第二話 ライバル女の恋人の恋心を奪った私の話1
第二話 ヒドインのフェテリシア視点のお話です。
それではお楽しみください。
期末テストの最終日、私はブライアン様を中庭のベンチにお誘いした。テストが終わった解放感からか、同じようにくつろいでいる生徒がちらほら居た。
「あぁ、やっと終わった。テスト期間中は放課後の鍛練も出来ないし、冒険者ギルドも出禁になるから体がなまって仕方がないよ。」
んん~っと背を伸ばすブライアン様。
どんな姿も様になって素敵♡
「今日からまた出来るのですからよいではありませんか。今日のご予定はどうなさいますの?」
「今日は騎士棟で基礎練をみっちりするつもりだよ。明日はギルドに顔を出そうかな?」
「頑張ってくださいね♡腹が減っては何とやらと申しますわ。私、お弁当を作ってきたんです。召し上がってくださいな♡」
「うわぁ、美味そう。シアは本当に気が利くなぁ。いつもありがとうな。」
私の作ったお弁当を美味しそうに食べるブライアン様。私はちらりと前方の学び舎の窓を見る。外からは中が伺い知れないけれど、きっとあの女は見ているわ。生徒会室に入っていくところを、ちゃんと確認したんだから。
私の名前はフェテリシア。
ノーツ伯爵家の娘、伯爵令嬢よ。
家は嫡男である兄が居るしスペアの弟もいるから、私はいずれ嫁にでなければならない。出来れば素敵な方と結婚したいけど、今の生活レベルより劣るぐらいなら政略結婚の方がまし。私、貧乏は嫌いなの。
婚約していなければ、素敵な方と恋をしたって自由よね…そんな想いを胸に秘めて学園に入学したの。
最近は成人しない内から婚約者を決めることはしなくなった。なんかいろいろと問題があったみたい。私にとっては好都合よ。白馬の王子様に出会えるチャンスだもの。
もちろん、全ての男性がフリーってわけじゃない。婚約していなくったって恋人になっているカップルはいくらでもいるわ。
恋人がいたなら諦める…わけないじゃない。
そういう時は奪っちゃえばいい。
だって、まだ婚約していないのだもの。
不貞でもなんでもないわ。取られる方が悪いのよ。
こう見えて私、容姿には自信があるの。
少ししおらしくすれば、守ってあげたくなるような儚げ美少女の完成よ。男ってこういう女性に弱いのよね。
入学して1年は様子見、何人かに声をかけられたけど、これはって言う人はいなかった。男爵・子爵令息の分際で伯爵令嬢の私に声をかけないでよ。失礼ね。
来年に期待しようかと考えていた時、北の大森林で大規模な魔獣暴走が起きた。くい止めたのは北の辺境の騎士たち。特に活躍した騎士たちには褒賞が贈られたみたい。辺境出身の学生たちも駆り出されたんだって。
私のクラスメイトも学校休んでも欠席扱いにはならないって聞いて、喜んで行っていた人がいる。辺境の男って脳筋だって聞いたけど本当ね。
学園でも彼らの慰労会が開かれたわ。何でも大人に混じって大活躍した騎士科の生徒がいるんですって。王様から騎士爵まで授かった将来有望株ってことで女生徒たちが色めきたっていたわ。
ムキムキマッチョは好みじゃなかったから騎士科はノーチェックだったのよね。一応チェックしておこうかなって思って向かった会場で、運命の出会いが待っていた…♡
運命の王子様はブライアン様。
辺境のガッシュ子爵家の次男ですって。
高身長でマッチョだけど筋肉ムキムキじゃなくて私好みの細マッチョ♡金髪碧眼で笑顔が素敵で、愛馬の白馬に乗った姿なんて王子様そのもの♡なんて素敵なの♡彼こそ私が求めていた理想の恋人よ♡
