって、あのイヴァンだよ!? 華麗に馬を乗りこなし、馬上槍試合を制する、国中の女を虜にしてしまう美しき騎士。見た目も絵本に出てくる王子様、まんまだよ!

 

 ここで「ギャーッッ」と奇声をあげて、「イヴァンだ、イヴァンだ!」と騒がなくて、本当によかったと思う。


 わたしは溢れんばかりの感情を見事にコントロールし、冷静に話しかけた。

「イヴァン様、お食事中、失礼いたします。お時間いただいてもよろしいですか」ってね。


 イヴァンは快く応えてくれたよ。前もって、取材のことを話しておいてもらったのも、よかったんだろうね。わたしは名乗り、質問を始めようと思った。


「わたくし、このたび広報部に配属されましたマリヤ……」

「ドンチッチだ」


 横からアンドレイが口出ししなければ、思い描いたとおりの女ジャーナリストを演じられたのに……。


「コイツの名前はマリヤ・ドンチッチだ。これから取材させてもらうから、まじめに答えろよ?」


 偽名を使うってことは了承していたけど、“ドンチッチ”はないでしょ? 名前のセンスよ……あんまりだよ……。

 わたしは泣きたくなった。


「よろしく、ドンチッチさん」


 なんて、イヴァンもにこやかに挨拶してくるし、もうあとには引けない。

 こういうことはさぁ、事前に打ち合わせしとくよね? なんで、勝手に命名されてんの!


 怒りが緊張を吹き飛ばした。

 おかげさまで、わたしは堂々とイヴァンにインタビューすることができたよ。前日のアンドレイとのやり取りも役に立った。聞かれて答えるという経験は、相手の心情を察するのに良い訓練となったんだ。


 イヴァンの微妙な表情の変化を感じ取り、答えにくい質問と進んで話したい内容とを瞬時に判別する。それによって、イヴァンの良いところをたくさん聞き出すことができた。

 隣にいたヴァレリーもしかり。ヴァレリーは肌も浅黒いし、不精ヒゲを生やしていて、ちょっと怖い感じなんだよね。全然、気おくれせず、取材できたのはアンドレイのおかげだよ。


 他の騎士たちのインタビューもスムーズに終わり、おまけに撮影までさせてもらった。

 名前の件は許せないが、アンドレイには感謝する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