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女中ケンフリスク  作者: ヒラナオ
第一章『平和な日常』〜導入編〜
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第9話:祈祷僧と出会い、酒保を聞く





私は心身を害していた。


衛兵の立ち合いによる身体検査で、私の衣服は全て検められた。

お湯をさらう際に脱いだ衣服はそのまま没収され、数人がかりで隈なく検査される。この作業に衛兵だけでなく、ペロシュさまの護衛も加わった。


次に、脇や口の中まで入念に確認される……高価な小物は、どこにでも隠せられるからだ。髪も解き、毛髪の中まで無実だと証明できたあたりで、ようやく放免となった。


これでもスピード放免な方だと思う。事実、書類すら作られなかった。

理由として、私の存在が近衛の間では少し知られている事が幸いした。

衛兵も私の破天荒ぶりを仄聞していたからこそ、それほど嫌疑を向けなかったようである。


「はぁ……疲れた」


ただ私は心身を害していた。

すっごく害していた。


なぜってペロシュさまものぼせるぐらいの湯温の中、潜ったり息継ぎしたりで茹でタコ状態。それに加えて、身体検査による長時間の拘束……私自身も脱水症状に陥ってんじゃーないかな?

それにあの身体検査。心臓が口から飛び出るかと思ったぞ。


私は忌々しく自身の包帯グルグルの足を見下ろした。包帯の隙間にキラッと光る、ペロシュさまの結婚指輪。


「これを隠すために、けっこうぎこちなくなったからな…。」


そう。

結婚指輪は発見できていたのだ。が、ペロシュさまの要望に従って、隠し持ったまま身体検査に臨まなくてはならなかった。


物盗りを疑われた最大の要因はおそらく、足に隠したブツをバレないように、意識して動いていた所為だろう。

隠し事は大の苦手だ。アリスはよく褒めてくれるのだが、とかく私はなんでも顔に出るらしい。



脱水、脂汗、隠し事、松葉杖……それから不満。

これらを露天商並みに抱え歩いていた私は、よほど顔に出ていたのだろう、すれ違う女中下男どもが全員「ヒッ」とか言って避けていく。なんだ、興味があるなら露天を開いて売ってやってもよいぞ……松葉杖以外はな!


とか油売ってる場合ではない、急がねばならない。

濡れた包帯で歩くのは目立つから、取り替える必要がある…それも指輪を隠しながら、物陰で。全てはペロシュさまの要望通り、誰にも不自然に思われず指輪を返すためだ。

いざ物陰へ…急げ!



余裕なくツカツカ歩いていると、私の憤怒の形相を歯牙にもかけず、声掛けてくる稀有な人物がおられた。

この国にただ一人の人物……ハイマカラン次期当主と目される、セラ皇太子そのひとだ。



「あ、ケンフリスク!」



私を見かけるや否や、手帳を胸に抱いたまま、スタコラ駆け寄ってくるセラ様。

相変わらず寝不足らしく、たまに「ゴン」と家財なんかにぶつかりながら、笑顔で走り寄ってくる。


私としては今いちばん会いたくない人間だ。

いかに先を急ぐ身であっても、流石に皇太子の用付けを断ることはできないからな!


なーのーで、聞こえなかったフリして廊下を競歩する私。松葉杖をガタガタガタガタ痙攣させるような速度で。


「……。」

「あの!待ってくださいませんか!!」


さよならセラさま。今の私はペロシュ様の用事を承っておりますので、どうか他の者に御用付けを…。


全力疾走を開始。

廊下だからいろんな障害物という名の人間とすれ違う。

ダカダカ迫り来りガタガタ走り去る松葉杖女を、必死に回避する王城勤めの人々。その後ろを果断なる走り歩きで追いかけられるセラ様。


「ケンフリスク待ってぇ!!」


数部屋分も走った辺りで、殿下は追いかけられる速度を緩められる。どうやら諦めてくれた模様。


上手く巻けそうだと、私が勝利を確信した笑みを溢しかけた、その時!

バシンと何か硬いものに弾かれ、私は後ろへ吹っ飛んだ。


打ちつけた尻を摩りながら、ぶつかった前方を見上げるとそこには———肩幅の広い、壁のごとき男が立っていた。


「あ、アヴィオンさま!」


セラ皇太子様が『さま』付けして呼ぶ、この大男はいったい……?


アヴィオンなる男は、腰を屈めながら私をゆっくり見下ろす。

室内だというのに巨大な鍔広帽子を被っていることに違和感を覚えた私は、彼の格好が祈祷僧のそれであると気付けた。


私の思いを確定にするセラ様。


「ケンフリスク。この方はアヴィオン様。どこでも評判の祈祷僧です。」

「『さま』はお辞めください。殿下。」


どこでも評判っておもしろすぎるぞ。

紹介に預かったアヴィオンは、帽子を胸に一礼してきた。


帽子を取ると驚きや驚き。

流れる銀の長髪が、肩にさらさらとかかりまるで絹のよう。格段手入れを行なっているようには見えないが、それでも毛質がいいらしい。

長髪から覗くかんばせも、また白かった。儚い顔立ちをしており、大柄な体格に深い優しさを匂わせる。


アヴィオンは顔を上げると、わずかな微笑?を浮かべ、私を助け起こそうと手を貸してくる。

祈祷僧は生理中の女性に触ってはならないという蛮習なるものが、遠い異国にはあるそうだが、アヴィオンはその出ではないらしい。


「ありがとうございます。そしてぶつかってすみません…」


私の無骨な礼に応じ、微笑むだけのアヴィオン。

どうやら互いに無口らしい両者の沈黙を見計り、王子は紹介を続けた。


「貴女にこそ、ご紹介できてうれしいです。えっと、アヴィオンさまは、その……霊に対して、最近またすごい巷で噂になってて…だからね……貴女みたいに、一緒に…」


……。

私と同類の、対王族霊要員か。

まさかこうやってドンドン添い寝メンバーを増やすつもりではないだろうな…?


