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 学校を飛び出し、わたしは家路についた。徒歩ですよ。魔法学校の生徒の八割がほうきを使うのに、わたしはいまだ、ほうきにも乗れない劣等生。空を行き交う魔術師たちを見て、いっそうみじめな気持ちになる。

 登下校はレオニードのほうきに相乗りさせてもらっていた。それができなくなった今、二十キロ離れた自宅まで歩いて帰らなくてはならない。辻馬車に払うお金もないし、わたしは馬にも乗れないからね。


 傾き始めた太陽が落ちる速度は速い。

 薄闇に包まれる街中をわたしは一人、とぼとぼ歩いた。

 若い貴族の娘が歩いていても、襲おうとしてくる輩はいない。別にブスじゃないけど、黒いローブ姿は魔術師だとわかるでしょ? それに青い髪は強い魔力の証明で畏怖の対象なんだよ。実際はたいして使えないのにさ……。酔っ払いとかガラの悪い傭兵とかゴロツキっぽいのとか、警邏中の衛兵ですら怖がって近寄ってこない。

 わたしは暗い路地も平然と歩いた。ろくに魔法が使えなくても、夜目は利くんだよ。猫みたいにね。


 歩いているうちに、だいぶ落ち着いてきて、これで良かったんだという気持ちになってきた。

 そもそも、できる子のレオニードに、わたしみたいな落ちこぼれは不釣り合いだったんだ。同じように、いい子ちゃん属性のルチアと婚約し直せばいい。ルチアはレオニードのことが好きだし、お似合いだよ。そうなれば、わたしだってお小言を言われることもなく、のびのび生活することができるんだ。


 ここで、大きな問題が一つ。親は絶対に納得しない。

 十六年前、魔術の名門ヴィシンスキー家の長女として生まれたわたしは、多大の期待をかけられ育てられた。それもこれも、大魔導士の証とされる青い髪のせい。青い髪は千年に一度の奇跡とされているのよ。魔術師界では、とんでもない逸材だと言われているんだよね。


 にもかかわらず、なぜか一つの魔法しか使えない。内在魔力は大きいのに、どれだけ集中してもできないという体たらく。期待が大きかったぶん、両親の落胆ぶりはすさまじかった。一方で、妹のルチアは次々に魔法を覚え、すでに魔術師団でも活躍するほどの才媛ぶりだ。幼いころから比べられて嫌な思いをしてきたよ。


 そんな両親が出来損ないのわたしに唯一の望みをかけているのが、レオニードとの婚約だった。

 同じく魔術の名門フォルディス家の跡取りと結婚すれば、貴族同士の強固なつながりもできるうえ、孫にも期待できるってわけ。それが破談となっては……


「土下座してあやまってこい、婚約破棄なんて認めない……って、激怒するだろうなぁ」


 わたしは暗闇に向かって、ぼやいた。家々に囲まれ、狭められた空の向こうで三日月が笑っている。

 ルチアがいるからいいじゃん……という言い訳は通用しないだろう。評判のいいルチアは各家からお声がかかって、より取り見取り。わたしの場合はここで婚約破棄されたら、傷物扱いになり(もら)い手がなくなる。代替えがあるからいいではなく、不良物件を抱えたくないというのが親の本音だろう。

 魔法も使えない、婚約も破棄される――一家の恥さらしだと、叱りつけられるのは間違いない。

 

「下手すりゃ、勘当されるな……」


 学校も続けられるんだろうか……婚約者でなくなったレオニードは、もう送り迎えしてくれないよね。徒歩だと、往復十時間かかる学校に通い続けるのは無理だよ。なにより、家を追い出されたら、どうやって生きていけばいいのか、わからない。

 わたしは両手のひらを薄明かりにさらした。

 

 わたしが使える魔法は一つだけ。“印画”という能力だ。

 右手のひらにある目は瞬きをして、わたしを見ている。ま、初めて見る人には気持ち悪いよね? 手に目があるなんてさ? 目が光を吸収し、吸収した光を反対の手から放出して紙に焼き付ける。つまり、景色を取り込み、画像として紙に再現することができるんだ。

 

 この能力を使って、生活するだけの小金を稼ぐことぐらいはできるだろうか。そんなことを考えていると……


「きひひ……」


 薄気味悪い笑い声が聞こえてきた。肩掛けバッグから、ふわっとローブが躍り出る。それが人の形へと変わるまでに、数秒とかからなかった。


「オリガ!!」

「だいぶ、凹んでるみたいなんだな? ボクの助けを必要としているみたいなんだな」


 わたしは(わら)にもすがる思いで、フードの下の空洞を見つめた。オリガは極度の人見知りで、人前には姿を見せないんだ。


「家に帰ってもさ、『このバカ娘!!』ってキレられて、追い出されると思うんだ」

「うむ。間違いなしなんだな」

「家に帰らなくとも、オリガみたいに自活できればいいんだけど、わたしには使える魔法は一つしかないし……」

「マリヤの能力はすごいんだな。国を動かせるレベルなんだな」

「うっ……マジ?……いや、褒めてくれんのは嬉しいよ? でもさ、最初はめずらしがられても、すぐ飽きられるような能力だよ。なんの役にも立たない」

「そんなことはないんだな。マリヤは天才なんだな。ボクが保証する」


 友達優待だとしても嬉しいよ。ひしゃげている時にこれは利く。涙腺が刺激されるじゃないか。

 そんなわたしの肩にオリガの透明な手が載せられる。


「メタフォーラ」


 弱々しく不安定な声が聞こえた。転移の呪文だ。オリガが本当は繊細な子だって、声を聞いたらわかるよね。そして目立たないが、魔術の腕は誰よりも勝っている。ひょっとしたら、レオニードやルチアより上かも?


 ひと呼吸する間にオリガの家へ着いた。

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