第3話:足に蓋
連れてこられた王子の寝室……もとい祈祷室。
そこはこざっぱりと整理されており、あまり地下霊廟の入り口らしくもない。
元々はもう少し非人間的な場所だったらしいのだが、眠れないセラ王子が怖さを紛らわそうと、掃除したり、机と執務を持ち込んだり、インテリアや小物をアレンジして加えてみたり、季節や行事模様のタペストリーを製図して発注・奉納してみたりとしている内に、ここまで変わってしまったようだ。
「配下の者は知るよしもありませんから、苦言されませんが。豊穣祭が無事済んだら、これらの持ち込みは撤収するつもりです…」
“いけないことかもしれませんから”なんて言いながら、ベッドに腰掛けているセラ皇太子は、小机にかかったクロス端を、つまんだり整えたりしている。すでに落ち着かないようだ。
眠くなってきていた私は、とりあえず寝床を探す。
「……で、私はどこで寝たらいいんでしょーか」
伺いを立てると。
睡眠断ち2週間目のセラ様も、そこまで頭が回ってなかったのか、私の寝床を探してベッドの上でキョロキョロ。それから思案に移る。
両手で持った手帳を、胸や顎先にトントンと当てて考えられるセラ様。
やがてピコーンと瞳を輝かせ、「思いついた」と、はにかみながら仰られる。
「このベッドで寝てください。大丈夫。幽霊は私が見張っておきますからね」
立ち上がって執務机に向かい、監視役を買って出る王子さま……いや、それは私の役割だろう。
などと私のツッコミが、事の軌道修正を行う。つまり私が不寝番をし、ベッドで寝ている王子さまを見守ればいいんだよな?
「寝ないと身体に毒ですよ、ケンフリスクさん。」
「じゃあ自分は床で寝ますから、幽霊が出たら起こしてください王子」
「わかりました。」
「おやすみ」
「おやすみなさい、我が愛しき臣民」
夜の挨拶を済ませ、吹き消される灯り。
床に寝転がる私と、執務机から私を見守るセラさま。
「……」
「……。」
「………あの、ベッドが空なんですけど皇太子」
彼はビクッとして、寝台を確認しに行く。
布団をぽすぽす触ったあと、ベッドメーキングを済ませ、私に報告を行う。
「大丈夫。幽霊は寝ていません。」
「一言も霊に触れてないんですけど」
「霊に触れ……」
「ああもう」
どちらかが寝台を使うべきなのだろうと促すと、セラ様はようやく布団に入る決心をされる。実に2週間ぶりのことだ。この偉大な記録を讃え、『セラ不眠王』と謳われるべきなのではないだろうか?なんたってその極限下で平時の執務をこなし、豊穣祭まで差配してるわけでしょ?
「貴方様が心配に思われてきましたよ、我が君ぃ。倒れちゃうじゃん、いつか…。」
「……。っああ、すみません一瞬寝てました。」
「…。……しょうがない、やるか…」
と床にゴロ寝をしていた私は発奮し、しょうがなし、絨毯を引っぺ剥がし地下霊廟の入り口を探す。
寝心地からいって、私の下にあるのは間違いないと確信していたが、暗くてよく見えず手探り状態。
しばらくして、皇太子によって部屋に灯りが戻ると同時に、私は入り口の蓋を見つけていた。
セラ様は心配げに屈んで、私の顔を確認される。
「どうしたいのですか、ケンフリスク。」
私は蓋にある穴へ、燭台の足を突っ込み——穴に鉤を入れ持ち上げて開ける方式のようだ——ながら答える。
「地下霊廟に幽霊がいるか確認したいと思っておりますよ、セラさま」
“あなたの不安の種を打ち砕く”と私。
燭台の足で落とし蓋を引っ掛け、持ち上げようとするが力が足りない。
ふんぬとガニ股で踏ん張るが、意外に重いぞこれ。
「手伝わさせてください。」
燭台を持つ手が増える。
意外にもセラ様は、地下霊廟探索に乗り気なのか?
私が伺うと、彼は首を振って怖がった。しかし、手伝うことをやめようとはしない。王子は飾り気なく心情を吐露した。
「貴女にはその名前以上に不思議な魅力がある。」
突然ほめられ、ちょっと…でへへと照れる私。王子も目を合わせず、くすりと笑われた。
彼の柔らかな黒髪の下にある顔が、そして唇が告げる。
「貴女には人を素直にさせる雰囲気がある。王宮では見ないものだ。だから……」
“だから私も怖がれるし、こうやって頑張れる”と。
皇子と私はひとつの灯りのもと、一緒に頑張った。
少しずつ落とし蓋が持ち上がり、手応えを得る。石材に金属の鳩目を抜いたような、ひどく古い落とし蓋。古城の歴史と伝統、その重みを感じさせ、私は密かに開くのが楽しみになっていた。
王子も怖さ半分、同じ気持ちだったと思う。
だが、そこで。
「ばき」
という変な音がした。
一瞬のことだったが、何が起きたかは理解できていた。
燭台が荷重に負けて、破断したのだ。
金メッキされたそれが、耐えかね曲がってしまうことは想定できていた。だけど意外にも硬質だったそれは、十分我が期待に応えて、曲がることもなく協力してくれ……しかし予告なくそれを打ち切った。結果的に落とし蓋はズンと床に落ちた。
ふかふかの絨毯に沈み込む石質の蓋。
その下に敷き込まれてる、私の足。
「おおおおおおおおおおおおお!!??!」
痛みに対する絶叫が、夜警中の近衛兵を呼び込み、騒然とする。
足を抱え悶える私に、医師を手配するよう叫ぶセラ様。
結局この日もまた、王子様は眠れなかった。
解説:
◇ハイマカラン
舞台となる国の名。
大陸の西に広がる草原の、最も東にある。
二十年ほどまえ、戦により国家消滅の危機があった。