【番外編】他人の恋心を奪ったクラスメイトを持つ私の話
番外編です。
最後はフェテリシアの元クラスメイトのアガサ視点のお話
それではお楽しみください。
私の名はアガサ・ロッソ。
しがない子爵家の娘で、貧乏子だくさんの5人兄弟の末娘だ。
将来は結婚せずに働こうと決めている。
職業は小説家。こう見えて、いくつか賞を取ったこともある。
今は学園で知識を高めつつ、お貴族様ウォッチングに励む毎日。全てはクオリティの高い小説を書くため。
学園ならすべての爵位の貴族令息・令嬢が集まるし、何なら王族だってお目にかかれる。
卒業すればもう会うことも叶わない雲の上の高位の方々を近くで見ることのできる、この最大のチャンスを逃すわけないじゃない。
幸運なことに同じ学年にアリスティア第一王女殿下がいらっしゃる。流石王国の赤い薔薇と称えられる御方、オーラが凄い。
アリスティア第一王女殿下と並んで有名人がもう一人、グレイシア・シールド卿。入学時から爵位を継承している、あの北の辺境を統べる女辺境伯だ。
その容姿から王国の蒼い薔薇と呼ばれていて、アリスティア第一王女殿下とは親友の仲だとか。
なんて絵になる二人。強者のオーラが半端ないわ。いつか彼女たちをモデルにした小説を書いてみたいな。
もう一人、気になっている娘がいる。
その娘の名は、フェテリシア。
ノーツ伯爵家のご令嬢だ。
見た目だけはすっごくいいの。
黙っていれば儚げ美少女なんだけど、性格はちょっと…ね。
親の爵位が上なのを笠に着て、すっごくマウント取ってくる。男女で扱いが全然違うの。顔は美人なのに本当に残念。
こういう個性的なキャラも小説では欠かせない。
せいぜい利用させてもらいましょうか。
この学園には男漁りに来たようだ。
卒業までのアバンチュールってやつ?
結婚は現状維持かそれ以上の男でないとダメなんだとか。
先のことなんて誰にもわからないのに…。
声をかけてきた男爵令息なんて中等部で生徒会に入っていたじゃない。アリスティア第一王女殿下の覚えもめでたい人なのにもったいないなぁ。
爵位でしか人を見られないみたいね。かわいそう。
1年も経つ頃には男と女で評価が分かれる残念令嬢になった。だって、他人の恋人に手を伸ばしているんじゃね?そりゃあ友達だって離れるわ。
面白い…高位貴族のご令嬢なのに、こんなに常識がない人いる?2年に進級してからも彼女の観察がしたくて隣の席をキープした。
彼女は期待通りのやらかしをしてくれた。
よりにもよって北の辺境伯の恋人ブライアンさんに目を付けたのだ。
婚約者じゃないならいいってもんじゃないでしょ?自殺願望でもあるの?
おまけにグレイシアさん(学園では身分に関係なく、さん付けが推奨)の故郷を辺鄙な田舎だと思っているし。極め付けがグレイシアさんを辺境伯令嬢だと思い込んでいる。
無知って怖いわぁ…。
一応クラスメイトだし、不慮の事故に会うのは気の毒だと思って助言したのがまずかった。彼女は魔女の薬に手を出した。
何で分かったかって?
見りゃ分かるわよ。昨日まで見向きもされていなかったのに、今日にはラブラブだなんて普通じゃ有り得ないじゃない?隠してはいるけど、手首に魔女の薬を使った印が付いているし。
一体どんな薬を使ったのだろう?
魔女の薬って効果絶大だからヤバいのよね。
ちょっと気になって調べてみようと魔女の家まで行ってみた。
城下町の中央商店街左側一番奥、ここが一番近いからたぶん間違いないだろう。紫色の屋根の家に入るとカウンターと椅子が一つ。カウンターテーブルにはベルが一つとメモ書きが置いてあった。
『御用の方は鳴らしてください』
ベル横のメモ書きにそう書かれてあったので、ベルを鳴らす。
チン……
「はいよ~。ちょっと待っておくれ。」
カウンター奥のカーテンが開いて現れたのは、フード付きマントを羽織った如何にもっていう老婆の魔女だった。
「ほれ、そこに座りな。ふむ…ロッソ子爵家の娘、アガサ、と。んん?お前さん人族、だよね?」
小さなルーペで私を覗き込む魔女。
あっ、やっぱりわかっちゃうんだ?
