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女中ケンフリスク  作者: ヒラナオ
第一章『平和な日常』〜導入編〜
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第3話:足に蓋







連れてこられた王子の寝室……もとい祈祷室。

そこはこざっぱりと整理されており、あまり地下霊廟の入り口らしくもない。


元々はもう少し非人間的な場所だったらしいのだが、眠れないセラ王子が怖さを紛らわそうと、掃除したり、机と執務を持ち込んだり、インテリアや小物をアレンジして加えてみたり、季節や行事模様のタペストリーを製図して発注・奉納してみたりとしている内に、ここまで変わってしまったようだ。



「配下の者は知るよしもありませんから、苦言されませんが。豊穣祭が無事済んだら、これらの持ち込みは撤収するつもりです…」



“いけないことかもしれませんから”なんて言いながら、ベッドに腰掛けているセラ皇太子は、小机にかかったクロス端を、つまんだり整えたりしている。すでに落ち着かないようだ。


眠くなってきていた私は、とりあえず寝床を探す。


「……で、私はどこで寝たらいいんでしょーか」


伺いを立てると。

睡眠断ち2週間目のセラ様も、そこまで頭が回ってなかったのか、私の寝床を探してベッドの上でキョロキョロ。それから思案に移る。

両手で持った手帳を、胸や顎先にトントンと当てて考えられるセラ様。

やがてピコーンと瞳を輝かせ、「思いついた」と、はにかみながら仰られる。


「このベッドで寝てください。大丈夫。幽霊は私が見張っておきますからね」


立ち上がって執務机に向かい、監視役を買って出る王子さま……いや、それは私の役割だろう。

などと私のツッコミが、事の軌道修正を行う。つまり私が不寝番をし、ベッドで寝ている王子さまを見守ればいいんだよな?


「寝ないと身体に毒ですよ、ケンフリスクさん。」


「じゃあ自分は床で寝ますから、幽霊が出たら起こしてください王子」

「わかりました。」

「おやすみ」

「おやすみなさい、我が愛しき臣民」


夜の挨拶を済ませ、吹き消される灯り。

床に寝転がる私と、執務机から私を見守るセラさま。


「……」

「……。」

「………あの、ベッドが空なんですけど皇太子」


彼はビクッとして、寝台を確認しに行く。

布団をぽすぽす触ったあと、ベッドメーキングを済ませ、私に報告を行う。


「大丈夫。幽霊は寝ていません。」

「一言も霊に触れてないんですけど」

「霊に触れ……」

「ああもう」


どちらかが寝台を使うべきなのだろうと促すと、セラ様はようやく布団に入る決心をされる。実に2週間ぶりのことだ。この偉大な記録を讃え、『セラ不眠王』と謳われるべきなのではないだろうか?なんたってその極限下で平時の執務をこなし、豊穣祭まで差配してるわけでしょ?


「貴方様が心配に思われてきましたよ、我が君ぃ。倒れちゃうじゃん、いつか…。」

「……。っああ、すみません一瞬寝てました。」

「…。……しょうがない、やるか…」


と床にゴロ寝をしていた私は発奮し、しょうがなし、絨毯を引っぺ剥がし地下霊廟の入り口を探す。

寝心地からいって、私の下にあるのは間違いないと確信していたが、暗くてよく見えず手探り状態。

しばらくして、皇太子によって部屋に灯りが戻ると同時に、私は入り口の蓋を見つけていた。


セラ様は心配げに屈んで、私の顔を確認される。


「どうしたいのですか、ケンフリスク。」


私は蓋にある穴へ、燭台の足を突っ込み——穴に鉤を入れ持ち上げて開ける方式のようだ——ながら答える。



「地下霊廟に幽霊がいるか確認したいと思っておりますよ、セラさま」



“あなたの不安の種を打ち砕く”と私。

燭台の足で落とし蓋を引っ掛け、持ち上げようとするが力が足りない。

ふんぬとガニ股で踏ん張るが、意外に重いぞこれ。


「手伝わさせてください。」


燭台を持つ手が増える。

意外にもセラ様は、地下霊廟探索に乗り気なのか?

私が伺うと、彼は首を振って怖がった。しかし、手伝うことをやめようとはしない。王子は飾り気なく心情を吐露した。


「貴女にはその名前以上に不思議な魅力がある。」


突然ほめられ、ちょっと…でへへと照れる私。王子も目を合わせず、くすりと笑われた。

彼の柔らかな黒髪の下にある顔が、そして唇が告げる。



「貴女には人を素直にさせる雰囲気がある。王宮では見ないものだ。だから……」



“だから私も怖がれるし、こうやって頑張れる”と。


皇子と私はひとつの灯りのもと、一緒に頑張った。

少しずつ落とし蓋が持ち上がり、手応えを得る。石材に金属の鳩目を抜いたような、ひどく古い落とし蓋。古城の歴史と伝統、その重みを感じさせ、私は密かに開くのが楽しみになっていた。

王子も怖さ半分、同じ気持ちだったと思う。


だが、そこで。


「ばき」


という変な音がした。

一瞬のことだったが、何が起きたかは理解できていた。


燭台が荷重に負けて、破断したのだ。

金メッキされたそれが、耐えかね曲がってしまうことは想定できていた。だけど意外にも硬質だったそれは、十分我が期待に応えて、曲がることもなく協力してくれ……しかし予告なくそれを打ち切った。結果的に落とし蓋はズンと床に落ちた。


ふかふかの絨毯に沈み込む石質の蓋。

その下に敷き込まれてる、私の足。


「おおおおおおおおおおおおお!!??!」


痛みに対する絶叫が、夜警中の近衛兵を呼び込み、騒然とする。

足を抱え悶える私に、医師を手配するよう叫ぶセラ様。


結局この日もまた、王子様は眠れなかった。



解説:


◇ハイマカラン

舞台となる国の名。

大陸の西に広がる草原の、最も東にある。

二十年ほどまえ、戦により国家消滅の危機があった。



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