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 え!? アンドレイが勝っちゃった??

 立っているのはアンドレイ、低い位置にいるのはイヴァン……て、ことはそうだよね?


 モジャ様の怒鳴り声で決闘は終了し、アンドレイは剣を下ろして面頬(バイザー)を上げた。ここにいる半分以上がイヴァンの勝ちを予想していたから、演習場は静かだ。

 わたし自身は飛び上がって喜びたいところだけど、周りの空気がそうさせなかった。足を打たれていたイヴァンの容態も気になるし、アンドレイの奴、勝ったらなんでも言うことを聞けとか言っていたし……。


 グルーピーたちが「イヴァン様? 大丈夫?」と近寄るのを遮り、医療係が駆けつける。金属プレートの防御で切断は免れていても、骨折したのかな? イヴァンは立てないようだ。兜を取って、顔を歪めている。でも、大丈夫。ケガが二次損傷に移行するまえなら、優秀な魔術師が回復させられる。


 わたしはさっきまでレオニードとルチアがいたところに、視線をさまよわせた。

 ……あれ? いない?? モジャ様&ジェリコから、少し距離を取って立っていなかったっけ? どこに行ったの?

 隣に立つローブが揺れる。オリガの声はめずらしく、怒気を帯びていた。


「負けたとわかって、逃げたんだな。最低なんだな」


 え?? 逃げたって……ひどくない?? だって、イヴァンはレオニードのために戦っていたんだよ? 死ぬかもしれない真剣で、しかも大ケガまでして。それにさ、レオニードとイヴァンって、家同士の付き合いじゃなかった? 自分の家のほうが格上だとしても、放置はまずいでしょ。


 わたしはオリガと共にイヴァンのところへ走った。

 アンドレイは自分のところに来たのかと思って頬を緩ませているけど、ごめん。今はそれどころじゃないんだ。


「イヴァン様、オリガが魔法で回復させます!!」


 医療係をどかし、あとはオリガに任せる。


「マリヤのドレスアップのせいで、魔力がギリギリなんだな……」


 ぶつくさ言いつつ、魔法の杖は弧を描く。わたしをドレスアップさせたのは君の自己責任だ。がんばれ!


 まあ、オリガは優秀だよね。逃げたレオニード、ルチア以上だよ。

 呪詛かと思うすごみの利いた低声で呪文が唱えられ、イヴァンの顔の緊張が解けた。ものの数秒だ。


「すごい! 痛みがなくなった!」


 イヴァンはすっくと立ちあがり、笑顔を見せる。安堵の溜め息のあと、盛大な拍手が送られた。

 この英雄のすごいところはさ、負けたのに勝者をしっかり称えるところだよ。アンドレイと握手をし、抱擁したあと、声高らかに宣言した。


「みんな、聞いてほしい。私は家同士の縁でこの決闘代理を受けたのだが、正直あんまり乗り気ではなかった。ここにおられるマリヤ・ドンチッチ嬢の婚約者はとても支配的で狭量な方と思われる。アンドレイの愛が勝ったのは正義だ」


 逃げられたのに内心ムカついていたのね。イヴァンが言ってくれたおかげで、アンドレイにも拍手が送られた。アンドレイはデレずに「いいから、いいから」と、手をひらひらさせていたけど。

 なおかつ、モジャ様まで歩み寄り、


「ドンチッチは我が騎士団に欠かせぬ存在だ。アンドレイの勝利により、不遜な婚約者に奪われずに済んだ」


 こんなことを言うもんだから、わたしに不信の目を向けていたグルーピーの子たちは動揺した。会報やブロマイドがなくなったら君たち、生きていけないもんね?「マリヤ様、誤解してごめんなさい……」なんて、声も聞こえてきた。これでもう、抜け駆けなんて言われる心配はないかな。あ、もうドンチッチでも構わないです(あきらめ)。


 ところが、ホッと一息……つくまえに、わたしはイヴァンの言葉に仰天することとなる。


「それと、私のケガを瞬時に回復させてくれた美しき令嬢に深謝したい!」


 美しき令嬢!? 首を曲げて横を見ると、頬を赤らめる美少女がいる。黒いローブ姿ってことは……

 こっ、これがオリガ!! 肌白いし、まつげクルンクルンしてるし、ブロンドッ!? ルチアなんて比にならないよ。私の目の前には、とんでもなくきれいな女の子が立っていた。


