第一話 恋人の恋心を奪われた私の話1
こんにちは
興味を持って下さって、ありがとうございます
数話で終わる作品です。
第一話はヒロイン、グレイシア視点です。
それではお楽しみください
「ねぇ、シア。貴女、アレをいつまで放っておく気なの?」
ここは貴族の子息子女が通う学園の生徒会室。
大きめの窓からは中庭が良く見渡せます。
生徒会室の窓ガラスはマジックミラー仕様なので、外からは中の様子は伺えません。
私の名はグレイシア。
家は北の辺境、シールド伯爵家です。
先ほど私を愛称で呼んだのは、親友で生徒会長のアリスティア第一王女殿下です(愛称アリス)。恐れ多いことですが、私とアリスは互いに愛称呼びするほど仲がいいのです。
そしてアリスがアレ呼ばわりしたのは、今現在中庭のベンチでくつろいでいる男女のことでしょう。
中庭は生徒たちの憩いの場。
ガゼボにベンチ、芝生にブランケットを敷いて座ったりと、思い思いにくつろいでいます。加えて今日は期末テスト最終日、テスト勉強から解放されたからでしょうか?皆の表情が生き生きとしています。
中庭のベンチでくつろぐ男女も、知らない者たちから見れば微笑ましい光景なのでしょうね。男がつい一週間前まで私と恋人関係になければ…。
男の名はブライアン。
私の家の寄り子となるガッシュ子爵家の次男です。
私と彼は幼馴染みで学園入学前から恋人関係にありました。何もなければ将来、結婚しても良いかと思うほどに…。
「放っておくのって言われても…恋人関係にはあったけど、婚約者でも許婚でもないわけだし?」
貴族ならば成人前から婚約者がいる、というのは一昔前の話。今は成人してお互いの相性や家格の釣り合いなどを考慮しながら婚約を整えるのが主流となっています。
発端は、学園内で横行した理不尽な婚約破棄のせいです。貴族と言えども学生の身ではまだまだ子どもです。「真実の愛」などと陳腐な言葉に感化された結果なのでしょうが、家同士の契約である婚約を簡単に破棄するような者が将来国の要職に付けば、国が荒れること間違いないでしょう。
何より当時の学園長(王弟)が、「学園は学びの場であり、三流恋愛小説の舞台ではないっ!」と大層おかんむりだったとか。
成人して社会に出れば、家に守られていた頃には見えなかった人となりも見えてきます。結婚適齢期が少し遅くなろうとも、見極めが出来る分、失敗が少なくなり貴族間のトラブルは減ったので、子どもの頃から婚約者を決めるのは廃れてきています。
相手側の有責での婚約破棄でも、瑕疵が付くことには変わりないですからね。
そういうわけで、ブライアンは恋人ではあったけど婚約者ではありません。恋人関係を解消して他の人と新たな恋を育むのも自由なのです。
「でもだからって、わざわざ中庭でいちゃつく必要ある?生徒会室にシアがいるの知っていてやっているとしか思えないんだけど?」
眉間にしわを寄せるアリス。
怒った顔も美人です。目の保養ですね。
アリスと同じく生徒会役員(会計)でもある私は、テスト期間終了と共に溜まった仕事を片付けようと生徒会室に来ていたわけですが…。(テスト期間中は立ち入り禁止なので)
「彼はそんな性格ではなかったのだけど…?お相手の方の入れ知恵かしらね。」
我が辺境は、東に隣国との国境、北に魔獣はびこる大森林を抱える、国防にとって重要な土地です。今は隣国とは良好な関係にあるので、すぐに戦争といった危機はありません。(油断はなりませんが)
なので、大森林から湧き出る魔獣駆除が今の辺境の主な仕事となっています。
朝、朝食前にジョギングをする感覚でサクッと魔獣狩りをする殿方が多いので、辺境の男は脳ミソまで筋肉ではないのかと揶揄されることもしばしば。(あながち間違ってはいないので、反論は致しません)
ブライアンも魔獣狩りをルーティーンとしている辺境の男。いささか脳筋寄りです。「いささかじゃないでしょ?全脳筋じゃない。」と言うアリスの声は横に置いておきましょう。
大人でも手こずる魔獣に、正面からぶつかって倒してしまうほどブライアンは脳き…ゴホンッ、真っ直ぐな性格なのです。謀を企てるような狡猾さはありません。
嫌味も褒め言葉と受け取る素直な方なのです。「何も考えていないだけでしょう?」と言うアリスの声は横に置いておきましょう。
なので、わざと私に見せつけるために中庭のベンチを選んだとしたら、それは相手の女性の意向ということになります。
相手の女性の名はフェテリシア。
ノーツ伯爵家のご令嬢です。
辺境とは関わりのない家なので、ブライアンとはこの学園で知り合ったのでしょう。
「はぁ…ブライアンを手に入れただけで満足しておけばいいものを。彼女はやり方を間違えたわね。」
「えっ?それどういうこと?」
私のつぶやきに反応したアリス。
あら?何だか楽しそう?