大体経緯は分かった私に対して、アヴィオンはごく静かな声を出した。

神秘的な外見通り繊細な声音だが、体格に比例し凛として堂々たるものだ。


「きみ。足になにか、隠しているね?」


ギク。

く、さすがは評判の祈祷僧。観察眼が鋭いな!


アヴィオンの出し抜けの一言は、セラ様の興味を大いに引いた。

皇太子は私の包帯をあらためて数秒ほど見つめてから、俄かに絶叫した。


「まさかケンフリスク、足が予想外の大事に!?」

「いえ。だいじょーぶデスヨ、セラサマ。」


なるべく隠し通したい私がぎこちない言い方で誤魔化しているのを、アヴィオンは洒脱に笑う。爽やかすぎて、あまり僧侶っぽくない笑い方だ。胡散臭いとも言う。


いっぽうセラ様は私の脚に釘付けだ。腫れ物に触れるかのような…(実際腫れているが)痛々しい手つきで、我が包帯を窺う。骨折の塩梅をいたく気にしてなさるようだ。


「聞いたより痛そうだ…過小報告を聞いていたな。…追いかけ回してごめんなさい、ケンフリスク…。…皆には成る可く正直に報告するよう、義務付けている。それは貴女もだから、痛ければ言っていいのですよ」


皇太子はとても優しいお方だという前評判を、昨夜聞いていたが……そのとおりな模様。そこにやさしい言葉を更に追加で投げ込む、怪僧アヴィオン。


「セラ様。宮中に望ましいのは、神に仕える謙虚さでなく、実直だと、私は申しました。その理由が今一度分かっていただけましたか」


静かな語調こそ優しいが、内容としては追認を求めるものだ。このように過去を掘り返す坊さんはロクな人物ではないと、歴史や親族の葬儀で、自分は知っている。


……。

どうでもいいが私は喉が渇いているのだ。走ったから尚更だ。今なら水のために、なんでも信心帰依できるだろうさ。

などと忌々しく思っていると、アヴィオンが帽子の中から、明らかに体積オーバーなジョッキグラスを取り出した。


「「!!」」


驚く私と皇太子を置き去りに、怪僧は僧衣を片手で打ち払い。その長い裾から、追加して硝子ビンを出現させ。足で蹴って、もう片手でキャッチする。

液体の音を響かせるボトルは、私の渇きを見透かしたかのようだ。


曲芸じみた一連に、歓声が聞こえたのは廊下奥からだった。

声に振り返ると、下働きの面々が、物陰から見守っているのが見える。女中や下男が、きゃいきゃいと感想を口々に共有し、あるいは猜疑や好奇の目で見つめている。


どうもアヴィオンは、見られていることを意識して、パフォーマンスを披露したようだった……。

彼はにこやかにガラス瓶を頬に当てつつ、私に言う。まるで慈悲を乞うような、あざとい目。


「ケンフリスクというのは君か。恐れ多くも『雑魚寝王』と臥所を共にしたという。」


そんなことより水寄越せと、野良犬の如く荒ぶる私。

笑顔を維持したまま、アヴィオンはガラス瓶の中身を注ぎながら、伏し目がちに囁く。


「私の知る限りでは『ケンフリスク』というのは酒保の名前だ」


トポトポと注がれゆく液体。


「それも古い。もう使われてないだろうな。小さな漁港に、その名を見た事がある。君も…あっ」


何か言っているが、知るか。

私はジョッキを奪い取って内容物を飲む。

ゴキュゴキュと嚥下し腹に溜まった辺りで、味に気が付いた……これは、初めて飲む味だ。果皮のような渋みと、お酢のような酸味がある?


続く味の変化は凄まじいもので、まるで喉や額が焼けたようになった。

不思議に感じる私に、()()()()セラ様が声をかけてくる。


「「あの、大丈夫ですか?ケンフリスク…」」


ん?

おお!?な、なんと皇太子が2人いるではないか!

これで世継ぎは安泰だなエヘヘへと笑う私に、同じくクスクスとアヴィオン導師。


導師アヴィオンの手には、硝子に入った深赤の液体があり、私の意識のようにゆらゆら揺らめいている。重心を失い、笑い崩れる私。


ジョッキと私を受け止める僧侶。

大きな手が、片手で硝子ビンとジョッキを把握する。

かぶりを振って苦笑する僧侶と、落ち着いてはおれど心配気なセラさまは並び、私を見下ろした。


「やれやれ。奇術ショーにも、酒にも手を出すとは……ふん、警戒心は無いな…」


アヴィオンが動いた拍子に、ズレ落ちる鍔広帽子。

両手が塞がった僧侶に代わって、セラ皇太子は拾い上げてなさる……怪僧はにこやかに礼を送った。


このあたりで、意識は一旦途切れた。

最後に、皇子の心配げな励ましを聞くも、視界が暗く消滅する。

背の高い二人にとって、私は手頃な大きさらしく、さっと身体を持ち上げられた感覚がした。






登場人物紹介:


◇アヴィオン

うさん臭い僧侶。

こういうキャラクターはたいがい話の裏方役だが、こいつもどうせそうである。

趣味は一人旅、キャンプ。



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