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 オリガの加入により、広報誌作成は劇的に進化した。

 特に最高だったのはこのアドバイス。


「きひひ……字だけじゃ、つまらないから、印画を使うんだな」


 ここで浮上するのは、印画をどうやって印刷するかっていう問題だ。でも、心配ご無用! オリガが難なく解決してくれた。


 オリガの持つ魔道具コレクションの中に、特殊なスライムがあったんだよね。光の当たった部分だけ溶けるっていうのが。好都合なことに全身の一部分でも光に当たれば、溶けずに残った部分は硬化する。


 暗室でこのスライムに印画すると、画像の光の部分が溶けて他は硬くなる。ほら、簡単に凸版ができちゃった。これを文字の組版と合体させて、王城の地下にある印刷室へ持って行けば、一緒に刷ってもらえるのだ。


 なんていったって、印画能力を最大限に活かせる! 取材という名目で撮影も仕放題!

 ちなみにスライムは容易に繁殖できるし、切ったり削ったりもできる。汎用性高く、そのうえ凸版は何度でも作れる。



 広報誌は大評判だった。イケメン騎士たちの印画入りだもんね。欲しがる人が多くて、増刷までした。

 宣伝効果も抜群だよ。王都を歩けば、騎士の真似をして遊ぶ子供たちと出会うようになったし、騎士たちが巡回に訪れると大人たちも大喜びする。拍手喝采、あっという間に人だかりができちゃう。

 今まではお代官様で近寄りがたい存在だったんだよね。衛兵以上に堅苦しかった。それが身近な英雄(ヒーロー)に変わったんだ。

 騎士団本部の門前で、出待ちする女の子まで出てくるありさまだよ。

 そりゃ、馬上槍試合などのイベントには、今までだって女子たちは駆けつけてきたよ? けど、日常時からつけ回す行為をするのは、わたしやオリガ以外にはいなかった。威張れることじゃないんだけどさ。


 月一の広報誌が五冊目にもなると、グルーピーなるものまで出現した。騎士一人一人につくファンといった感じかな。これに関してはありがたい反面、困ることもあった。どうもマナーがね……



 その日、わたしとアンドレイは騎士団本部の前で待機していた。

 魔獣討伐隊の帰還を待っていたんだ。疲れているところ、申し訳ないんだけど、軽く一言いただきたかったのと、何枚か撮影させてもらいたかったの。

 北の山岳地帯に魔物が現れたのは、一週間前。山奥に住んでいる魔物が麓まで下りてきたため、討伐対象となった。九つの首を持つヒュドラだって。かなりの危険を伴う任務だよ。負傷者も何名かいる。死者が出なくて、本当に心から安堵した。


 大任を果たした英雄たちを待つのは、わたしとアンドレイだけではなかった。

 門の近くにはたくさんの女の子たちがいた。貴族が多いかな? 従僕を連れていたり、令嬢らしい華やかなドレスを着ている。いかにもな感じの胸の空いたドレスの人たちもいるね。こちらは寡婦、娼婦、女経営者組か。令嬢チームの従僕は懐中時計を何度も出しては、時間を気にしていた。見つかったら、家の人に怒られる系だろうなぁ。


 はっきり言っちゃうと、この人たち、邪魔だったんだよね。

 門の前を陣取って、出入りも困難な状態にしちゃってるの。迷惑もいいとこ。

 しかも、その中でヒエラルキーができあがってるらしく、ボスと思わしき人物が門の中心に立ち、その周りを取り巻きが囲うという雰囲気の悪さ。ボスっぽいのはどっかの令嬢かな? 黒い巻き毛をハーフアップにして、フリルをふんだんに使ったダークで乙女チックなファッションをしている。見るからに意地悪そう。


 見慣れないわたしをギロギロ、にらんできた。騎士団の制服を着ているアンドレイを連れているのが、気に食わないんだろうね。嫌な感じのつり目だ。取り巻きと空気感で威圧すれば、ビビると思ってんのかね? あいにく、意地の悪い奴は妹で慣らされてるんだよ。

 わたしはにらみ返してやった。


 そしたら、一触即発……に見えたのかなぁ? 護衛役のアンドレイに腕をつかまれた。


「なにやってんだよ? 知り合いかよ?」


 小声で尋ねるのはいいけど、耳に息吹きかけるのはやめて! そこは乙女の敏感なところなの!

