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こういうのは聞くより見るが易し……わたしは思い切って提案することにした。
「あのぅ……じかにお見せいたしましょうか? お部屋を暗くするようお願い申しあげます」
もちろん、カーテン閉めて、燭台の火を消すだけじゃ足りないよ。わたしは左手首を穴の空いたベロア生地に差し入れた。ベロアは遮光性が高いからね。手首のところを縛り、光が完全に入らないようにする。左手にスカートを履かせるみたいにね。そして、デスクに置いたオリガ特製印画紙の上に手をかざした。
ニ分ほどで印画は完了した。
カーテンを開けると、西日がまぶしい。夕焼け色に染められた裏庭が格子窓越しに見えた。
できあがったのは、剣を構えて驚いた顔をしているアンドレイの印画。なかなかよく撮れている。
皆さんにも好評だったみたい。ほぉーーとモジャ様も感激しているし、ジェリコも興味深そうにしていた。アンドレイは「すげぇ! これ、オレ??」と、飛び上がらんばかりに喜んでいたよ。
「他にもあります。もっと、印画しましょうか?」
調子に乗ったら、どうぞどうぞと部屋を暗くされたので、持っていた印画紙を十枚全部使ってしまった。紙に焼き付けたのは、今日撮ったイヴァンやヴァレリーの画像だよ。やってしまってから、没収されたらどうしようと不安になった。無許可の隠し撮りだもんね。
でも、印画の出来の良さにモジャ様もジェリコも満足したご様子だった。
「すばらしい能力だ。わたしは騎士団の参謀役を務めさせていただいているジェリコ・ブルノヴィッチという。えと……君の名前は?」
「ジェリコ様……もちろん、存じておりますよ! わたしはマリヤです。マリヤ・ヴィシンスキー」
「もしかして、魔術の名門のヴィシンスキー家か!?」
「ええ……えっと、今は家出してて……」
あんまりプライベートなことは話したくない。こういう時、嘘をつけない性格って、損だよなぁ。
わたしは聞かれるままに答えた。婚約破棄されて行き場がなく、今は友達の家の世話になっていること。両親には居場所を黙っていてほしいこと。使える能力は一つだけで、魔法学校では落ちこぼれだったこと……。
わたしの身の上話は同情を誘ってしまったみたい。しんみりした空気になってしまった。大丈夫! そこまでかわいそうな子でもないですから! 同情されるのって居心地悪い。
モジャ様の太眉が下がって、厳つい顔がクマさんのようになっているよ。微妙にかわいいので、やめてほしい。撮影しますよ?
「だが、貴族の娘とわかったからには、このまま捨て置くわけにはいかんだろう?」
モジャ様ぁぁーー! お願いします! 親に知らせないで!! かわいそうだと思うんなら、お願い!!
「そもそも、なぜ騎士団の画像を集めていたのだ?」
「それはですね……騎士団が大好きだからです!!」
ピンチの時の人間は開けっぴろげになる。尋問される犯人の気持ちがわかっちゃったよ。親に告げ口されたくない一心で、わたしは本心をぶちまけた。
「初めて騎士団愛に目覚めたのは、今から十一年前。五歳の時です。父親に連れられて観戦した馬上槍試合でした。トーナメントを次々に勝ち抜き、優勝に輝いたモジャ様……シュプリンゲル団長に釘付けになりました。ほんとにカッコ良かったです。あのころはまだヒゲも短くて、今とはちがう魅力でしたが、印画に収めておきたかった瞬間でした。能力が使えるようになったのは十歳からです……」
モジャ様、頬を染めているね。もう、話しだしたら止まらないよ。十一年の熱い想いが炸裂する。
「騎士団、百人ぐらいの名前なら言えますよ。単推しではなく、全推しです。No.1の花形といったら、イヴァン様でしょう。剣ではヴァレリー様、知ではジェリコ様……」
本当はアンドレイが神推しなんだけど、本人を前にして恥ずかしくて言えなかった。それにしても、わたしの知識量すごいな。所有する武器や戦い方はもちろんのこと、一人一人の家族構成、余暇の過ごし方、趣味、好きな食べ物、色まで知っているよ。愛だね、愛。
残念ながら、この愛はうまく伝わらなかった。表情を変えないジェリコはともかく、アンドレイはかなり引いていた。最初は嬉しそうに聞いていたモジャ様も、だんだんと困り顔に変わっていく。
「……ということで、騎士団が大好きなんです。これからも応援させてください」
「そ、そうか……うむ……。ありがたいことだとは思うが、学校にはちゃんと行け。親にも知らせて迎えに来させるから」
ガクッと肩が外れそうになるほど落胆したよ。モジャ様のばかぁ……!
うなだれるわたしをアンドレイが促し、執務室から連れ出そうとする。親が来るまでの間、どこかに閉じ込められるのか? 何がなんでも、脱走してやる!
「ちょっと、待った!!」
天の声はモジャ様の横から聞こえた。ジェリコだ。声まで神秘的なテノールなのよね。
皆の視線が美々しい銀髪に集まる。
「団長、さきほど話していた広報部の話ですが、この娘を使ってはどうでしょうか?」
こうほうぶ? なんの話だろう?
「親への連絡はどうするのだ?」
「打ち明け話から察するに親は反対するでしょうし、そのまま知らないことにして、仕事をさせましょう」
モジャ様はヒゲをなでなでして考え込んでいるよ。ジェリコはまくし立てた。
「この印画能力は使えます。騎士団にも詳しいですし、弁達者ですしね。女性ということで、男にはない視点でアピールできると思うのですよ。騎士団の良さを外部へ発信する良い機会では?」
「即決はできん」
「では、こうしましょう……マリヤと言ったね? 君は明日の朝、またここに来なさい。それまでに処遇を決めておくから。逃げたりしてはダメだよ。アンドレイはこの子を友達の家まで送っていくんだ。きちんとレディとして扱うように……」
わたしは訳のわからぬまま執務室を追い出され、アンドレイの付き添いのもと、帰路についた。