「私は人間ですよ、魔女様。母親は元魔女ですけど。」
そう言ってニッコリと笑う。
そう、私の母は元魔女なのだ。
父に惚れた母が、人間になる薬を飲んで魔女を辞めた。魔女を辞めたから薬は作れない。魔女の子である私も同様だ。
「おやおや、そうかいそうかい。」
ぼふんっ、という音と共に煙が立ち、老婆から私の母ぐらいに変身した美魔女が現れた。(魔女だけに)
「まぁ、そちらが素顔ですか?お綺麗なのにどうして老婆に姿を変えていたのです?」
「好きでやっているわけじゃないのよ?だけど魔女っていうと、未だに鉤鼻のしわくちゃ老婆が黒いローブまとって大鍋でなんかぐつぐつ煮ているイメージらしくってね。イメージ通りの姿じゃないと魔女の腕を疑われるのよ。」
「あぁ~魔女あるあるですね。私も母から聞いたことがあります。人間って思いこみ激しいから大変ですよね。」
「そうなのよ~。貴女、話が分かるじゃな~い。」
気を良くした魔女様がお茶を出してくれたので、すかさず手土産に用意した王都で人気急上昇中のレモンカードケーキを差しだした。さらに機嫌が良くなった魔女様からフェテリシアの薬について聞き出した。
ブライアンさんの恋心を入れ替える薬だなんて…。納得した。ブライアンさんは全く悪びれた様子もなく後ろめたさも持っていなかったから。にしても、なんて愚かな真似を…。
「一応、止めたのよ?下手すりゃ一生解けないんだから。でも、あの娘、聞く耳持ちやしないし、私も税金ドロボー扱いされるのはご免だし?」
当時を思い出したのか、ケーキを食べるスピードが早くなる魔女様。呆れた。魔女に暴言を吐くなんて。魔女を侮辱してこの程度で済んでいるのなら、まだましな方か…。
「解毒薬も渡したのですよね?」
「もちろん。でも、あの娘、店先で踏みつぶしていたけどね~。もぅ、家でやってよね。破片で怪我したらどうすんのよ?いい迷惑。」
プリプリ怒る魔女様に思わずお茶を吹きかけて、寸でで飲み込んだ。解毒薬を踏みつぶした?じゃあ、もう絶対に解けないじゃない?!
あの娘、終わったわね…。
クラスメイトのよしみとして、せめて勘違いを正してやりたいけど、グレイシアさんからやんわりと忠告されているのよね。
向こうから聞いてくれば教えていいらしいけど、あの娘はそんなことしないわ。こうなったら最後まで見届けようと最終学年も隣を席をキープした。(誰もあの娘の隣に座りたがらなかっただけなんだけど)
そうそう、私、グレイシアさんとお近づきになれたの。
お馬鹿令嬢ウォッチングを続けていたら、私が彼女の親友と思われていたみたい。(心外だわ)
不名誉な誤解を解くため、情報収集の為に近づいたことを全力でアピール。彼女がブライアンさんに使った魔女の薬のことも情報提供して、ようやく納得してもらえた。
薬の情報提供のお礼にと、グレイシアさんは私が知りえない上位貴族のことを教えてくれた。(めっちゃいい人)
「冬が厳しい辺境では本は娯楽の一つなの。貴女が書くお話を楽しみにしているわ。」
とてつもなく上品な残り香を残して去っていくグレイシアさん。私が魔女と懇意になっていることで、価値があると思われたのだろうか?思いがけなく辺境伯とのパイプが手に入っちゃった。
卒業まで半年、学期間の休み明けからフェテリシアの様子がおかしくなった。どうやら実家でひと悶着あったみたい。同じ時期ぐらいに、卒業と同時に二人が結婚するという噂が飛び交うようになった。
噂が表立って出るということは、もう根回し済なんだろうな。きっとグレイシアさんの新しい恋人であるエミリオ第二王子殿下も嚙んでいる。
辺境伯と王家、敵にするには大きすぎたわね…。
最後に接触するなら卒業パーティーだと踏んで様子を伺っていたら、案の定グレイシアさんが一人になったところを狙ってきた。いえ、わざと狙わせたというべきか…。
人気のないガゼボに移動しようする二人を見て先回りする。見つからない、それでいて会話が聞こえる場所へ移動するとそこには先客がいた。
「エミリオ第二王子殿下…。」
「しっ、静かに!もっと頭を低くして。見つかっちゃうよ。」
「エミリオ第二王子殿下はどうしてここに?辺境伯の助太刀ですか?」
「まさか。あんな娘、敵にもなりえない雑魚だよ。私は彼女の勇姿を見たいだけだよ。君は?まさか、あの娘の助っ人かい?」
「御冗談を。私は執筆活動の一環です。」
茂みに身を潜めて二人の対峙を見守る。
流石は辺境伯、見事なざまぁをぶちかました。これが爵位を背負った者とそうでない者の差か…。
隣を見ると「はぁ…素晴らしい…あの冷たい目、なんて美しいんだ…。ゾクゾクする…。」とエミリオ第二王子殿下が恍惚とした表情で呟いていた。
エミリオ第二王子殿下、何か新しい扉が開いていませんか?