家格は私の家より下の子爵家だし嫡子でもない次男だけど、期間限定の恋人ならうってつけね♡王様の覚えもめでたい彼なら、きっとみんなが羨むわ♡
早速お近づきにと前にでたところで、ブライアン様に寄り添っている女がいることに気が付いた。何、あの女?私のブライアン様の横に当たり前のように立つなんて…。
「グレイシアさんのこと?ブライアンさんの恋人よ。」
声に出して呟いていたらしく、隣にいたクラスメイトのアガサが教えてくれた。彼女とは親しいわけじゃないけど席が隣同士のせいか何度か話す機会があった。
「あの二人、幼馴染みで恋人歴長いって話よ。おまけに彼女の家は北の辺境伯家。ブライアンさんの家の寄り親よ。変な考え持たない方がいいんじゃない?家、潰されたくなかったらね。」
クスクスと馬鹿にしたように笑うアガサにイラっとした。
「婚約してなきゃチャンスは平等よ。辺境伯家がなによ、私だって同じ伯爵令嬢よ。そもそも貧乏子爵令嬢のアンタに身分のことをとやかく言われる筋合いはないわ。」
アガサは一瞬驚いた顔をしていたけど肩をすくめて離れていった。ふんっ、ざまぁみなさい。大体、辺境伯なんて領地が広いだけのド田舎貴族じゃない。王都に近い私の家の方が上よ。
私はその日から意気揚々とブライアン様攻略を開始した。簡単だと思った。騎士なんてみんな脳筋で単純な男が多いから…。
全っ然上手くいかない?!何で?どうして?
恋人のグレイシア辺境伯令嬢は、確かに凄い美人だ。学園の華と呼ばれているアリスティア第一王女殿下と並んでも遜色ないほど。(私だって負けていないしっ!)
なんか冷たい感じがするのよね。
お高く止まっているっていうか。
あの青みがかった銀髪や深すぎて黒にも見える濃紺の瞳が、そうさせるのかも知れないけど。
美人で、生徒会長であるアリスティア第一王女殿下自ら生徒会役員にスカウトされるほど頭も良くって、おまけに爵位も高位の伯爵令嬢。
優良物件かもしれないケド疲れない?
自分より優秀な女って癇に障らない?
男の人が求めているのは癒しだと思うのよね。
なのに「シアは俺の至らないところをサポートしてくれているんだ。」って満面の笑みで言うのよ?シアがシアがって、いい加減にしてよっ!私の愛称だって「シア」なのに…。
「もう諦めたら?婚約していないからって何したっていいわけじゃないでしょ?そろそろ本気で潰されたって知らないわよ?」
隣の席のアガサがちょっかいかけてくる。
うるさい!うるさい!
アンタなんか成人したら平民まっしぐらじゃないっ!王宮勤めするほどの頭もないくせにっ!
「私に偉そうに説教しないでよっ。知っているんだから。アンタが卒業と同時に侯爵の愛人になるんですってね。それも20も年の離れたおじさんと。アンタこそ奥様に消されちゃうんじゃないの?」
「勘違いしているようだから訂正するわね。侯爵家は私の執筆活動のパトロンになって下さったの。まぁ、多少執筆以外の仕事をすることもあるってだけよ。それに、これは奥様の方から持ち掛けられたお話なのよ?」
はぁ?信じられない?
どこの世界に夫の愛人見繕う妻がいるって言うのよ?
「ともかく、私たちはウィンウィンの関係なの。自分が上手くいっていないからって八つ当たりはやめてよね。いい加減、現実見なさいよ。貴女の望みなんてそれこそ魔法でも使わない限り叶いやしないわよ?」
私より格下のくせに余裕ぶっているのがムカつく。
なにが魔法でも使わない限り叶わない、よ…。
……。
……魔法?
そうか!その手があったっ!