目がキラキラと輝いていますわ。
私はアリスの好奇心を満たすべく、そこそこの厚さの調査書を差し出しました。ブライアンの様子がおかしくなってすぐ、私が密かに依頼したものです。
調査結果はすぐに出ましたが、私がテスト期間中ということもあって、終わるまでは執事に預かってもらっていました。
恋人と言っても、付き合っていくうちに合わなくなり別れるカップルはいくらでも居ます。婚約者でないのだからほかの女性を好きになったとしても契約違反にはなりません。(醜聞にはなるでしょうが)
別れたいと言われれば、悲しいですが仕方がありません。人の心は支配などできないのですから…。では何故、調べるように言ったのか?それは、私が彼から別れを切り出されていなかったからです。
彼は二股をかけるような男ではありません。甲斐性とかの問題ではなく、そういった器用なことはできないのです。アリス、「脳筋だから」って合いの手は今はいらないわ。
良くも悪くも裏表のない性格だから、他に好きな人が出来たのなら真っ先に私に別れを告げたはずなのです。だから「脳筋だから」って合いの手はいらないってば。
それに、浮気にしては堂々とし過ぎているのが気になりました。様子がおかしくなってから何度かすれ違いましたが、私のことを視界に入れさえしていなかったのです。
無視しているわけでもなく、意識していないというか、本当に他人のような態度だったのです。
何度も言いますが彼は「脳筋(byアリス)」あぁもぅっ!脳筋でいいですっ!本当のことですし!はぁ~、彼は脳筋なので、そういった小賢しい真似はしません。
「で、不審に思ったので調べたってわけね。フェテリシア伯爵令嬢のことを。」
アリスが調査書をひらつかせて答えました。
結構な厚さがあったのですが、もう読んでしまったようです。流石ですね。
「フフッ、速読は王族の嗜みの一つよ。それにしても、魔女の薬とはね~。一生に一度しか使えないのに、またしょうもないものに使ったものね~。」
笑いながら作業机からソファーに移動するアリス。座ると同時にアリスの前にお茶とお茶菓子が用意されます。
さすがは王族付きの侍女。スキャンダラスな会話にも一切表情を崩さず、部屋の空気と化しています。
仕事がひと段落したので私もご相伴に与ります。う~ん、茶葉も最高級ながら淹れ方も完璧です。ぜひ家の侍女にも伝授していただきたいですね。
「それで?この調査書を見て、これからどうするの?まさかやられっぱなしってわけじゃないでしょうね?」
流石は第一王女。笑顔の圧が凄いわ。
「アリスの期待に応えるって言いたいところだけど、今回は何もする気は無いわ。」
「は?どうして?」
アリス、ソファーテーブル越しに身を乗り出すと危ないわよ?
