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 ズカズカ部屋に入り込んできた二人を見て、わたしは夢のなかにいるのかと思った。


「無礼者ッ!!」


 今にも抜刀しそうな勢いで立ち上がったのはアンドレイだ。突然、許可なしに入られては無理もない。


 現れたのは、整った顔立ちをしたローブ姿の若い魔術師。眼鏡を押し上げ、その奥の茶色い目でキッとにらんでくる。よく知っている長い栗毛は丁寧に編み込まれていた。その彼に腕を絡ませ、恋人然としている黒髪カチューシャは言わずもがな。

 わたしの前には元婚約者のレオニードと妹のルチアがいた。ここにいるはずのない、いてはいけない面々だ。


 ゆ、め?? 公衆の面前で罵られ、婚約破棄されたのが半年前――行き場を失ったわたしは、オリガの世話になった。その後、騎士団をのぞいていたらアンドレイと出会い、今に至る……

 もしかして、今までのことが夢でこれが現実?? 大好きな騎士団で推しと一緒に仕事ができるなんて、夢みたいな話だもんね。

 現実は口うるさい元婚約者と意地悪な妹にいじめられる、みじめな人生か。


「学校へも行かず、家にも連絡せず、何をやっているんだ!」


 レオニードに腕をつかまれ、わたしは我に返った。

 これは夢ではない。夢から覚めたのでもない。広報活動が派手になり、露出が増えたせいで居場所を知られてしまったのだ。魔法学校と騎士団、縁遠くても二組織は同一社会の中に組み込まれている。国内で目立った行動をとれば、知られてしまうのは時間の問題だった。


 現実と向き合ったことで、わたしは違和感を覚えた。

 婚約破棄されているわけだし、レオニードとはもう赤の他人なんだから、連れ戻しに来るっておかしくない?


「やめてよ! もう婚約者でもなんでもないんだから、おせっかいすんな!」

「くっ……まだ、婚約は解消してないぞ。あの時は君にちゃんとしてほしかったから、ああ言ったまで。それなのに君ときたら、反省するどころか家出までして……」


 なにそれ? あれだけ堂々とみんなの前で宣言しといて、婚約継続中とか意味がわかんない。するする詐欺かよ? どんだけ構ってちゃんなんだよ! 今さらあれは間違いで悪いのは君だぁ? ふざけんな!


「とりあえず、家に帰って自分の両親と僕の両親にあやまれ」

「やだ、帰らない。誰があやまるもんか!」

「お姉様、駄々をこねてはいけません。レオニード様に恥をかかせた責任を取ってもらいます」


 恥? 恥をかかされたのは、こっちなんだけど?

 わたしは助けを求めてオリガのほうを見たが、ローブだけになっていた。椅子の上に載ったローブは丸まっている黒猫に見える。

 しょうがないよね。オリガは人前に姿を見せられないほど、極度の人見知りだ。よっぽど気を許した相手じゃないと、話したりしない。アンドレイも特例ね。

 そのアンドレイが代わりに助けてくれた。


「おい、てめぇ! マリヤに馴れ馴れしく触れるんじゃねぇよ! 離れろ!」


 わたしの腕をつかんで離そうとしないレオニードを引き剥がしてくれた。事務方になったとはいえ、日々鍛錬を欠かさないアンドレイに典型的なもやしっ子のレオニードが(かな)うわけないよ。吹き飛ばされて、本棚に体を打ちつけた。上から書類がバサバサッと落ちてくる。眼鏡もズレちゃって、かわいそーに……。すかさずクソ妹、ルチアが助け起こしていたね。やっぱり、かわいそうじゃないや。


「レオニード様、大丈夫ですか!?」

「うぐぐぐ……馴れ馴れしく、だと? どっちが? 僕はマリヤの婚約者なんだ! 君こそ、何者だ?」

「オレはアンドレイ・コルチャック・フォン・マクロシーナ。マリヤの仕事を手伝ってる騎士だ」


 アンドレイは男らしく名乗った。

 え? なんだか今日のアンドレイ、カッコよくない? 広報部内では少々お馬鹿なお茶汲みという立ち位置だったから、騎士らしいアンドレイを見るのは久々だよ。キュンキュンしちゃった。

