第五話 奪われた女と奪った女のその後の人生
第五話です。
これにて本編終了です。
番外編に第三者視点のお話を一話入れて終わりとします。
それではお楽しみください。
【Sideグレイシア】
「シア、待っていたよ。」
満面の笑みで迎えてくれるのは夫のリオ。
小ホールとは言え結構な広さがあったはずなのに、大量の荷物で足の踏み場がほとんどないわ。
毎年恒例の新年会で着る私のドレスを選ぶためだけに、ありとあらゆる布や宝石、小物が集められていた。
私は結構ものぐさなので、ドレスなんてどうでもいいけどね。リオが譲らないの。新年会で身に着ける衣装は、夫のリオが全身コーディネートしたものでないといけなくなっていた。(なんで?)
まぁ、リオの個人資産で作られているので文句も言えないんだけど。
「イディア王国からようやく届いたんだよ。10年待った甲斐があった。」
侍女がうやうやしく桐の箱を開けると、まばゆいばかりに輝くシルクの布が現れた。
「あぁ、やはりシアに良く似合っている。まるで月の女神のようだよ。」
布を私に当てがいながら、うっとりと微笑むリオと、まさにその通りと頷く侍女軍団。
「いやだわ。女神に対して不敬よ?それに、四十手前の年増女を飾り立てたって大して変わりないわ。」
「シアは歳を追うごとに美しくなっていくよ。美しい妻を飾り立てるのは夫の特権だ。私の楽しみを奪わないでおくれ。」
上機嫌でデザイナーたちとドレスの型を話し合っている夫を横目に、お針子たちから寸分の狂いなく体を採寸される私。
辺境の新年会で披露したドレスは、3週間後に王都で開かれる新年の夜会でも身に着ける。新年会はいわば前哨戦。毎年、アリスに大絶賛される私のドレスは、いつしかシールドブランドと呼ばれるようになっていった。(だから余計にリオが張りきっちゃうのよね)
「これだけ美しいプラチナシルクだ。アクセサリーはシンプルな方が引き立つな。」
「でしたら、アランとユーリエからプレゼントされたイエローダイヤモンドはどうかしら?まだ加工はしていなかったわよね?」
「いいね。あれなら一粒で十分な存在感がある大きさだ。早速ネックレスを作らせよう。」
ウキウキと今度はジュエリーのデザインに入るリオ。リオが趣味で立ち上げたシールドブランドの商会は国外でも大人気となっている。(いつの間にか私が広告塔にさせられていた)
ここ数年の鉄道産業が波に乗り、物資の調達がスムーズになったのも成功の一因にあるかも知れない。鉄道及び列車を考案・開発したのが、先ほど名が出てきたアラン。元トレーン男爵令息で現トレーン伯爵でもある。(ユーリエはアランの奥さん)
実はこのアラン、フェテリシア嬢に交際を申し込んで振られた人物だった。家は下位貴族だがその能力をアリスに見込まれ生徒会の書記を担当していた将来有望な男なのにね。彼女は本当に見る目無かったわ。
ちなみに、奥さんのユーリエは私たちより1年下の後輩。彼女も生徒会に入れるほど優秀な才女だった。
振られたアランを慰めているうちに恋心が芽生えた二人。恋人同士になったものの、家格の開きで結婚までは認めてもらえそうにないと悩んでいたのよね。(ユーリエの実家は侯爵家)
自分の考えている鉄道が実現すれば、稼いだ財産を武器に婚約の打診もできるのにとぼやいていたので、少々喝を入れてやった。
『アラン、お前は馬鹿なの?お前の夢を実現するのに必要な権力と財力を持った者が目の前にいるというのに、なぜ行動を起こさないの?ハッキリ言うけど、ここに居るのは卒業したらお前の爵位じゃ話しかけることも憚られるメンバーよ?』
生徒会長のアリスは王族、副会長のレンフォードは公爵家の中でも一番力を持つ家の令息、私は北の辺境伯だ。私の言葉の意味を瞬時に理解したアランはすぐに企画書を持ってきた。
アランの鉄道という発想は画期的だった。
成功すれば、一気に国内の産業が活気づく。
ただ、こちらも無条件で融資はしない。
確実に成功してもらわなければ困るので、3人で散々ダメ出ししてやった。ヘロヘロになりながらも何度も何度も企画を練り直し、卒業1ヶ月前に私たちを納得させるだけのものを用意したアラン。
資金を全額提供し、手始めに王都と辺境を結ぶ鉄道を完成させるように命じた。工事費はかなりの額となったけど、それに見合う恩恵を辺境に与えてくれた。
この成功を目の当たりにすれば何もしなくても融資は集まる。路線を拡大するごとに内需も拡大していった。もちろん、最優先は初期投資メンバーの私たちだ。
この功績によりアランは一気に伯爵位を得、ユーリエとの仲も認めてもらえたのだ。言わば私たちは二人の愛のキューピッド。故に卒業して20年経った今でも交際は続いている。
