第4話:雑魚寝王
次の日。
昼休み。
私は松葉杖を机に立て掛け、食堂に座っていた。
長机の上には食べ終えた皿、コップ、薬缶、それからハーブと根塊類による薬…。
この薬は煎じて飲むもので、既にコップへお湯を注ぐだけとなっている。
「ニガそう……」
躊躇う私に、隣に座るアリスは泣きたそうに、いや泣きながら叫びだす。
「“苦そう…”じゃないわよ!!ケンちゃん貴女もっと苦い思いしてんじゃないの!?足なんか怪我して帰ってきて……心配してたら案の定だわ!!」
と、私が飲むべきお湯をガボガボ飲み、流した涙の分だけ水分補給をするアリス。
彼女は優しく同情心が強い性格だと思ってるので、私のぶんまで痛がってくれてるようだ。と、私は推測するしかない。私は彼女ほど情感豊かでなく、機微を推察する力も鈍いからだ。
「アリス、ありがとう」
「お礼なんてやめて!!貴女を守れなかった昨夜、私がどれだけ苦しんだか…。…ケンちゃん、ごめんね。せめて何があったか聞かせて…?」
私は机上にある憎い…いや苦い天敵から注意を外し。昨夜のことをとつとつ思い出しながら、話すことにした。
そうやって時間を潰せば、アリスがやかんにある全てのお湯を飲み干し、薬を回避できるかもしれないからだ。
そしていざ話す段になると、タイミングよく周辺の話し声がピタリと止まった。食堂の皆が、おかわり自由の時間に向けて緊張しはじめたようだった。
アリスまで固唾を呑み、お湯に手を重く伸ばしながら耳を傾ける。
「なにがあったの?」
えーっと…なんだったけ?
あ、そうだ。
「えーっと、王子様が『私の寝室に来い』って。一緒に寝てほしいって。」
ガラン、と乾いた音がする。
見るとアリスが薬缶を取り落としていた。お湯が卓上をダクダクと流れ、白い湯気が静止した空気に広がってゆく。
うっし、私の狙いは早くも達成された…これで薬は飲まなくてもいいよね、と側の友人を眺めるが。
しかしアリスは先の激憤ぶりとは正反対に、空虚そのものとなっており、涙のひとつもなくカッスカスな瞳孔を見開いて、こちらを見つめてくる。
「……寝たの?」
声もガラガラだ。
彼女も花粉にやられて、水分が足りてないのだろうか?
私は思い出しながら答える。
「あ。先にお金を貰うことになったんだった。『女中の相場は知らない』『だから好きなものを選べ』って、宝物庫に連れてかれて」
気付けば他の女中たちも、ひっそりと集まってきている。
どうやらアリスが溢したお湯を、さりげなーく拭きに来たようだ。このような恩着せがましくない気遣いが、王城では求められるという……機微に疎い私には無理だろうが。
………。
なぜか微妙に湿っぽい空気が流れてる。
干からびていたアリスが一転、しくしくと泣き出したからだ。彼女は鼻声ながらに言う。
「それで…グスッ……ケンちゃんは幾ら貰っちゃったの?」
「いや、貰えなかった。王子様が我慢できなくなって、それで寝室に引っ張られるのが先だった」
「!!?」
驚愕のあと、ああ!と懊悩を漏らすアリス。
彼女は血の気を失って、その小さな唇を蒼白に変えた。お湯がまるで、侍女の決壊した痛ましい胸中を表すように、ポタポタと床を打つ。
数拍の間を置き、身を起こしたアリスは、涙を拭いながら問いただしてきた。
「それで無理に足を…?」
足はこのタイミングではない。続きを追って聞かせる私。
「いや、そのあと王子様がベッドを嫌がるから、床で寝ることに…」
「床で!」
「あれ?お風呂の話はしたっけ?ともかく足は…」
「……もういい。」
遂にはうなだれ、話を打ち切るアリス。
混沌としたざわめきが他の女中達からも聞こえ、なんだかムンムンと蒸し暑くなってきた。
なんだこれは……まさか私はまた、自身の知らない貴族社会の礼儀作法やらタブーやらに抵触したっていうのか?
怖くなってきた私は、アリスの肘辺りをつかんで引っ張る。
するとなぜだか彼女は、感極まったようにガバッと抱きついてきた。そして朗らかに囁いてくる。
「……私は、あなたの味方よ。なんとも思ってないわ。昨日と同じ友達でいましょうね…」
「それで王子さまがぁ、『きみは私を素直にさせる』とか言ってきてー」
「ケンチャーン!!」
直後、私の背中を強く抱きしめて、戒めてくるアリス。
なんだか分からんが、やっぱりタブーに触れているのかもしれない…私は彼女を真似て、ぎゅっと抱きしめ返す。
温かくてすごく落ち着くので、昼休みが終わるまで、我々は長く抱きしめ合った。
その日からセラ様は「セラ雑魚寝王(子)」と、女中達から謳われるようになった。
彼と寝所を共にした私は「不眠王」にすべきと提言した(だって寝てないし)。のだが、直接的すぎるとかいう理由で却下された。
登場人物紹介:
◇雑魚寝王
皇太子の不名誉な二つ名その1。
これ以外にも山ほどテキトーなあだ名を付けられ、親しまれている。