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 アンドレイ付き添いのもと、廃屋敷に戻ったわたしは浮かれ気分から、どん底に突き落とされた。

 馬に相乗りして送ってもらえたのはハッピーだったんだけど、印画は全部没収されちゃったし、逃げるなと脅されて、現実に向き合わざるを得なくなったの。

 帰宅したオリガに話しても覚悟したほうがいいと言われ、翌朝、重い足を引きずって騎士団へ向かったんだよね。


 門の所で従騎士に声をかけられ、執務室まで案内してもらった。やだな、この待ち構えられている感……。

 執務室のモジャ様は、うっすら笑みを浮かべて待っていたよ。機嫌は悪くないみたい。

 大きなデスクを挟み、わたしはモジャ様と向かい合う。横ではジェリコが銀髪を輝かせていた。その隣には暗い顔のアンドレイもいる。

 さあ、親に知らされるか? 危ない仕事を手伝わされるか?


「マリヤ、君には騎士団の広報活動をお願いしようと思っているんだ」


 口火を切ったのはジェリコだった。

 即座にイメージが湧かないわたしは、なんて答えたものかわからず、固まった。


「広報活動だよ。外部に向けて騎士団の魅力を発信するんだ」


 あっ、ああ……昨日もそれ言ってたけど、勘違いしていたよ。戦地へ赴いて、危険な仕事をやらされるのかと思っていた。


「ご両親にはしばらく黙っておこうかと思う。君の身上を我々は知らないことにしてもらえるかい?」

「ええ! 願ってもないことです!」

「ヴィシンスキーの名前は隠して、別名で行動してもらおう。活動が軌道に乗ったら、役職も与えるよ。それまではアンドレイに補佐してもらう。わからないことは、アンドレイに聞きたまえ」


 アンドレイが暗い顔なのはそのせいか。通常の職務を解かれ、よくわからない部署に配属されるわけだから、当然だよね。わたしはすごく嬉しいけど。


「早速、広報誌の作成に取りかかってくれ。必要な物や金はこちらで用意する。部屋は本部の空室を使ってもらおう。アンドレイが案内する」

「了解しました!」


 わたしは意気揚々と執務室を出て、アンドレイと共に新たな根城へと向かった。広報部――いい響きだ。ニマニマしちゃう。

 暗い顔のアンドレイを励まそうと、元気よく挨拶した。


「アンドレイ様、よろしくお願いします!」

「んあ?……ああ」


 やる気のない返事だ。元気が取り柄の人なのに、これじゃ魅力が半減しちゃうよ。

 どうすれば元気が出るんだろ? 明るい気持ちになれる話はないかな? えっと、共通の話題、共通の話題……


「先月の馬上槍試合は健闘されてましたね。おケガはよくなられましたか?」

「見てたのかよ?」

「もちろんですよ。落馬されたのは残念でしたが……」


 あー……いかん。いっそう、しょげちゃったよ。試合は三本勝負で一セット。すでに相手を一回落馬させているから、アンドレイのほうが有利だった。にもかかわらず、利き腕を骨折して戦闘不能で敗退したんだよね。もうギプスは取れているけど、完治はしてないのかな。広報活動を任じられたのは、それもあるかもね。


「落ち込まないでください。わたしはいつか、アンドレイ様が優勝されると信じております」


 伏し目もレアでいいけどさ、いつもの悪ガキっぽさ全開のアンドレイが好きよ。

 のぞき込もうとしたところ、アンドレイが顔を上げたため、目が合ってしまった。


 金の瞳、きれい。吸い込まれるよ。まつ毛、なっが! 肌、白っ……でも、ヒゲはちゃんと剃ろうね。

 数秒見つめ合って、恥ずかしくなったのか、目をそらされてしまった。わたしも顔が熱い。

 目を見ずにアンドレイは話す。


「おまえよぉ、騎士のことなら何でも知ってるんだよな?……たとえばさぁ、オレの経歴とかも知ってるわけ?」


「はい。生年月日は王国暦五三四年六月二十三日、マクロシーナ伯爵家の四男として誕生。現在二十三歳。左利き。長剣を得意とする。幼いころは自分の赤毛が嫌いで、丸坊主にしていた。好きな食べ物はロールキャベツ。桑の実。干しいちじく。十三で騎士団に入団。最初はシュプリンゲル団長の従騎士を務める。十八で叙勲され、騎士に……」


「ストップ、ストーップ!」


 途中で中断されちゃった。アンドレイの金の瞳がなんだか、おびえている。


「きっもち悪ぃな、おまえ」


 グサッ!

 一撃で死ぬような言葉を言わないでください。あなたが聞いたから、わたしは答えたのですよ。その返しは、あんまりではないですか?――


 アンドレイは追い討ちをかける。


「なんかさー、虫を集めて喜んでる奴に似てる」


 むっ、虫ぃ!? そんな、虫レベルじゃないよ、騎士団の面々は。


「オレらは人間なの。おまえの収集物じゃねぇんだよ」

「わかっておりますとも!」

「いーや、わかってないね。おまえは虫の標本を眺めて、ニタニタしている虫博士と同じだよ」


 ひどい……もう、マジでファンやめるから。ほんとにイヴァンに乗り換えるから。わたしにだって、堪忍袋があるんだよ。こんなにもデリカシーない人だとは思わなかった。


 わたしはプイとそっぽを向いて歩いた。会話が途切れたところで、タイミング良く部屋に着いたようだ。

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