この世界には魔法がある。
けれど人間は魔力はあっても魔法は使えない。人間は、魔獣を倒した時に出る魔石に魔力を込めて、それを動力として魔道具を動かすだけ。
奇跡のような魔法が使えるのは魔女と呼ばれる者だけ。
魔女っていうのは、姿形は人と変わらないけど、人よりずっと長寿で人には作れない薬を作ることができる。
世界中に一定数いて、増えもしないけど減りもしない種族。大昔は人との関わりもなく人里離れた森の奥とかで生活していたらしい。
でも中には便利さを求めて人の街に移り住む魔女もいるんだって。人の世界で暮らすには金がかかる。魔女は当然、薬を作って金を稼いだ。
魔女の薬は良くも悪くも効果があり過ぎた。
結果、国が荒れ、魔女狩りを行い魔女を排除しようとする国も出てきた。
たくさんの国の王と魔女たちは会議の席を設けた。魔女を迫害して薬が手に入らなくなるのは困る人側と都会の生活に慣れきってしまって、今更森や洞窟でなど生活したくない魔女との折り合いをつけるための会議だった。
話はまとまり、魔女はどの国でも好きに住むことのできる居住権を手に入れた。その代わり、魔女は薬を提供する。その者の願いを叶える魔法の薬を。
魔女は自分の住む国全ての者に魔女の薬を提供する。(国に複数人の魔女が居る場合は分担する)
魔女が薬を提供するのは一生に一度きり。(権利の譲渡は認めない)
魔女は薬を作るにあたって対価を要求できる。(素材・魔力・通貨など)
魔女の薬を使った者は、その時より魔女及び魔女の住処を認識できなくなる。
魔女の薬を使った者には、それとわかる印が現れるようになる。(使われた方も同様に)
魔女は全ての税が免除される。10年に一度の現状届は必ず提供すること。引っ越しの際は転出転入届を必ず出すこと。
これが世界共通の魔女との取り決め。
誰もが一度は魔法の薬を手に入れられる権利を持つ。そう、私だって…。
私は早速魔女の家に行くことにした。
一番近い魔女の家は城下町の中央商店街左側一番奥。
紫色の屋根の家に入るとカウンターと椅子が一つ。
カウンターテーブルにはベルが一つとメモ書きが置いてあった。
『御用の方は鳴らしてください』
ベル横のメモ書きにそう書かれてあったので、勢い良くベルを鳴らした。
チンチンチンチンチンチンチンチン……
「あぁもぅっ!うっさいねぇ!そんなに鳴らさなくったって聞こえてるさねっ!」
カウンター奥のカーテンが開いて現れたのは、フード付きマントを羽織った如何にもっていう老婆の魔女だった。
「はぁ、そこに座りな。ふむ…ノーツ伯爵家の娘、フェテリシアか…。」
小さなルーペで私を覗き込みながら言う魔女。
何で私の名前知っているの?
「誰だか分からないと二重取りされるだろう?魔女の薬は一生に一度だけのルールだからねぇ。」
「まぁいいわ。私の望みを叶える薬を頂戴。彼と相思相愛になれる薬を!」
「やれやれ、またその手の依頼かい?年頃のお嬢さんは恋愛にしか興味がないのかねぇ?」
大きなお世話よっ!この歳で恋愛に興味がない方がおかしいわよっ!さっさと作りなさいよっ!詳しく話を聞かないことには作れないと言うので、ブライアン様のことを話した。恋人の女のことも。
「恋人がいる男とよろしくしたいだって?やめときなよ、んな薬なんかないさね。」
「何でよ?!ブライアン様が私を好きになるような薬を作ってよ!惚れ薬なんて魔女の専売特許でしょ?」
「あのねぇ、奇跡の薬なんて言われているらしいけど、ない物をあるようにはできないって。人間の意識ってのは無意識に忠実なんだよ。アンタのことをこれっぽっちも意識していないのに惚れるわけないだろ?出来たとしてもそんな強力な薬使ったら、アンタの大事な男はあっという間に廃人になっちまうだろうよ。それでもいいのかい?」
ブライアン様が廃人?!話が違うわ!何でも願いが叶うんじゃなかったの?