「魔女の薬が強力なのはアリスも知っているでしょう?正気に戻す方法があったとして、それを使って私に何かメリットがある?」
様々なお茶菓子の中からレモンカードケーキに手を伸ばします。レモンの黄色がとても鮮やかです。
「ブライアンのこと愛していたのではないの?このまま何も問題がなければ結婚するかもって言っていたじゃない?」
一口入れると口内に広がるレモンの香り。あぁなんて至福なの。
「このまま何も問題がなければ、よ?問題が起きてしまったでしょう?」
再度、美味しい紅茶でのどを潤します。
「彼のことは愛していたわ。燃えるような激しさはないけれど、同じ辺境の地で育った者同士、身内を魔獣に殺された者同士、共感できる部分が多かったの。辺境伯の伴侶としては能力に問題があると周りがうるさかったけど、彼の至らない点は私がカバーすればいいと思う程には情があったのよ?彼があんな風になるまでは。」
「でも…今までブライアンに言い寄っていた女性は蹴散らしていたじゃない?」
納得できないといった顔のアリス。
「今回で私の許容範囲を超えたのよ。私がフェテリシア嬢のことを知らなかったと思う?」
彼、ブライアンはとてもモテる。
嫡男より責任の少ない次男ゆえか貴族であっても誰に対しても気さくで、裏表のない真っ直ぐな性格は老若男女問わず惹きつけた。
先の魔獣暴走では、学生ながらも大人顔負けの活躍で、将来有望な騎士だと国王陛下から騎士爵とお言葉も授かっている。
そんな有名人が学園に通っていたら、女生徒たちがのぼせ上っても不思議じゃない。ブライアンの容姿はとても整っていたし、愛馬の白馬に乗った姿は物語の王子そのものだったから。
「彼に秋波を送る者はたくさんいたわ。でも彼はきっぱりと断っていたし、私が恋人と知れれば大抵は退くのよ。でも、中には引かない令嬢もいた。それがあの娘よ。私は彼に忠告したの。彼女には気を付けてって。彼、なんて言ったと思う?」
私の問いには答えず、コクリと紅茶を飲んで続きを促すアリス。
「彼はね、「大丈夫だよ。俺は大人でも三人がかりで倒すキラーベアをたった一人で倒したんだ。ご令嬢の細腕なんかにやられるものか。」って言ったの。剣術の試合か何かと思っているのかしらね?」
「あの脳筋クソ馬鹿男が…。」
アリス…貴女第一王女よ?流石にその言葉はいただけないわ。
「百戦錬磨のハニトラ要員に誑かされたのならいざ知らず、ただの恋に溺れた浅はかなご令嬢に引っかかるなんて。それも再三注意喚起した相手よ?有り得ないでしょ?」
辺境という特殊な地を治めるのだ。背中を預けるどころか背中にのしかかってくるような男は伴侶にはできない。国防にも関わる。
「この調査書を見た時、正直ホッとしたの。これでブライアンを傷つけずにすむって。」
「えっ?」
「だって、彼はただ脳筋で愚かなだけよ。私に対しては誠実だった。一途に私を想ってくれている人に別れを告げるのって心が痛むわ。嫌いになったわけではないのだもの…。」
「う~ん、それはそうかもしれないケド…なんか釈然としないわ。あの女が何の咎めもなくいい思いしているってことでしょう?」
ぷぅっとほほを膨らますアリス。
フフッ、そんな顔してもアリスは美人ね。至福だわ。
「アリス、私の為に怒ってくれてありがとう。でも大丈夫よ。望みどおりなのは今だけ。きっと激しく後悔することになると思うわ。」
「あの脳筋返すって言ってくるかもね。そうしたらどうするの?助けるの?」
「まさか、自分が誰を怒らせたのかわからせてあげるつもりよ。私、売られた喧嘩はきっちり買うタイプなの♡」
「それでこそ私の親友だわ♡私に出来ることがあったら何でも言って。協力は惜しまないわ!」
絶妙のタイミングで追加されたお茶とお茶菓子。
私たち二人は、前祝いのティーパーティーを楽しんだのだった。
次話は、ヒドイン、フェテリシア嬢視点のお話になります
お読みいただきありがとうございました