あのイエローダイヤモンドは私たちの結婚15周年の記念にプレゼントされたものだった。
「相変わらずため息が出る程の美しさねぇ…。」
場所は王城の新年の夜会会場。
女王アリスが私のドレス姿をため息をつきながら眺めている。
「美しいのはドレスであって私じゃないわよ?」
「シアが着ているから映えるんじゃない。相変わらず我が弟はいい仕事をするわ。」
「お金があるなら、もっと自分のことにでも使えばいいのに。」
「あの子はシアにぞっこんだから無理ね。諦めて。夫の意地とプライドが掛かっているから余計にね。」
「意地とプライド?」
「聞くところによると、まだ効果が切れていないのでしょう?貴女の幼馴染みは?」
「えぇ、まぁそうね。」
辺境の新年会では、ブライアン夫婦も招待している。チラリと視界に入る程度しか接触はないが、夫婦仲は良さそうだった。
「別に私を飾り立てることでアピールしなくても、私はとっくにリオ一筋なのに…。」
ブライアンのことなんて言われるまで気にもしなかったわ。魔女の薬のことを知っている人からはたまに聞かれることもあるけど、もうとっくに過去の人なんだけどな。だって、思い出す暇もないぐらいリオに愛されているもの。
「あの子にとっては負けられない戦いなのよ。分かってあげて?」
「そうは言っても私は5人の子どもの母親よ。体型だって崩れてきているし、衣装負けしそうなのよね。」
「やだわ、5人も子どもを産んでなお、その体型維持し続けているシアが?衣装負けなんかするはずないじゃない。はぁ、それにしてもこのシルクは素晴らしいわね。イディア王国産でしょう?大量生産が難しいプラチナシルクだから、なかなか市場に出回らないのよね。」
「そうなのよ。リオも10年がかりで手に入れたって言っていたわ。あっそうだ、アリスの分もあるのよ。ドレス1着分で申し訳ないけど受け取ってくれる?」
「えっうそ、やだっ、凄く嬉しいっ!ありがとう、シア。わぁ、どんなドレスにしようかしら♡」
幼馴染みの元恋人のことは頭から消え、親友とドレス談議に花を咲かせるのだった。
【Sideフェテリシア】
田舎に隠居していた両親が亡くなったと聞いて、葬儀のために久しぶりに実家に戻った。昔のように針の筵状態ではなかったけど、歓迎もされなかった。
辺境の不興を買った影響はすさまじく、没落寸前までいった伯爵家を20年で何とか建て直した兄は苦労が顔に滲み出ていた。
葬儀も済んで早々に実家を後にした私は、久々の王都散策を楽しむことにした。20年も経っていれば誰も私のことなど覚えていないだろう。そう思ってフラリと立ち寄ったブックストアで、まさか知った顔に会うなんて思わなかった。
「あら?フェテリシアじゃない。お久しぶりね。」
そう言って声をかけて来たのは学園時代に隣の席同士だったアガサだった。20年も経てばさぞかしくたびれた女になっているかと思ったのに、アガサは前よりもずっと美しくなっていた。
「今日はサイン会の日だったのよ。まさか貴女に会えるとは思わなかったわ。」
「サイン会?」
「えぇ、学園に居た頃から執筆活動していたでしょ?私、こう見えてもそこそこのベストセラー作家なのよ。これ、最新刊ね。」
そう言って見せられたのは『オクシデント急行殺人事件』。著者はアガサ・クリスチャンとなっていた。
冬が長い辺境では本は娯楽の一つ。アガサ・クリスチャンの名は私でも聞いたことのあるけど、目の前のアガサとは結び付けたことがなかった。
「クリスチャン?アンタの実家ロッソ家でしょ?ペンネーム?」
立ち話もなんだからと近くのカフェに誘われた。席に座って向かいのアガサをまじまじと見る。立ち振る舞いも優雅で、着ている服も上物で洗練されていた。確か年の離れた侯爵の愛人になったんじゃなかったっけ?
「ふんっ、ベストセラー作家がなによ。愛人のくせに。」
「愛人契約ならとっくの昔に終わっているわ。私、結婚したのよ。」
アガサが言うには、侯爵の年の離れた弟と結婚したのだそう。子どもも一人いるという。今は、作家兼伯爵夫人の忙しい生活を送っていると言っていた。
「アンタが…伯爵夫人?噓でしょ…?」
「別に信じなくったっていいし、敬う必要もないわ。王都にいるのもたまたま寄っただけですぐに辺境に帰るのでしょう?まだ魔女の薬は有効なんですってね?」
「何でアンタがそんなこと知っているのよ?」
「私は作家よ?面白そうなネタがあるなら情報収集は怠らないわ。作風はミステリーだけど、その中に渦巻く男女の愛憎劇が受けているんだから。」
面白そうなネタ?ふざけないでよ。自分がちょっと成功したからって!
