第三話 恋人の恋心を奪われた私の話2
第三話です
グレイシアのターン、上手くざまぁとなったのでしょうか?
それではお楽しみください。
雲一つない晴れやかな空の下、私たちは学園を卒業しました。
「はぁ、これから地獄の王太女教育が始まるのね…。」
遠い目をするアリス。王位継承権第一位ですものね。大変ね…。
「私も本腰入れて辺境を管理しないとね…。」
学園卒業と同時に即成人です。
二人、顔を見合わせて出るのはため息ばかりでした。
「学園の、いえ王国の華である薔薇が二人揃ってため息など…国の損失ですよ?笑ってください。」
そう言うのはクラスメイトのレンフォード。リード公爵家の令息でアリスの恋人でもあります。成人の儀が終わったら二人は婚約するのだとか。美男美女のキラキラカップルです。うぅ、眩しすぎる…。
「グレイシア先輩!」
走ってやって来たのはエミリオ第二王子殿下。私たちより2歳下の王位継承権第二位の地位にある御方です。
「ご卒業おめでとうございます!ドレスがとてもお似合いです!」
濃紺の生地に銀糸の繊細な刺繡が施されたドレス。ところどころに小さなダイヤがちりばめられています。私の色でもありますが、ドレス生地の紺はエミリオ王子の瞳の色にもよく似ています。
「ありがとうございます。私が身に纏ってよいものか躊躇うほどの美しいドレスをありがとうございます。」
「先輩以外にこのドレスが似合う女性などおりません。まるで夜の女神のような美しさです。そう思われませんか、姉上?」
「そうね、とても似合っているわ。よくもまぁ、こんな独占欲丸出しのドレスを贈ったものね。我が弟ながら恐ろしい…。」
あきれ果てたアリスが言うと、「いや~それほどでも…」と照れるエミリオ王子。王子…手放しに褒めてはいないと思いますよ。
今宵の私の卒業パーティーの装いは、頭からつま先までエミリオ王子のコーディネートです。
ブライアンの恋心が奪われてから、私たちが破局したという噂が学園中を駆け巡りました。私のことは眼中になく、今まで私がいた位置にフェテリシア嬢がいるのだから、誰の目にもそう映るのは致し方ありません。
その後、私の周りには夥しいほどの交際を申し込む者が押し寄せてきました。(爵位を継げない次男三男を中心に)数多の猛者を蹴散らして私の隣に並ぶ権利を得たのがエミリオ王子でした。
最初は、見かねたアリスが誰も文句の告げようのないエミリオ王子に恋人役を頼んだと思いましたが、どうやら本気のアプローチだったみたいです。
『グレイシア先輩、始めてお会いした時からお慕いしておりました。お願いします、私が卒業するまで誰とも婚約しないでください。知識を蓄え腕を磨き、辺境伯である貴女を支えることができる男になってみせます。私にチャンスを与えてください。』
そう言って、王妃様秘蔵の薔薇園の薔薇を花束にして生徒会室に突撃してきたエミリオ王子。(後で王妃様にこっぴどく叱られたそうです)生徒会長のアリスは、ならばここで知識を蓄えろと生徒会に引き込み雑用係に任命しました。
私という餌を前に嬉々として雑用に励むエミリオ王子に、いい手駒が手に入ったと嬉々として雑用させまくる姉アリス。アリス…なんて恐ろしい子。
エミリオ王子は言葉通り本気で私の伴侶を目指しているようです。主流の魔獣討伐にしても、魔獣の生態を書物で調べるだけでなく学期間の長期休みには辺境に足を運んで実態調査もしています。
自らも剣を取りますが、チームプレーを重要とし効率的な狩り方を研究しています。
『私はブライアン先輩のような剣豪ではありませんから。憧れはしますが対抗しようとは思いません。私は私のやり方を模索するだけです。』
ブライアンは確かに強いです。
が、強さゆえにワンマンプレーが目立ちます。
いつまでもその強さが持続できるわけがありません。衰えた時や怪我をした時のことも考えてほしいのですが、まだ若いのでそういったことは考えられないみたいですね。
エミリオ王子は自分の弱さも分かっていて、素直に教えを乞うところが、辺境の重鎮たちにも好印象なようです。もう可愛い孫を見るような目で見ています。
助言を得ながら考えた陣形は、魔獣対策だけでなく国境の小競り合いでも活用できそうだと言われました。
2年の末にブライアンと別れ?てから最終学年の3年から卒業までの1年間で、随分と辺境に馴染んだエミリオ王子。手際が良すぎる気がいたします。アリスの意味深なサムズアップは見なかったことにいたしましょう。
私の伴侶になるためにひたむきに努力されるエミリオ王子。そんな姿を見せられれば私だって心動かされます。いつしかエミリオ王子とともに歩む未来を考え始めるほどには…。まぁ、その時には既に外堀埋めまくられてしまっていましたけど。エミリオ王子…恐ろしい子。