 一方のレオニードはルチアに助け起こされつつ、自己紹介する。体格差のある騎士を前に、偉そうな態度を曲げないのだけは評価できる。


「悪いが、あなたは他人だろう? 僕とマリヤは小さいころからの許嫁で、家族のようなものだ。口出ししないでいただけるか?」

「いーや、それは無理だね。マリヤはオレの大切な相棒だし、嫌がってる女を強引に連れて行こうとしているのを見て、止めないわけにはいかねぇ」


「あの……アンドレイ様……誤解されていると思います」


 ルチアが口を挟んできた。こいつも物怖じしないよなぁ……。迫力のある赤毛と鋭い金の目を見ても、平然としてやがる。わたしがアンドレイと初対面した時は、土偶になってたっけ。まともに会話できてなかったよな。


「お聞きください。レオニード様は留年寸前の姉を奮い立たせるため、叱咤激励をしていたに過ぎません。怠惰な姉に対し、優しく人徳あるレオニード様は誠心誠意尽くされ、導かれようとしました。しかし、姉はレオニード様の好意を無下にし、家出したのです。レオニード様の気持ちを踏みにじり、悪者に仕立て上げ、恥をかかせました」


 おい、妹よ。人のことを悪者に仕立て上げてんのは、おまえでしょうが。 黒目をうるうるさせて、訴えるんじゃないよ?

 だが、アンドレイは清楚系美少女の訴えにも動じなかった。


「オレが聞いた話はちげぇな。その叱咤激励っつーのは、婚約破棄したことを指してるのかよ?」

「僕は婚約破棄していないっ!!」


 いや、あなた言ったよね? 大勢の野次馬の前で「婚約破棄する」って、ハッキリと。


「でも、言ったんだよな? 周りに生徒がたくさんいるなかで。だとしたら、恥をかかされたのはマリヤのほうじゃねぇの?」


 真っ当な指摘を受け、レオニードは黙った。わたしは溜飲の下がる思いで、アンドレイを見つめる。


「あやまるとかあやまらないとか? なんで傷つけられて、行き場を失ったマリヤがあやまんないといけねぇんだよ? まず、アンタがマリヤにあやまるべきなんじゃねぇの?」


「そっ、それは……」


「婚約者ってんなら、もっと大事にすべきだろ? 全然、そんなふうには見えない。自分の過失をマリヤになすりつけて、取り繕おうとしているのが透けて見えんだよ。妹だかなんだか知らねぇけど、別の女を連れてんのも感心しねぇなぁ?」


「ルチアはマリヤの妹だし、連れて来てもおかしくないだろう。昔から家族ぐるみの付き合いだし……」

「オレには妹さんとアンタが恋人同士に見えんだけど?」

「心外だ! 変なことを言わないでくれ!」


 レオニードは慌てて、ルチアの手を振りほどいた。


「事情を何も知らない第三者のオレの目にそう映るってことは、大問題だよな? 今までマリヤの気持ちを考えたこと、あるのかよ?」


 わたしはたくましいアンドレイの背に守られていた。

 言いたいことは全部アンドレイが言ってくれた。きっと、自分で言おうとしたら泣いちゃって、うまく伝えられなかったと思う。

 胸が温かいよ。この気持ち――そうか、わたしはアンドレイのことが好きなんだ。推しだからじゃなくて、素のままのアンドレイが大好き。


 ようやく自分の気持ちを認めたことで、わたしは大胆になれた。

 なんと、前に出てアンドレイの腕に自分の腕を絡ませちゃった。


 それを見たレオニードが目を見開いて固まる。次の瞬間には真っ赤になった。

 あれ? 嫉妬か? 自分のことは棚に上げて、独占欲はあるんだ?


「よ、よくも、人の婚約者を……」


 怒りで言葉が続けられない様子。悪いけど、そっちから婚約破棄するって、言ったんだからね? わたしにはもう好きな人がいるし、君には微塵も魅力を感じない。許す気もない。とっとと、ルチアとどっかへ行っちゃえ!


 わたしはもやしっ子眼鏡を甘く見ていた。強くてカッコいいアンドレイにガツンと言われて、尻尾巻いて逃げると思ったんだよね。ところが、


「決闘だ!!」


 レオニードは叫んだ。

 は!?

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