「おあいにく様っ!私と彼は愛憎とは無関係よ。彼はあの女に欠片も興味もっていないしっ!ネタにならなくて悪かったわね!」
「あら?でもそれって未だにブライアンさんの心は辺境伯にあって、貴女は関心も持たれていないってことじゃない?」
「えっ?」
「ここまできたら魔女の薬の効果が解けない方がいいかもね。もうお世辞にも儚げ美少女とは言えない年齢ですものね。歳なのはお互い様だけど。」
ここでの支払いは済ませてあるから、久しぶりの王都でのアフタヌーンティーを楽しんで、と言い残してアガサは去っていった。
アガサが店を出たタイミングぴったりにやってきた迎えの馬車。侍女や護衛が隠れて待機していたのだろう。アガサは紛れもなく貴族夫人だった。
学園で私にアプローチしてきた男は他にもいた。爵位が下だしイケメンでもないから相手にしなかったけど、とある男爵令息は鉄道産業が大当たりして大金持ちになっていた。
王国の鉄道路線拡大に貢献したとして、一気に伯爵位を賜ったその男は、当時付き合っていた侯爵家の娘との身分差の恋を成就させたのだとか。
あの時、ブライアンにかまけずに彼の手を取っていたなら、王都で華々しい生活が送れたかも…。無性に腹が立って目の前のケーキスタンドのケーキを全て平らげ店を出た。
帰りの列車を待つ間にレストルームに行って、ふと鏡に映った自分の顔を見る。艶のないパサついた髪、肌は焼けてソバカスが出てきている肌は化粧でもごまかしきれていない。
クローゼットの中からかなりましな服を選んで着て来たはずが、王都では全然映えていない。何なら平民の方が洒落た服を着ていた。
かつての男が振り返る程の美貌は、とっくに失われていたことに気が付いた…。
もし、ブライアンの関心がなくなったら…私はどうなるの?こんな容姿では貴族の後妻にも入れない。入れる歳でもない。
かたやあの女は、伴侶のエミリオ王子に愛されて、ますます美しくなっていった。年に一度開かれる、辺境伯邸(実際は城のような要塞)に寄り子を集めての大新年会。
あの女はいつも最新のドレスと宝飾品を身にまとって、エミリオ王子にエスコートされて現れる。(全てがエミリオ王子が妻の為に揃えたものだと聞いた)
子どもが一人二人、最終的には五人になっても変わらぬ体型と美貌。歳を追うごとに増していく辺境の主としての威厳と年相応の色香。
不安になってブライアンにあの女のことをどう思っているか聞いてみた。
「えっ?シールド卿のこと?この辺境を統べる凄い女性としか…そんな凄い女性と幼馴染みなんて信じられないよな?学園では同級だったけど、科が違ったからあまり接点なかったし?」
まるっきり興味がない者に対する反応に安堵はするものの、本来私が受けるはずだった反応に、心が虚しくなっていった。
それからはブライアンの恋心が消えないことを祈る毎日だった。貴族とは言えないけど、住むところがあり食べることにも困らない生活。私には、もうここしか居場所がなかった。
ある日、ブライアンは魔獣からの攻撃を受け怪我を負った。怪我自体は大したことはなかったのに、傷口から細菌が入ったらしく高熱に浮かされ、3日後に帰らぬ人となった。42歳だった。
私は泣いた。ブライアンを失った悲しみで泣いているのか、魔女の薬から解放された喜びで泣いているのか、自分自身が分からなかった。
放心状態になった私に代わって、葬儀は息子たちが執り行ってくれた。あの女は葬儀には来なかったけど、辺境の治安に尽力してくれたとして慰労金と遺族年金が届けられた。
ブライアンが亡くなって私は自由を得たというのに、心は全く晴れなかった。何をする気にもなれず、結局1年後にブライアンの後を追うことになった。
ブライアンは天国で待っていてくれるかな?
魔女の薬って死んだ後も継続するのかな?
薬が切れていても、彼は私を妻と認識してくれるかな?
そもそも私、天国に行けるのかな?
もし、生まれ変わったら、もう二度とあんな薬、望まないわ…。
だって、ただただ虚しいだけだったもの…。
ブライアンに使われた薬を知る者たちは、まさかここまで薬の効果が続くとは思っていませんでした。
リオだけは何となく確信していたようですが。
「シアは素晴らしく魅力的な女性だもの。解けないのも無理はないよ。嫉妬?しないよ、そんなこと。私はより大きな愛でシアを包み込むだけさ。」
ブライアンが亡くなった後でも、リオのシアへの愛情は減ることなく増える一方だったとか…。
「愛が重いわぁ…。」(アリス談)
お読みいただきありがとうございました。