「魔力使い過ぎで、姿を隠せないんだな。立っているのも、やっとなんだな」


 崩れ落ちそうになるオリガをイヴァンが支える。オリガは瞼を閉じて、脱力してしまった。

 美男美女の組み合わせは絵になるね。オリガとしては推しのジェリコが良かったんだろうけど。


 オリガをイケメン騎士様に託し、わたしはアンドレイと向き合った。

 剣と兜は従者に渡している。ちょっと癖のついた赤毛が、曇り空から差し込む陽光を反射していた。勝ったにもかかわらず、場の空気を全部イヴァンに持って行かれて不機嫌そうな顔だ。けど、目が合ったとたん、ニヤリ。尖った犬歯を見せる。


 ――オレが勝ったら、なんでも言うことを聞けよ?


 例の言葉がわたしの脳裏をよぎった。心臓がふたたび、荒々しいリズムを刻み始める。

 息を呑むわたしの前にアンドレイはひざまずいた。


「マリヤ・ヴィシンスキー。あなたに結婚の申し込みをします。どうか、生涯の伴侶になってください」


 突然のプロポーズ。それも、大勢の前でね。わたしはきらびやかなドレスを着て、甲冑姿のアンドレイに求愛されているんだ。

 発熱したみたいに全身が熱いし、心臓の音が鼓膜を叩いて、わけがわからなくなっていた。わたしにできるのは受諾の意を示すため、手を差し出すことぐらいだった。

 わたしを見上げる金の瞳は笑っている。「イエス」と言わせるために、あなたは命を懸けたんだね。そんなことをしなくても、わたしの心は決まっていたというのに。


 差し出した手を握り、アンドレイは手の甲にキスをした。

 唇の感触は湿っていて柔らかい。決闘前、強引にキスされたことを思い出してしまった。あんなことは二度とさせないんだから……そんな憤りも金の瞳に囚われれば、どこかへ行ってしまう。わかったよ、わたしの負けだ。推し愛は今から卒業ね。





 ✧✧ ✧✧ ✧✧


 数ヵ月後、馬上槍試合に向けて、わたしは取材に情報集めに大忙しの日々を過ごしていた。

 広報部の部屋にいるのはわたしとオリガだけ。アンドレイは晴れて、元いた魔獣討伐隊に戻ることができたんだ。いつでもそばにいられないのは寂しいけど、アンドレイのためには良かったと思う。戦うことで、彼は生きることができる。戦いで人生を切り開いていく人なんだ。あの決闘のようにね。


 もちろん、全部は納得していないよ。そういう面も含めて、大好きな彼をまるごと受け入れているってだけ。

 推し活はいつしか、広報活動に変わっていた。推しを愛する子たちのバックアップをする側に回った感じかな。まえほど、イヴァンとかヴァレリーを見ても、ときめかなくなっちゃった。というよりか、嫉妬深いアンドレイが怖いせいもあるんだけどね。


 あの決闘のあと、両親から謝罪があった。

 世間では無理に魔法学校へ入れて、わたしという才能を飼い殺したと思われている。それだけ、騎士団の活動を世に広めた功績は大きいと評価されていた。イヴァンに代理決闘をさせたあと、逃げたレオニードの評判がガタ落ちしたせいもあったかな。モジャ様がわたしの活躍を話してくれて、親はやっと理解してくれた。

 じつは、レオニードが現れるよりまえにアンドレイは両親と話していたんだよね。モジャ様と自分の親にもお願いして、結婚の段取りを進めていたらしいの。あの時、すでにわたしはプロポーズから逃れられない状態だった。いつもはお馬鹿さんなのに抜け目がないというか、なんというか……。


 謝罪されても、実家には戻らなかったよ。オリガとの共同生活、絶賛継続中。こっちのほうが、家より楽しいし。


 そうそう、わたしとの婚約が解消されて、レオニードとルチアが婚約すると思ったんだけど、うまくいかなかったみたい。略奪愛と見なされちゃったのかな。世間の目はキビシイ。これ以上、息子の評判を下げないため、フォルディス家では別の婚約者を探しているらしい。ルチアのほうは嫁入り先が見つからず、大変だって聞いた。自業自得だよね。


 どうでもいい話はここまで。

 明日には、馬上槍試合に出場するアンドレイが帰ってくるよ。次こそ、優勝してほしいな。




 終わり

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