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抱きついたボス女は、ずうずうしくもヴァレリーの唇を奪ってしまった。
ちょっと、ちょっと! 何やってんの!? 突然、抱きついたあげく、強引にキスってひどくない?? 犯罪だよ! 絶対に許せないっっ!!
これがアンドレイだったことを考えたら、頭に血が昇ってしまった。わたしは女の子たちをかき分け、突進した。
「ヴァレリーから離れろっ!! 下衆女っっ!!」
叫んで、ならず者の首根っこを引っつかみ、ヴァレリーから引っ剥がした。恐ろしい剣幕で襲いかかったもんだから、周囲にも驚かれている。でも、今のわたしはそれどころじゃない。
「不意打ちで抱きついてキスなんて、ルール違反だよ! この狼藉者!! つり目地雷女っっ!!」
「な、なによ? あんた、何者よ!?」
思いがけぬ猛攻にうろたえ、顔面蒼白になりながらもボス女は抵抗した。ボスだけに気は強い。
わたしは騎士団の紋章の入った腕章を見せた。
「わたしは騎士団で広報誌を作っているマリヤ……」
えっと、なんだっけ? わたしの名前……
「ドンチッチだ」
アンドレイが横から助け舟を出した。もの悲しくなるけど、この名前も定着しちゃったなぁ。
……気を取り直して、
「昨日今日、ファンになった奴がヴァレリーの純潔を奪っていいと思ってんの!? ヴァレリーはみんなのものでしょ!! ふざけんな!!」
勢いよく、まくし立てた。言ったあとに疑問符が浮かんだけどね。ヴァレリーはみんなのものか?――純潔って……?
それも拍手に掻き消されてしまった。少しまえまで、ボス女に遠慮していた子たちが冷ややかな目を向けている。無体を働いたボス女は、総スカンを食らってしまった。
「わたしは仕事の撮影と取材のため、ここに来ていた。広報誌に載せるためだよ? それなのに、マナーのなってないあなたたちのせいで取材もできず、いい画も撮れなかった」
怒りをぶちまけたわたしは周囲を見回す。態度のデカかった女の子たちは素直に耳を傾けているし、ボス女もうなだれている。
わたしが騎士団の関係者とわかって、一歩引いたのかな? なら、今がチャンスだ。
ここでわたしは茫然としているヴァレリーや、他の騎士たちに労いの言葉をかけた。
「騎士の皆様、大変な任務、お疲れ様でした。ここはわたしに対処させてください。道に広がっている子たちはどいて! お通りになられるんだから、道をあけなさい!」
見越したとおり、すんなりどいてくれた。よしよし、わかってくれればいいのよ、わかってくれれば。
疲れて帰ってきた騎士たちを、こんな所で立ち往生させちゃ申し訳ないもの。
それから、グルーピーの女の子たちとボス女を邪魔にならない塀の前に集めた。少々、長くなりそうだったから座れと言ったら、正座されちゃったんだけどね。
わたしは欠伸するアンドレイを尻目に話し始めた。自分のやっている活動のこと、ファンとしての心得なんかを説いて聞かせたんだ。伊達に騎士団推しを十年もやってないわよ。
話しているうちにヒートアップしちゃって、長くなってしまったのよね。小一時間くらい? 彼女らのうしろで立って待つ付き人も不憫だった。
長時間の説教はやり過ぎだったかな、と反省したの。それで、お詫びも兼ねて印画をあげることにした。
以前、モジャ様のまえで披露した、手にスカートを履かせるやり方で現像する。これ、遮光率九十九パーセントの生地に変えたから、屋外でもイケるの。
印画している間、誰推しかで分けて整列してもらった。
三十人以上いたから、時間はかかったね。全員分が終わるころには夕方だよ。みんな、推しの印画に大興奮だった。肖像画なんか手に入れられないし、絵よりもリアルだものね。気の強い女の子たちを飴と鞭で懐柔してしまったのだ。えっへん。
けど、これで一件落着ってわけにはいかなかった。
この事件のあと、女の子たちから過剰な扱いを受けるようになり、グルーピーの教祖様?みたいになっちゃったの。“青い角のマリヤ様”という通り名までつけられて、崇められてしまう始末。
なんだかなぁ……。マナーを守ってくれるようになったのはいいんだけどね。角じゃなくてお団子だし、わたしそんなに怖いキャラじゃないのに……。
広報誌とは別にファンクラブの会報まで作るはめになり、輪をかけて忙しくなった。会報の内容は、騎士たちの日常の様子や日々のスケジュールなど。あと、漫画もちょこっとね。
オリガの負担が増えるのは避けたかった。ただでさえ、居候して迷惑をかけているんだもん。そんなわたしの心情を察知してか、アンドレイが頑張ってくれたよ。
忙しいだけでなく、充実もしていた。ちっぽけな過去のことなんざ、記憶の片隅に追いやられていたんだ。自分が今なんでここにいるのか、どうして広報活動をしているのか、経緯をすっかり忘れていたんだよね。