グレイシアさんが去ったので、エミリオ第二王子殿下も後を追った。私はひとしきり泣いて放心状態のフェテリシアのもとに向かう。
呼びかけても反応なし。ちょうどブライアンさんが探しに来たのでバトンタッチしておいた。とりあえず、マリッジブルーみたいですよと適当に言っておいた。
卒業して私は契約通り侯爵家でお世話になる。
新人小説家の私のパトロンになってくれた侯爵夫人は、私の為に離れを用意してくれた。(なんと新築)身の回りのお世話をする侍女までつけてくれる高待遇。
ここで私は執筆活動をしつつ、定期的に旦那様である侯爵様の夜のお相手をしている。
この話を持ち掛けられたのは、そこそこ有名なコンテストの賞を取った高等部一年の時だった。いくら貧乏貴族とはいえ未婚の娘を、20も年の離れた侯爵の愛人にとの話が来た時は父も断る気満々だった。
でも、話を持ってきたのが侯爵夫人と聞いて、母は話だけでも聞いてみる気になったようだ。
夫人曰く、夫が絶倫過ぎて自分一人では無理とのことだった。体力も落ちてきて若い時のように相手ができないと嘆いていた。
私に白羽の矢を立てたのは、性病の心配がないことと、賞を取ったときに『小説家として身を立てたい。結婚は考えていない。』とコメントしたからだった。
定期的に夫の相手をしてくれたら執筆活動を全力でバックアップすると言われ、私はこの申し出を受けた。決め手となったのは夫人の言葉だ。
初めて雑誌に載った短編小説の切り抜きを見せられて、「貴女には才能がある。きっと小説家として大成するわ。」と言われて涙が出るほどうれしかった。
お相手の侯爵様もいい人だった。
処女の私から見ても絶倫過ぎる以外では。
何度か肌を重ねて、ふと疑問に思ったので、魔女の薬で何とかしようと思わなかったのかを聞いてみた。(決して夜のお相手が面倒くさくなったからではない)
「あぁ、そもそもこの体質は魔女の薬の影響だからね。」
侯爵様が言うには、3代前の当主が使った薬の効果が子孫にまで受け継がれているという。どんな効果を願ったかは知らないけど、それってほぼ呪いなんじゃ?
子孫たちが別の魔女に効果を消す薬を願っても無理だった。最初の魔女の力が強すぎたのだ。3代前の当主が、どうせなら一番腕のいい魔女にと無駄にはりきったせいだった。
魔女にだって序列がある。
大魔女と呼ばれる魔女には、そこいらの魔女では太刀打ちできない。せいぜい効果を弱めるぐらいだろう。
そして、効果を弱めてもらった状態が今なのだという。大魔女の薬、どんだけ強いのよ?不可解なことに、侯爵家では薬を使って以降、直系以外は子が生まれなくなったのだという。
きっとそれも大魔女の薬が関係しているのだろう。侯爵様がクソ野郎ならざまあみろなんだけど、夫婦揃ってめちゃくちゃいい人たちなので不憫過ぎる。
私は元魔女である母にこのことを相談した。
母は、元魔女の人脈?を使ってその大魔女を特定した。「あっ、それ多分私のママだわ。」そう言ったのは、フェテリシアの薬を調合したあの魔女だった。(灯台下暗しだわ)
当時この国にいたという大魔女に確認を取ってもらうと、あっさりと認めた。(魔女はめっちゃ長生きです)
「あいつ、めっちゃ失礼な男なのよっ!一生に一度、薬を作る誓約が無ければ絶対にお断りだったわ。」
大魔女様が言うには、跡取り跡取りうるさいから、男しか生まれなくしてやったという。強すぎる性欲は、弟たちのを吸い上げていたとも。何とも恐ろしい薬を作ったもんだ。
「あの男は嫌いだったけど、子孫にまで影響がでているとは思わなかったわ~。悪いことしちゃったわね。」
そう言って大魔女様は薬を作ってくれた。
奪われた性欲を取り戻す薬を侯爵様の弟様方に飲んでもらって、効果を相殺した。
「もう100年経っているから大元の効果もそろそろ切れるわよ。次代には影響ないと思うわ。」
そう言って大魔女様は帰っていった。
私は侯爵家から物凄い感謝を受けた。
結婚を諦めていた弟様方からは特に。
侯爵夫妻からは養女にならないか、とも言われたが、母の子でありたい私は辞退した。侯爵様のお相手をすることがなくなっても、私は離れの快適空間で執筆することを許されている。
そこにちょくちょく侯爵様の弟様の一人が来るようになった。私が書いた小説を一番に読むのが彼になった。
