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 ある日の昼下がり。広報部の部屋でアンドレイとオリガとわたしの三人、仲良くティータイムを楽しんでいた。


 中途半端に大きいテーブルは、わたしたちにはうってつけだ。

 円と言うには長く、長方形にしては角が丸まっている。向かい合うとやや遠く、中央から離れれぱ離れるほど対面側との距離は開く。そのため、話したい場合は隣り合いたくなる。緩やかなカーブが距離感を和らげてくれるのも良し。個別で仕事がしたい時は離れて座り、わいわいやりたい時は親密な位置に座れる。


 わたしたちは、年二回ある馬上槍試合を控えて、何か新しいことをしたいねと話していた。

 時が過ぎるのは早い。埃だらけのこの部屋に案内された当初、汗ばむくらいだったのが、膝掛けが必要な季節になっている。家出して半年が経とうとしていた。


 こういうミーティング風景もおなじみだ。

 オリガは騎士団一日体験会はどうだろうと、提案した。抽選で選ばれた数人に甲冑を着てもらったり、剣や騎乗の簡単な指導を体験してもらう。

 わたしは良き案だと思った。実際に学んでもらうことで、大変さ、責任、専門性なんかがわかる。皆、騎士たちがカッコいいからって、キャーキャー持て(はや)してるけど、現実は体張って命を懸ける職業だからね。


 騎士より体験者に焦点を当てるから、地味な誌面になるかもしれない。それでも、やってみる価値はあるだろう。人気取りだけでなく、本来の姿を届けるのも広報の役目だと思うしね……しかし、このクッキー、おいしいな――わたしは頂きもののクッキーを頬張った。


 ふと、オリガのほうを見て、宙に浮いたクッキーが軽快な音と共に消えゆくのはどういう仕組みなのだろうと、首をひねる。ローブが動くということは、見えなくても実在はしている。不思議よね。

 最初はオリガを怖がっていたアンドレイも、今ではすっかり慣れた。いないと思ったところから、「きひひ」と笑い声がしたら仰天しちゃうけど。


 アンドレイのお茶汲みも板についてきているよ。ぼんやりしていると、空のティーカップに注いでもらっちゃった。推しにお茶汲みをさせるのも、当たり前になったな。

 燃えるような赤毛も、笑った時に尖った犬歯がチラッと見えるのも、いたずらっぽい金の瞳も、日常風景になってしまった。最近全然、ドキドキしていない。ときどき、キュンとする程度……かな。もう、アンドレイは推しではないのかもしれない。

 ドキドキしない代わりに、ホッとするようになった。推し愛とはちがう、この気持ちってなんだろうね?


 わたしはアンドレイが推しになった瞬間のことを思い出した。

 もともとイヴァン推しだったのよ。アンドレイは眼中になかった。


 六年前。魔法学校に入ったばかりのころだ。

 あのころのわたしは友達もおらず、放課後にレオ二ードを待つのがつらかった。

 わたし、ほうきに乗れないから一人では帰れないでしょう? 二つ上のレオニードはすでに生徒会役員で、待たされることが多かったの。


 今ほどレオニードは口うるさくなく、頼れる人が他にいなかったわたしは従順だった。待っている間、勉強していろと言うレオニードに従い、魔術書を読んでいたよ。でも、どうにも体と脳が気持ちに追いついていかない。数分も経たぬうちにウトウトしだした。


 睡魔に襲われ、ハッと起き上がった時には一人ぼっちになっていた。教室には誰も残っていない。格子窓の向こうは今にも泣き出しそうな曇天で、まるで別の世界に迷い込んだかのようだった。魔法学校は心霊現象とか日常茶飯事だし、あちらこちらに不気味な鏡とか魔法陣があってホラーなのよ。お屋敷で大事に育てられたわたしが耐えられるはずもなかった。

 怖くなったわたしは学校の外へ走り出してしまった。レオニードがわたしを置いて、帰ってしまったと思ったんだ。

 まだ幼かったんだろうね。生徒会室をのぞいてみようとか、そういう考えには至らなかったの。


 走ること数分。

 王都の片隅でわたしは途方にくれた。自分がどこにいるのか、まったくわからない。

 フードで青い髪を隠していても、子供の一人歩きは目立つよ。道行く人に見られて、不安は増していった。一歩ごとに涙が出る。とうとう立ち止まって、しゃくりあげて泣き出しちゃったんだよね。


 その時、声をかけてくれたのがアンドレイ。


「迷子かよ? 泣くなって! 魔法学校の生徒?? じゃあ、学校まで送り届けてやっからよ」


 こんな調子で、ハンカチを手渡された。モジャ様の従騎士時代のアンドレイだよ。任務中だったのに、わたしを魔法学校まで連れ帰ってくれたんだ。

 騎士団の制服に身を包んだアンドレイはカッコいい大人に見えた。足もスラッとして長くて、見たことのない赤い髪。虎みたいな金の目に吸い込まれる。アンドレイ・コルチャック・フォン・マクロシーナ――わたしは借りたハンカチに刺繍された名前を何度も指でなぞった。学校で心配して待っていたレオニードに引き渡されたあとも、彼のことが頭から離れられなくなってしまったの。

 あのハンカチは今でも、宝物にして持っている。何度か返そうとしたけど、どうしても勇気が出なかった。今なら返せる、かなぁ?




 初心忘れるべからず、という言葉のとおりに思い出してみたところ、照れてアンドレイの顔が見れなくなった。ティーポットを片付けようとしている彼はいまや給仕係。片付けたら、わたしの指示を待つ部下のごとき存在。それでも、ときおりこうやって意識してしまう。彼って、わたしにとって、いったいなんなの??


 アンドレイに抱く気持ちの正体をつかむべく、心の迷宮へ入り込むまえに、わたしはオリガの企画書を精査した。得体の知れない感情と向き合えるほど、わたしは強くなかった。


 そして、事件は急にやってくるんだよね。

 企画書を落としてしまったのは、バン!とドアの開く音がしたから。ノックもせず、連中は入り込んできた。侵入者が無遠慮にわたしの世界を壊しにきたんだ。

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