表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/54

千佳の変 後編



千佳は肩を落としながら、ロビーのソファーに向かって歩いた。


そして、葛城の隣のソファーに沈むように座った。



葛城は


「どうした?」


 と聞いた。千佳は


「うん。」


 と言っただけで、少しの間、沈黙した。


 そして


「もし、葛城君が言うように、私がかぐや姫だったら月からお迎えが来るの?」


 と聞いた。葛城は


「そう言う事になるね。」


 と言った。


 千佳はため息をついて


「信じられない・・・。」


 と独り言の様に言って、ロビーの吹き抜けの天井を見つめた。


葛城は


「人類が火星に行こうって言う時代だよ。火星に比べたら遥かに近い月からお迎えが来たって、不思議じゃないよ。」 


 と言った。


 


 宇宙飛行士になる事が、すでに現実的な葛城の理屈から言えば、不思議じゃないけど、普通に高校生活を送っていた千佳にすれば、とんでもなく異常事態だ。



 千佳は


「月からのお迎えはいつ来るの?」 


 と聞いた。葛城は


「あくまで僕の予想だけど、今夜あたり来ると思うよ。


月の人だって、大切であろうかぐや姫を、いつまでも、こんな不安定な状況にいつまでも置いておくとも思えない。それに今日は満月だ。」


と言った。千佳は


「何で満月?」


 と聞いた。葛城は


「かぐや姫が帰る日は、満月の日が良く似合う。美意識の問題だよ。地球人より高度な文明を持っていると思われる月の人なら、当然、美意識だって地球人より上のはずだ。中途半端な月の日に、かぐや姫が帰るなんて、月の人のブランドイメージに関わるよ。」


 と言った。千佳は


「何言ってるの?馬鹿じゃない。月の人がそんなに偉いなら、何で私にこんなに哀し思いをさせるの?意味が解らない。」


 と言った。葛城は


「高度な文明には高度な文明なりに、色々事情があるんじゃない。」


 と言った。


葛城の言葉に千佳はため息で答えた。



 少しの沈黙が2人の間に流れた。


 


 そして、千佳は


「しーちゃんに会いたい。会ってせめてお別れを言いたい。」


 と言った。葛城は


「しーちゃん?・・・渡部の事?」


 と聞いた。千佳は


「うん。」


 と言った。葛城は


「君の事、きっと覚えてないよ。」


 と言った。千佳は


「それでもいい。とにかく会ってお別れを言いたい。幼稚園の頃からずっと一緒だったから。」


 と言って携帯でしーちゃんに電話をかけたが、やはり繋がらなかった。千佳は


「葛城君、しーちゃんを呼び出してもらえない?。」


 と葛城に頼んだ。葛城は


「知ってるとは思うけど、渡部とはろくに話した事もない・・・。」


 と言ったが、千佳はただ


「知ってる・・・。」


 と言った。葛城はすぐにあきらめて


「しょうがない。」


 と言って、千佳が差し出した千佳の携帯から、しーちゃんの番号を調べ、しーちゃんに電話をかけ会う約束を取り付けた。


「夜9時には会えるって。」


 と言って葛城は約束の時間を告げた。



 夜8時に2人は学習センターを出た。空には満月が輝いていた。



 自転車置き場に向かう途中、千佳は背後に何かの異変を感じて振り向いた。葛城が


「どうした?」


 と聞いた。千佳は


「誰かに付けられてる様な・・・。」


 と言った。葛城も周囲を確認したが何も見つけることは出来なかった。




「千佳さんがかぐや姫だとすると、千佳を監視下に置きたい連中がいてもおかしくは無い。」と葛城は思った。


 


 自転車置き場につくと、葛城は千佳に自転車の後ろに乗るように勧めた。千佳は


「こういうの初めて。」


 と言った。葛城は


「地球での思い出。」


 と言った。


  


 9時前にしーちゃんの家に着くと、しーちゃんはすでに外で待っていた。しーちゃんは


「何?」


 と不安げに千佳と葛城を見詰めた。葛城は何を話していいかも解らず、立ち尽くしている千佳をしーちゃんに紹介した。


「朝、学校に来てた子。幼稚園の頃、渡部に遊んでもらってたらしくって・・・。」


 と言った。しーちゃんは


「・・・ごめんなさい。よく覚えてない。」


 と言った。葛城は


「幼稚園の頃世話になったらしく、渡部に会って礼を言いたいらしくって、連れてきたんだ。」


 と言って千佳を見た。千佳は感極まったのか、動けずにいた。葛城は


「千佳さん・・・。」


 と言って促したが、千佳は動けなかった。


しーちゃんの困惑した表情が満月に照らされていた。


葛城は微動だにしない千佳の背中を、かなり乱暴に突き飛ばした。


 ほとんど突き飛ばされた感じの千佳を、しーちゃんは咄嗟に抱きとめた。そして、しーちゃんは


「葛城君!。」


 と千佳を乱暴に扱った葛城に怒りをぶつけた。


 そんなしーちゃんの耳元で、千佳は


「しーちゃん今までありがとう。しーちゃんとずっと一緒にいてくれて嬉しかった。」


 と言って一度強く抱きしめて、離れた。しーちゃんは


「今まで?。」


 と言って不思議そうに千佳を見た。千佳は


「バイバイ。」


 と言った。そして葛城に


「行こう。」


 と言って、自転車の後部座席に向かった。葛城は不思議な表情のままのしーちゃんに


「じゃあ、また。」


 と言って千佳を乗せた自転車を走らせた。



 自転車が角を曲がると、背後から車が異常に急接近してきた。



その行為に明らかな敵意を感じた葛城は、自転車のスピードを上げた。その自転車の行く手を遮る様に、前方でもう一台の車が急停車した。


 前後を挟まれた葛城が


「やばい!。」


 と叫んだとき、辺りが突然、真昼の様に光に包まれた。


 葛城が上を見上げると、煌々と輝く飛行物体が、千佳を照らしていた。



 煌々と輝く飛行物体が、遥かかなたに飛び去った頃、千佳が地球上で過ごした痕跡のすべたも消えていた。


 それは、しーちゃんや葛城の記憶な中の千佳も例外ではなかった。



 


 そして、月を見上げるたびに、しーちゃんと葛城の心に切なさがこみ上げる理由を、誰も説明することは出来なかった。



 おしまい


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