春のにおい
どこまでいってもこの街の景色は嘘くさい。
青山の自宅へと歩きながら、何度おもったか分からないことをまた考える。
淡い街灯が道を照らし、幻想的な雰囲気を作り出す。
一つ一つの個人邸宅も、公共のものであるはずの街路樹も、
それぞれが綺麗で素敵な街であろうとしている。
そして実際に、この街は綺麗で素敵な街であり続けている。
ここより素敵だと自信を持っていえる街なんて、日本に数か所しかないだろう。
住んでる全員にその自負があり、そうあろうと努力してる。
その感じが、私はずっと苦手だった。
田舎者の僻みと言えばそれまでだろう。
思えば遠いところまできたと思う。
長野の山奥で育った私は、
自力で通えない子供たちを集めて回るスクールバスに乗って登校していた。
家から小学校まで車で30分の距離があり、そんな子どもが数人いた。
小学校の男子は山猿みたいにうるさくて、
ずっと汚い話をしていた。
家に帰ってもそれは変わらない。
誰もかれもうるさくて汚かった。
青山には、そんな人は一人もいない。
私が今住んでいるこの街が嘘くさかったとして、
ならば私が住んでいたあの山は本当だったのだろうか。
そんなことはないと思う。
あの山奥から逃げたくて、
勉強して勉強して、
進学校の高校に入学して、
日本で一番優秀な大学に入った。
そしていま日本の中心でコンサルタントとして働いている。
頑張った結果として、私はどこにたどり着いたのだろうとふと思う。
日本で有数の素敵な街で疎外感を感じながら、
あの山にも戻れずに。
先週、母から連絡がきた。
親戚の女の子が進学にあたり東京にくるから、面倒を見てくれと。
その女の子は少し栄えた集落に住む遠縁の親戚で、
会ったことはない。
会ったこともない遠縁の親戚の面倒をみるなんて正直嫌だったけれど、
私が承諾しなければその子は上京を諦めるしかない。
大学を受ける前に話し合っておけとも思ったが、誰も受かると思っていなかったらしい。
あの場所から抜け出したかった18の自分と重ねてしまい、私は渋々承諾した。
青山のマンションに住むなんて贅沢な大学生だ。
物置にしてる部屋、片付けないとな。
そんなことを考えながら、嘘くさいこの街を通り過ぎる。
春の匂いが、街路樹から少しだけした気がした。