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アンドレイとも仲直りしたし、部屋もきれいになった。さあ、広報誌の作成に取りかかろう!
「まず、騎士の皆さんの紹介から始めたいと思うんです。一人一人に取材させていただいて……」
仕事用デスクとなった八人がけテーブルの前に座り、広報誌作成に必要な物、取材内容を手帳に書きつけていく。
「任務中に声をかけるわけにはいきませんから、事前にモジャ……シュプリンゲル団長に騎士団のスケジュール表をいただきましょう。休憩時間や食堂にいる時を見計らって、取材させていただきます。騎士の皆様には、事前に知らせておいたほうがよいかと」
「わかった。みんなに知らせるのはオレがやっとくよ……あ、そうだ! そのかしこまった話し方、やめろよ」
「話し方、ですか?」
「そう、それそれ! 他の奴らはともかく、オレは気にしねぇからさ? 名前呼ぶときも、サマづけはやめてくんねぇかな?」
「じゃあ、アンドレイ……わたしのことはマリヤで」
なんか、こういうのって照れるよね。距離がグッと縮まった感じ。顔がほてっちゃって、アンドレイのほうを見れないよ。推しが別の存在に変異する恐怖もあった。接近しようとしてギクシャクしてしまう、あるあるだよね。
場をほぐそうとしてか、アンドレイがこんなことを言い出した。
「おまえのこと、教えてくれよ。オレの情報ばっか、握られてんのは不公平だからよ?」
おそるおそる顔を上げると、アンドレイはいたずらっぽい目をしていた。尖った犬歯がチラリ、見える。悪ガキの顔だ。
「わたしの話なんか、つまんないよ? 特に魔法もできないし、成績も悪いしさ……」
「めっちゃ、共感する。成績良くて、万能な奴の話を誰が聞きたがるんだよ? 誰も聞きたがんねぇよ?」
「えっ? そうなの?」
「おうよ! できる奴の話なんて聞いても、つまんねぇだけだよ。おまえみてぇなダメな落ちこぼれのほうが共感もできるし、おもしれぇんだよ」
いや、おもしろいと褒められても、全然嬉しくないんですけど……。
「じゃ、質問するから、答えろよ? そのうんこ頭は作るのに何時間かかるんだ?」
「……っ! うんこじゃないもん!! お団子だもん!! こんなの十分でできるよ!」
「家族は? 兄弟は?」
「妹が一人いるけど、仲悪い」
「わかった! 妹はおまえと違って、優等生なんだろ?」
「なんで、わかるの?」
「そりゃ、わかるさ。オレも同じだからよ」
そっか……。アンドレイには三人の兄がいる。騎士団にはいないから、別方面で活躍されているのだろう。
「オレの兄たちはみんな、優秀だよ。廷臣、学匠、あとは法曹界にいる。騎士になったのはオレだけさ。幼いころから、比べられて嫌だったなぁ」
「わかる! わたしも何かにつけて、比べられてばっかりだったから! 妹のほうがかわいい、賢い、才能があるってさ……」
「おまえの妹がどんな女かは知らねぇけど、おまえのほうがよっぽどおもしれぇよ。美人だろうが、頭が良かろうが、オレはおまえのほうが好きだね」
アンドレイが拳を突き出してきたので、わたしはそれに応えた。拳同士がぶつかって、コツンと軽い音を立てたあと、笑い合う。
あれ? 普通にしゃべってる? 騎士って、イケメンで強くてもっと遠い存在かと思っていた。こうやって普通に話して、触れ合えるんだ?
