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『朱里ちゃんの微笑み』短編小説集   作者: 健野屋文乃
14 かなうの章

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学級委員長の少女、水たまりで転ぶ。

林間学校最中の23時45分。 


無口な少年は夕方から降り始めた雨が、止んだことに気付いて、バンガローの外に出た。雨上がりの森の空気は、とても透き通っていた。


夏の終わり、秋の始まりに、虫の音が闇夜に鳴り響いていた。

来年は高校受験が始まる。結果によっては人生が変わる。

その切迫感を虫の音が紛らわしてくれていた。


無口な少年は、バンガローを抜け出すと、自販機の明かりの方へと向かった。

寝静まった訳ではないのだろうが、バンガローの外に出て来る生徒の姿はなかった。


見かけたのは、学級委員長の少女だけだった。

学級委員長として、やることが色々あるのだろう。


その、いつも生真面目な雰囲気を漂わせている学級委員長の少女が、何かに躓いて水たまりに勢いよく転んだ。


無口な少年は、学級委員長の少女と、そんなに親しくはなかったので、水たまりで水浸しの学級委員長の少女をよけ、無言で立ち去ろうとした。


ふと振り返ると、学級委員長の少女は、少年を見上げていた。

そして真面目な学級委員長の少女とは、思えないほど、ホラーじみた視線を送った。


美しさと生真面目さが入り混じったその表情は、少年を恐れさせた。

そして「こんなに綺麗な目をしていたんだ」そう思った少年に、少女は告げた。


「幼稚園の桃組以来、幾多のクラス替え&進学を乗り越え、ずっと同じクラスだったわたしに対して、それはないんじゃない?今年で10年目だよ!ふぁいの中に愛はあるの?」


「ふぁい」懐かしい響き。

少年は思った。幼稚園の頃は、確か呼び捨てだった。


当時【Φ】のTシャツを着ていた少年に、少女が着けたあだ名だ。

幼稚園児が【Φ】の文字を知っていたことに、当時の少年は驚いた。


今でも、時々少年は『ふぁい』と呼ばれる。

とてもお気に入りなのは言うまでもない。


ふぁいは、長い事考えて答えた。

「ない。思い当たるとこもない」

水浸しの少女は立ち上がると、

「ふぁい、ちょっとその場で跳んでみて」

と学級委員長としてあるまじき台詞を言った。


ふぁいは素直に、ぴょんと跳んで見せた。

するとジャージのポケットから、グラスの中の氷が弾けた様な不思議な音がした。


少女は、ふぁいのポケットから、何かの欠片を取り出した。

見えない何か。

でもそれは、とても大切にしていたモノであることは、ふぁいにも解った。


「あるじゃない、10年分も」

「10年分も?」

「10年分の愛。あなたが贈るべきだった愛。私が受け取るべきだった愛」


少女は、その欠片を自分に振り掛けた。

すると少女の可愛さが、120%アップしたように見えた。


「ふふん」

少女は微笑んだ。


その微笑に、ふぁいの心の氷河が崩れ去り、ずっと少女に、時めいていた事実に気づいてしまった。

出会った頃から、ずっと好きだったと言う事実を。

照れまくったふぁいに、立ち尽くす以外、成す術はなかった。



野外にある古時計が、0時0分を周り、日付が変わった。

学級委員長の少女はそれが、『人生のシーズン2が始まった』合図だと思った。


学級委員長の少女は、幼稚園の頃の様に、ふぁいと気軽に手を繋ぎたいと思ったが、ふぁいの表情から、シーズン1の様には行かない事に気づいた。


これがシーズン2なのだろう。




おしまい


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