第7話:毒の櫛
温泉で宝探しをしたり、濡れた衣服を替えたりとしている内に、昼休みの過半分が終わっていた。
私は遅めの昼食をとるため、人の減った食堂に赴いた。
我が友人アリスは、律儀に私を待っていてくれていた。
「お疲れぇ〜」
「おつか〜」
などと言葉を交わしながら、昼食を机に置く私。席に座り、まずは飲み物から手をつけ始めた。
ハイマカラン人の食糧事情は、非常に恵まれている。
温泉にも通じることだが、ハイマカランの地には平たい火山があり、そこから流れ出た玄武岩質の溶岩が、肥沃な土壌のもととなっていて。とりあえず陸の食い物に困ることはない。
私は大麦などの穀物粥を啜りながら、乾燥果実を口に含み、お湯(つまりは温泉水)で流し込む。この柔らかい温泉水が、また心身に良いとも聞く。
傷病者には特別滋養に富む食事が追加支給される制度があり、私はもう2品食べれる。ヒビの入った足の日々に乾杯。
「アリスも食べる?」
「そうね。ありがと、ケンちゃん」
二人で追加分の卵料理と、生の柑橘を食べる。酸味により、疲労回復が進んだところで、アリスが話しかけてきた。
「ところで、ケンちゃん。私があげた櫛はどうしたの?」
髪に刺さってるはずだと、頭に手をやるけど……そういえば着替えた時にも無かったな、なんても思う——(この時まだ私は、髪櫛をペロシュ風呂の具材にしてしまったことを把握してなかった)——。
「ごめんアリス。お前にもらった髪櫛まで落とした。」
彼女は呆れたように笑う。
「また?まぁケンちゃんの場合、ちゃんと見つけて拾ってきてくれるからいいけど。今度は王子さまの御前に、ってわけじゃないでしょう?」
思えば私も、落とし物でよく人と知り合う。
セラ様もそうだし、アリスもそうだった。私のお仕着せからボタンが落ちたことにより、彼女とは出会った。
さらには自分の本当の両親を知ったのも、義父が落としていった仕事道具に家章があったからだ。もっとも、それを頼りに出会った両親は、すでに土中の人となっていたが。
アリスは櫛の毒に付いて語りながら、私に注意喚起と補足をする。
「あの髪櫛に仕込まれた毒は、運命のペア……貴女の恋愛観では、男性かしら……にしか効かないのよ。だから女中棟で落としたのなら、心配ないわ」
「待って。ペアにしか効かない?自決できないじゃん。」
する気もなく、呑気に柑橘の皮まで食べだした私に、アリスは物言いたげなシワを眉間に寄せた。でもすぐさまお湯を飲んで、さっぱりと言い返す。
「自決用って言わないと、没収されちゃうでしょ?元々は御貴族さまの御寵愛を受けた女中が、欲望渦巻く宮中で自衛用に……もとい心中用に持ち歩いた一品よ。わかる?この複雑な状態が。」
“イッツ宮廷ラヴ・ロマンス”と、ニヤけるアリス。
なんだか分からんが、とんでもないものを彼女に託されたもんだと、私は思った。
「しょうがないのよ……身分が許さぬ恋ならば、愛が連れ去る場所まで、ふたりはいっしょ……」
形のいい顎を、組んだ指のゆりかごに預けて、微笑を佩くアリス。
対して私は、どこで櫛を落としたかに頭を悩ませ、食べカスのついた顎を撫でた。
やがて、温泉浴場で溺れた時に落とした、という可能性に思い当たり。私は昼休みの終わらぬうちに、浴場へと急行した。
その道中に、豪商ペロシュが浴場で倒れたことを知った。
解説:
◇温泉
複雑な地層構造により、湧水ごとに温度にバラつきがある。
主な効能は『ヒビ・あかぎれ・疲労回復』。女中たちは肌荒れ知らず。
◇毒の櫛
金属製。大きな宝玉が付いているが、高価ではない。