寄り子であるブライアンの実家には、今のブライアンの現状を私自らガッシュ家に赴いて説明しておきました。
恋人を見捨てたと詰られること覚悟の上でしたが、意外にもガッシュ家の皆様には至らぬ子で申し訳なかったと謝罪の言葉をいただきました。
若くして騎士爵を賜る程の騎士であっても、辺境伯の伴侶としては力不足であると前々から思っていたようです。ブライアンとの縁はなくなってしまいましたが、寄り親と寄り子の関係は続きます。辺境は強固な一枚岩、この程度のことで揺らぐような関係ではないことを伝えると、涙を流して感謝されてしまいました。
ブライアンに使われた魔女の薬のことも細かく説明し、無理に二人を引き離すようなことはしないで欲しいとお願いしてガッシュ家を後にしました。
魔女の薬は、卒業を迎えた今日になっても効果を発揮し続けているようです。ブライアンとフェテリシア嬢は互いの色が入った衣装を身にまとっています。
傍から見れば微笑ましい恋人同士、なのにフェテリシア嬢の表情が暗いですね。どうしたのでしょうか?
レストルームに行く振りをしてパーティー会場から外れてみると、案の定、接触して来ましたので、人気のないガゼボに誘導して私はフェテリシア嬢と話をすることにしました。
「どういうつもりよ…。」
「どう、とは?」
「卒業したら私とブライアンは婚約すっ飛ばして結婚することになったわ!貴女が何かしたんでしょ!親の権力を振りかざすなんて卑怯よ!最低よっ!」
「あら?貴女の家も伯爵家ではなくて?権力には権力をもって対抗してみてはいかが?私の家は領地が広いだけの田舎貴族なのでしょう?」
ニッコリ笑うと面白いように動揺するフェテリシア嬢。この様子だと、実家で辺境伯とただの伯爵家の違いを認識させられたようね。まぁ今更ですけどね。
「それに、どうして怒っていらっしゃるの?ブライアンを愛していたのではなくて?彼が私を想う心を奪ってまで恋人になりたかったのでしょう?だから、その先も一緒にいられるようにとお膳立てして差し上げただけなのに?」
「何でそのことっ!一体…どこまで知って…」
顔色がどんどん悪くなっていくフェテリシア嬢。あらあら、可愛いお顔が台無しですわね。
「全てよ。お前にとってはお遊びだったのかもしれない。でも、恋人でなくなったとしてもブライアンは私の大切な幼馴染みなの。彼が不幸になるなど私が許さない。それに、辺境を馬鹿にされて私が黙っているとでも思った?おめでたい頭ね。」
「な、なんでよ?!そっちは結局本物の王子様を手に入れたくせにっ!私だって本物の王子様の方がよかったわ!騎士の妻なんて!今より貧乏になるなんて嫌よ!学生時代のちょっとしたお遊びでしょう?返すから結婚取り消してよっ!学園では身分差はないはずでしょ?親の権力を振りかざすなんて卑怯よ!」
「ちょっとしたお遊びで魔女の薬を使うなんて聞いたことがないわ。学園では身分差がないって言うのはその通りだけど、それはどんな高位の子息子女でも爵位を継ぐか爵位持ちに嫁ぐかするまでは貴族の血が流れているだけの人でしかないからよ?ただし、身分差がないって言うのは私には通用しない。」
「えっ?」
「私は学園入学前に爵位を継いでいる。私はもはや令嬢ではない。お前が喧嘩を売ったのはれっきとした貴族で辺境伯である私。北の辺境を統べる私に、ただの貴族の血が流れている娘に過ぎないお前が喧嘩を売ったのよ。理解できる?」
馬鹿な頭でも理解できるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。私の言うことが分かったのか、フェテリシア嬢の顔色は青から紙のように白くなっていった。
「噓…辺境伯?アンタ、いえ貴女が?し、知らない…私、知らなかった。誰もそんなこと言ってなかったのに。」
あら?辺境伯がどういうものかは知らなくても、爵位持ちとそうでない者の差は知っていたみたいね。
「お前が勘違いしているのは知っていたわ。だからあえて放置して周りにもわざわざ教えなくてもいいって言ったのよ?」
「そ、そんな…どうして?」
「この学園にちゃんと学びに来たものなら知っていて当然の情報だもの。それに、周りにもわざわざ教えなくてもいいって言ったけど、お前が訊ねてきたら教えてあげてもいいとも言っていたの。でもお前は一度も訊ねなかったそうね?」
「ご、ごめんなさい。ブ、ブライアンはお返しします…から、ごめんなさい、助けて…。」
今更返す?そんなことしたってお前の利でしかないじゃないの?ふざけているの?