 首を左右に振り意思表示するも、アンドレイは問いの答えと勘違いしたようだ。


「ケンカ売られたら、オレが守ってやるよ」

「あぁん……」


 耳を攻めるのはヤメて……。

 さらにアンドレイは弛緩するわたしの腕を、自分の腕に巻き付けてしまった。

 妹のルチアみたいなキャラならともかく、わたしは父親以外の男の人と腕を組むなんて初めてのことだ。元婚約者のレオニードともしたことがない。


「オレの女ってことにしとけば、攻撃されねぇからよ?」


 金の目は笑っている。そりゃ、アンドレイは不良っぽくて怖そうだけど……は、恥ずかしいっっ!!


 グルーピーのボス女は目を剥いているね。

 彼女らは広報誌が出るようになってからのファンだから、アンドレイのことは知らないだろう。わたしの補助を務めるようになって、露出もめっきり減っているし、広報誌にも載せてないしね。


 なぜ、載せなかったのか? 自分でもよくわからない。彼をさらしたくなかったというか、隠しておきたかったというか、守っておきたかったというか……。それに、本人が出たがらないのに、無理に載せてもねぇ?


 ただし、マイナー推しとはいっても、アンドレイはれっきとした騎士。その騎士と生意気にもイチャついている女がいたら、シメてやろうという思考回路にならないかしら?

 ……ごめん、守ってくれようとしているのは嬉しいけど、逆効果だわ。


 わたしはアンドレイの腕を振りほどいた。

 さっきのお返しにアンドレイの耳を引っ張ってやる。背伸びして、厚みのある耳に唇を寄せた。


「わたしは強いから、大丈夫」


 ささやいてみたよ。

 どうだ! くすぐったくて、ゾクゾクするだろう? わたしの気持ちがわかったか!


 だが、アンドレイの反応を楽しんでいる時間はなかった。

 騎士団本部と王城の前には、石畳を挟んで(ほり)が横たわっているんだが、濠にまたがる跳ね橋のところで大歓声が上がったの。騎士たちが帰還したんだ。


 グルーピーの女の子たちも、絶叫しだして騒然としている。こりゃ、悠長にインタビューできる状況ではないかも。この数ヶ月で人々の騎士熱は異常なほど過熱していた。

 

 百メートルほど先の跳ね橋から、跳ね橋門をくぐって姿を現したとたん、紙吹雪が舞う。跳ね橋の周りでも待っていた人たちがいたんだね。拍手の音が痛いぐらいだ。

 百人のチームを組んで、騎乗する騎士たちはフルアーマー。これじゃ、誰が誰だか見分けるのは困難だよ。ま、わたしほどになると、甲冑で見分けられるんだけど。


 やった! 何人かはバシネットを上げて、顔を見せている!

 わたしはチャンスを逃すまいと、右手をかざした。彼らが颯爽と門を通る瞬間を捉えたい。


 ところが、 騎士たちは門を通ることができなかった。

 道いっぱいに広がる女の子たちが、通らせてくれなかったのだ。


「イヴァンさまぁーー!!」

「ギャーーーーッッッ!!」


 あのね、君たち、営業妨害だよ? やめなさいっての。君たちのせいで、中に入れないじゃないか。騎士たちも困っているよ。

 ケガ人が出ちゃったら、どうするの? せっかくの華々しい帰還に、水を差すことになるよ?


 なんとか熱烈なファンたちをどかそうと、一人の騎士が馬から降りた。 

 数々の剣術大会で優勝を収め、剣聖と称えられているヴァレリーだ。イヴァンの次に人気がある。


「危ないから、下がれ!!」


 怒鳴られて萎縮するかと思いきや、ヴァレリーの日焼けした顔を見た女の子たちは色めき立った。そりゃそうよね。遠くから見るだけだったイケメン騎士が、目の前にいるんだもの。あっという間にヴァレリーは囲まれてしまった。


 突然、女子校に放り込まれた感じかな? 相手が女だから、無理やり押し退けるってわけにもいかず、泡食っている。ワイルドヴァレリーが雌豹に囲まれた子狼みたいになっているよ。あちこちに視線をさまよわせ、狼狽しているのはかわいそう。個人的にほしい瞬間だったので、撮影してしまったが……。ごめんね、ヴァレリー。


 すぐさま助けに行くべきだったよね。真っ先に走り寄ったボス女が、ヴァレリーに抱きついちゃったんだ。

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