侯爵夫人はよくお茶会や晩餐に招いてくれる。
私の席の隣は、大抵彼が座るようになった。
「で、後はよくある展開で二人は結婚して幸せに暮らしました、となるのかしら?」
「まぁそうですね。すみません、ミステリー作家の人生がありきたりなもので。」
所用で王都に来た辺境伯にお茶に誘われた私。(なんと場所は王城だった)
「平凡でいいじゃない。波乱万丈なんて物語の中だけで十分よ。ところで、クリスチャン家のお姫様はお元気?」
「えぇ、とっても。元気過ぎて困るぐらいです。」
私が産んだ子は女の子だった。
男しか生まれないはずのクリスチャン家一族にもたらされた女の子。それは、あの呪いのような薬の効果がなくなったことを意味していた。ゆうに100年ぶりとなる女の子誕生に、侯爵家一族は狂喜乱舞のお祭り騒ぎだ。
「今回の話も面白かったわ。ベストセラー間違いなしね。私、いつもあの名探偵が出てくると学園の理事長先生のお顔が浮かぶのよ?多分、私だけじゃないと思うけど?」
「分かりますか?タマゴ頭にクルルん髭の小男、イメージぴったりなんですよね。あぁそういえば、この間、彼女に会いましたよ?」
「彼女?」
「元クラスメイトのフェテリシアさんですよ。ブライアンさんの奥さんの。」
正直会うとは思わなかった。
相変わらずの美人だったが、もう儚げ美少女とは言えなかった。伯爵令嬢時代のような手入れはできないのだろう。貴族御用達店の平民店員の方がまだ洒落ていた。
「ふぅん、そうなの?お元気していた?」
「えぇ、本人は。ご両親のお葬式帰りだったようですね。」
辺境伯はもう興味がないみたい。薬は未だに切れてはいないようだけど、今より若さも美貌も衰えたときに薬が切れたりしたら、彼女はどうなるのだろう…?
「私のこと、酷い女だと思う?たかだか恋人を取られたぐらいで、大人げないって。」
「いいえ。無知は罪です。彼女も、彼女を育てた両親も。第三者目線では軽い処置に見えました。やはりブライアンさんの為だったのですか?」
辺境伯の力をもってすれば、一族もろとも処分することだってできたはずだ。
「彼は…家に帰ると可愛い子どもが出迎えてくれて、優しい奥さんが用意してくれた料理を食べながら今日狩った獲物の自慢話に花を咲かせる…。彼はそんな家庭を理想としていたのよ。私では叶えてあげられないわ…。」
「辺境の騎士家庭の日常ってやつですか…。代わりに彼女に託したってことですか?」
「そんなキレイなものじゃないわ。当時は再三の忠告を無駄にしたブライアンにも、魔女の薬まで使っておきながら結婚する気もない彼女にも腹を立てていたからよ。」
ゆっくりと優雅にお茶を飲む辺境伯。
芸術品のように美しいカップを、平気で持てる彼女の胆力が羨ましい。
「でも、まさか今になっても解けていないなんて思わなかったのよ。」
辺境伯も想定外の薬の効果。
彼女のことを気の毒に感じているようだったので、自業自得だと言ってやった。
私のファンだというご長男様に、直筆サイン入り最新刊をプレゼントすれば大層喜ばれた。後は小説談義に花が咲き、もう彼女のことは話題には上らなかった。
薄情だと言われればそれまでだけど、私にとっても辺境伯にとっても彼女はその程度の存在だ。
ううん、私はちょっと違うかな?
学園ではさんざん馬鹿にされたからね。
少しは見返すことができてスカッとしちゃった。
さて、王城でのお茶会なんてめったにできない体験しちゃった。この貴重な体験を次の作品に活かさなければ。王城を後にしながら、私は次作の構想で頭が一杯になった。
Q.グレイシアは魔女の薬をブライアンの為に使わなかったのはなぜ?
A.グレイシアは過去に母親の病気を治そうと魔女に薬を依頼したので、もう権利がなかったのです。
ちなみに母親の病気を治す薬の対価は寿命。病気は治っても寿命を取られて死んでしまうので、治療薬は断念。代わりに病気の痛みを取る薬を依頼。残り僅かな時間を親子の思い出作りに費やして、微笑みながら母親は亡くなりました。
これにて終了です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
次の番外編にて物語の補足をしております。
よけれはご覧下さいませ。