学級委員長の少女、水たまりで転ぶ。
林間学校最中の23時45分。
無口な少年は夕方から降り始めた雨が、止んだことに気付いて、バンガローの外に出た。雨上がりの森の空気は、とても透き通っていた。
夏の終わり、秋の始まりに、虫の音が闇夜に鳴り響いていた。
来年は高校受験が始まる。結果によっては人生が変わる。
その切迫感を虫の音が紛らわしてくれていた。
無口な少年は、バンガローを抜け出すと、自販機の明かりの方へと向かった。
寝静まった訳ではないのだろうが、バンガローの外に出て来る生徒の姿はなかった。
見かけたのは、学級委員長の少女だけだった。
学級委員長として、やることが色々あるのだろう。
その、いつも生真面目な雰囲気を漂わせている学級委員長の少女が、何かに躓いて水たまりに勢いよく転んだ。
無口な少年は、学級委員長の少女と、そんなに親しくはなかったので、水たまりで水浸しの学級委員長の少女をよけ、無言で立ち去ろうとした。
ふと振り返ると、学級委員長の少女は、少年を見上げていた。
そして真面目な学級委員長の少女とは、思えないほど、ホラーじみた視線を送った。
美しさと生真面目さが入り混じったその表情は、少年を恐れさせた。
そして「こんなに綺麗な目をしていたんだ」そう思った少年に、少女は告げた。
「幼稚園の桃組以来、幾多のクラス替え&進学を乗り越え、ずっと同じクラスだったわたしに対して、それはないんじゃない?今年で10年目だよ!ふぁいの中に愛はあるの?」
「ふぁい」懐かしい響き。
少年は思った。幼稚園の頃は、確か呼び捨てだった。
当時【Φ】のTシャツを着ていた少年に、少女が着けたあだ名だ。
幼稚園児が【Φ】の文字を知っていたことに、当時の少年は驚いた。
今でも、時々少年は『ふぁい』と呼ばれる。
とてもお気に入りなのは言うまでもない。
ふぁいは、長い事考えて答えた。
「ない。思い当たるとこもない」
水浸しの少女は立ち上がると、
「ふぁい、ちょっとその場で跳んでみて」
と学級委員長としてあるまじき台詞を言った。
ふぁいは素直に、ぴょんと跳んで見せた。
するとジャージのポケットから、グラスの中の氷が弾けた様な不思議な音がした。
少女は、ふぁいのポケットから、何かの欠片を取り出した。
見えない何か。
でもそれは、とても大切にしていたモノであることは、ふぁいにも解った。
「あるじゃない、10年分も」
「10年分も?」
「10年分の愛。あなたが贈るべきだった愛。私が受け取るべきだった愛」
少女は、その欠片を自分に振り掛けた。
すると少女の可愛さが、120%アップしたように見えた。
「ふふん」
少女は微笑んだ。
その微笑に、ふぁいの心の氷河が崩れ去り、ずっと少女に、時めいていた事実に気づいてしまった。
出会った頃から、ずっと好きだったと言う事実を。
照れまくったふぁいに、立ち尽くす以外、成す術はなかった。
野外にある古時計が、0時0分を周り、日付が変わった。
学級委員長の少女はそれが、『人生のシーズン2が始まった』合図だと思った。
学級委員長の少女は、幼稚園の頃の様に、ふぁいと気軽に手を繋ぎたいと思ったが、ふぁいの表情から、シーズン1の様には行かない事に気づいた。
これがシーズン2なのだろう。
おしまい