「返してもらっても困るわ。だって、解毒薬はもうないのでしょう?踏みつぶしたのよね?」
「ひっ、なんで知って…で、でもっまだ薬を使っていない人に同じ薬を作ってもらえれば…」
ダンッと足で床を鳴らしただけで竦みあがる小娘。この程度で怯えるなら最初から手を出さなければいいのに…。
「お前は馬鹿なの?何のために魔女の薬が解毒薬とセットになっていると思っているの?薬を作ったときに同時にできる解毒薬でないと解毒は不可能だからよ。仮に同じ効能の薬を作って得た解毒薬であってもブライアンに飲ませた薬の解毒はできないのよ。魔女の薬とはそういうものよ。第一、一生に一度の薬の権利を誰がお前の為に手放してくれるというの?」
あらあら、ブルブルと震えちゃって。
さながら私はヒロインをいじめる悪役令嬢に見えるのかしら?
「殺しはしないわ。そんなことをすれば、未だ恋心が消えていないブライアンが悲しむじゃない。恋心を入れ替えた責任はきっちり取ってブライアンと添い遂げなさい。まぁ、一生添い遂げげろなんて悪魔のようなことは言わないわ。ただ、お前に少しでも関心が向いている内は離婚は許さない。嫌われるように仕向けることも許さない。ブライアンの幸せを妨げるようなら、一族もろとも潰してやるから心しておくことね。」
へたり込むフェテリシア嬢を残してガゼボを後にする…が、数歩進んで振り返った。
「貴女がフェテリシアでよかった。だって、愛称が私と同じ「シア」なんだもの。結婚おめでとう。末永くお幸せにね、シア。」
聞こえてくる嗚咽を無視して、今度こそ振り返ることなくガゼボを後にした。
会場に入る手前でエミリオ王子と合流した。
「グレイシア先輩、どこにいらっしゃったのですか?探しましたよ?」
「フフッ、エミリオ王子、頭に葉っぱが付いていましてよ?盗み聞きはいけないわ。」
「す、すみません。貴女のことが心配で、つい…。」
頭に付いていた葉っぱを取ってあげると、しゅんとうなだれる王子。いたずらを叱られるワンちゃんみたい、可愛いわね。
「私の素をご覧になってどうでしたか?可愛げのない女だったでしょう?もしエミリオ王子が…」
「やめてください。貴女自身の言葉だとしても、貴女を卑下する言葉は聞きたくありません。」
私をまっすぐに見つめる姿に先ほどのうなだれた様子は見られなかった。
「美しい薔薇には棘があるもの。北方の気高き蒼き薔薇を手折るのなら、それ相応の覚悟はすべきです。」
「気高き蒼き薔薇だなんて…私は恋人を見捨てた薄情な女ですよ。」
「いいえ、再三忠告したと聞いています。彼は騎士としては優秀でも貴女の伴侶としては失格でした。」
「エミリオ王子…。」
「そろそろ敬称なしで呼んでもらえませんか?私のことはリオと。先輩のこともシアと呼びます。いいですよね?」
そう言って手を差し伸べるエミリオ王子。
一年で私の身長と並んだ。
自信溢れる瞳でまっすぐに私を見つめるエミリオ王子。もう、弟のような可愛いだけの王子はどこにもいない。
「えぇ、よろしくお願いします、リオ。」
私はリオの手を取った。
リオのエスコートで会場に戻った私は、学園最後の思い出の卒業パーティーを心ゆくまで楽しんだのだった…。
第四話はフェテリシアのターンとなります。
お読みいただきありがとうございました。