アンドレイは“推し”という存在から、確実に進化しつつあった。なんか、オリガに持つ感情と近いような……でも、もっと甘い感じがする。
推しに対する“好き”は憧れだとか、美しいものを愛でる気持ちに似ている。基本的に見るだけで満たされるものであって、直接要求したいと思うことはない。
だが、今のわたしはアンドレイともっと話したい、自分のことを知ってほしい、ふざけ合いたい……と、求めるようになっていた。明らかに一線を越えちゃってるよね。
自分の中に芽生えた新しい感情が、なんだかよくわからない。だから、同時に湧いてきた罪悪感と一緒に封じ込めてしまったんだ。
わたしは要求したりせず、ひたすらクールに振る舞った。アンドレイからしたら、冷たいと感じられたかもしれない。だとしても、どう思われるかより、未知なる脅威から逃れるほうが重要だった。
なるべく仕事に関する話だけをし、彼との触れ合いを避けた。アンドレイは特別ではなく、他の騎士たちと同じ。そう、念じ続けて……
✧✧ ✧✧ ✧✧
翌日、わたしとアンドレイは本部内にある食堂へ向かった。演習後の騎士たちにインタビューするためだ。
アンドレイと話す時とは打って変わり、わたしはガチガチに緊張していた。
騎士団にローブ姿の女がいたら、浮くよね? しかも、わたしは青い髪だ。この国では青い髪は畏怖の対象なんだよ。
案の定、足を踏み入れたとたん、じろじろ見られて、わたしはうつむき加減に歩いた。アンドレイが横にいなければ、逃げていたかもしれない。それだけアウェイの状態だった。
「しっかりしろよ!」
アンドレイに背中を小突かれ、ようやく気持ちを奮い立たせた。
そう、これは始まりの始まり。ここで、つまづいてどうする?
わたしは背筋をピッと伸ばし、かつて恋い焦がれたイヴァンのもとへ歩を進めた。
イヴァン・キンスキー。
伝統あるキンスキー家の長男で、騎士団一の美青年、一流の剣士。金髪碧眼の麗しき姿を目の前にして、ため息をつかぬ者はいないだろう。
わたしも例にもれず、心拍数が上がった。
だって、あのイヴァンだよ!? 華麗に馬を乗りこなし、馬上槍試合を制する、国中の女を虜にしてしまう美しき騎士。見た目も絵本に出てくる王子様、まんまだよ!
ここで「ギャーッッ」と奇声をあげて、「イヴァンだ、イヴァンだ!」と騒がなくて、本当によかったと思う。
わたしは溢れんばかりの感情を見事にコントロールし、冷静に話しかけた。
「イヴァン様、お食事中、失礼いたします。お時間いただいてもよろしいですか」ってね。
イヴァンは快く応えてくれたよ。前もって、取材のことを話しておいてもらったのも、よかったんだろうね。わたしは名乗り、質問を始めようと思った。
「わたくし、このたび広報部に配属されましたマリヤ……」
「ドンチッチだ」
横からアンドレイが口出ししなければ、思い描いたとおりの女ジャーナリストを演じられたのに……。
「コイツの名前はマリヤ・ドンチッチだ。これから取材させてもらうから、まじめに答えろよ?」
偽名を使うってことは了承していたけど、“ドンチッチ”はないでしょ? 名前のセンスよ……あんまりだよ……。
わたしは泣きたくなった。
「よろしく、ドンチッチさん」
なんて、イヴァンもにこやかに挨拶してくるし、もうあとには引けない。
こういうことはさぁ、事前に打ち合わせしとくよね? なんで、勝手に命名されてんの!
怒りが緊張を吹き飛ばした。
おかげさまで、わたしは堂々とイヴァンにインタビューすることができたよ。前日のアンドレイとのやり取りも役に立った。聞かれて答えるという経験は、相手の心情を察するのに良い訓練となったんだ。
イヴァンの微妙な表情の変化を感じ取り、答えにくい質問と進んで話したい内容とを瞬時に判別する。それによって、イヴァンの良いところをたくさん聞き出すことができた。
隣にいたヴァレリーもしかり。ヴァレリーは肌も浅黒いし、不精ヒゲを生やしていて、ちょっと怖い感じなんだよね。全然、気おくれせず、取材できたのはアンドレイのおかげだよ。
他の騎士たちのインタビューもスムーズに終わり、おまけに撮影までさせてもらった。
名前の件は許せないが、アンドレイには感謝する。