「奇跡をはき違えないでおくれ。確かに私ら魔女は人が作れない薬を作ることができる。効果が大きいほどその反動だって大きいんだ。惚れた腫れたのしようもないことに私ら魔女の薬なんか使うもんじゃない。そんなに好きなら別れるまで待っていたらどうかね?人の心は移ろいやすいって言うじゃないか。」
「待ってられないわよっ!私は今すぐブライアン様と恋人同士になりたいのよっ!どうにかしなさいよっ!この税金ドロボー!」
「ずい分な言い草だねぇ。税金ドロボー扱いされちゃあたまんないね。いいだろう。その男の恋心をお前さんに向けてやろうじゃないか。」
魔女はニヤリと笑って言った。
「で、でもっ、廃人になっちゃうんじゃ…。」
「ない物を無理やり作ったらね。だから今あるものを利用する。男が今の恋人を想う恋心をね。」
魔女の案は、ブライアン様の恋心を入れ替えるというものだった。これによってあの女が受けていたブライアン様の想いを私が受けることができるのですって!
「これでブライアン様の恋人になれるのね♡でも…だったらあの女はどうなるの?」
「お前さんが受けていた対応を受けることになるね。男が想う心が入れ替わるだけだからね。」
「えっ?じゃあ、ブライアン様には私があの女に見えているってこと?」
「いんや。ちゃんとお前さんとして認識するはずさ。」
やったぁ、いくらアプローチしても靡かなかったあの悔しさを、あの女に味あわせることができるのね♡
「なにがそんなに嬉しいんだい?ちやほやされたとしても、それはお前さんに向けての恋心じゃない。虚しくはないのかい?」
「別に構わないわ。他人にはあの女が振られたように映るのでしょう?最高じゃない♡」
私の中でブライアン様を手に入れられる喜びよりも、あの女の惨めな姿が見られる喜びの方が大きくなっていった…。
「お前さん、いい性格しているねぇ。薬は一週間もあれば用意できる。お代は金貨1枚だよ。」
1週間後、薬を取りに魔女の家に行った。
受け取った小瓶には透明な液体が入っていた。
「いいかい?男に薬を飲ませて最初に視界に入った者と恋人との恋心が入れ替わるんだ。薬を飲ます時はお前さんと二人きりの時にしな。」
あぁ、これで私の願いは叶う…。
「そういえば、この薬の効果はいつまでなの?金貨1枚払ったのよ。まさか明日には効果がなくなるなんてことないでしょうね?」
「失礼な子だねぇ。魔女の薬は強力だよ。効果は一生涯だ。切れることはないって言いたいけど、この薬に関しちゃ使う意味が無くなったら切れちまうだろうね。」
「どういうこと?」
「人の心は移ろいやすいって言ったろ?永久的に恋心を持続させるなんてできないさ。燃えるような想いを持っていたって、いつかは落ち着くものさ。嫌いにはならなくても下火にはなるだろうよ。倦怠期の夫婦並みになったら薬の意味なんかないだろ?」
薬を使ったら互いの手首に小さな星型の痣が現れる。
痣が消えたら薬の意味がなくなったってことだ。
魔女は薬のビンと同じ大きさの小瓶を渡してきた。
中には赤い液体が入っていた。
「これは解毒薬さ。一緒に持って行きな。」
薬を渡すときは、それを解除する薬も渡すのも、魔女の薬を買う条件の一つだと言っていた。
「解除のやり方はその紙に書いてある。薬を買ってはみたものの使わない選択をした者も多い。よくよく考えることだね。」
はぁ?買ったのに使わないなんて馬鹿みたい。
私は薬を大事にバッグにしまって魔女の家を出た。
解毒薬は店を出てすぐに踏みつぶしてやった。
これでもう、誰にも解毒は叶わない…。
私はブライアン様に薬を飲ませて、彼の恋心を手に入れた…。
フェテリシアはグレイシアをライバル視していますが、
グレイシアは歯牙にもかけてはいません。
次話はグレイシア視点に戻ります
お読みいただきありがとうございました。