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女中ケンフリスク  作者: ヒラナオ
第一章『平和な日常』〜導入編〜
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第2話:宝物庫







ハイマカランは草原の国と呼ばれる。

国土の大半がゆるい丘陵地帯で、地平線までのどかな青空と、小鳥の行軍が見えるからだ。


ここに暮らす人々の主たる食糧は、腐植ゆたかな土壌で生産される、種々の穀物・ベリー・果実、それらの加工品など。あと川魚。

生産物は貿易品にも扱い。ともすればそれ目当ての他国から、侵略を受けたことすらあるほど、実に豊かで平和ボケした国だ。



そんな国の君主を知らなくても、作物は実るし、魚は釣れる。

北ハイマカラン公セラ皇太子の名前より、王城の食堂メニューの方をよほど見慣れてきた私にとって……王子様の寝室は、あまりに眩しすぎた。



「なんじゃこりゃあ…。まるで金の菌床だな。ハイマカランがこれほどまでに豊かな国だったとは…」



率直に感動する私。

しかしこのような金銀財宝、黄金の雨あられの中で、よく王子様は寝られるな。金に触れてないと夢見が悪くなるのか?


「まるで金庫だ」

「……まるで、じゃなくて。金庫そのものなんだ…」

「は?」


我が耳を疑う私、ケンフリスク3世。

セラ皇太子は、もじもじしつつ答えた。



「その……それなりのワケがあってね。」



セラ殿下が女中を金庫に連れ込んだそれなりのワケを聞く前に、私も、私のほうでここまでの経緯をまとめておこう。急に金庫に来ているそのワケも。



〜◯◯◯…



まず、アリスと共に参列した大名行列は……あれは秋の豊穣祭の事前行事だったらしく、参加者は国内の者のみだったため、無事終わった。

他ならぬセラ皇太子自らがその場を収め、こう高々に宣告したものだった。



「豊穣神は、天真無辜な童女の似姿をとるとされる!秋の穂のように頭を垂れ、かしずく姿勢も大事なれど、彼女(※私)のような奔放さもまた大事ではないのか!祭りは誰の為のものだ!」


と、けっこう苦しい理屈ながらも、このようなそれっぽい事を仰り。

それで落ち着いた人々は、止まった時が流れ出したように調子を取り戻し、アリスは久々に呼吸を再開した。

次期主君の群衆整理能力が示され、覇気あいあいのレッドカーペットのなか、セラ皇太子は私に言う。


「さて、私は名乗りました。今度は君の名前を聞きたい。」

「ケンフリクス3世。」


素直に答えるが、このあとの反応を思えば、気分は憂鬱だった。

しかしセラ殿下は、予想と違ってくすくすと毒気なく笑われるだけだった。私の胸中を占める不思議さが、怪訝な表情となって表に出るが、それすらも王子さまは自然に微笑まれるだけだ。


「そんなおもしろい名前ですか」


聞き返すと、


「うん。」


とすーなーおーに頷く王子。

………。


(…アレだな、このお方。素の喋り方はもっと丸いかも…)


純朴な肯首を見て、私はそう思った。

それから彼は、馬に戻りながら私に言う。見返り姿に流し目で、そっと。


「あとで王子の宮に来なさい」


私は、馬に言ったのかと勘違いしたかったけど、生憎うなずいて返事をしてしまったので、後々王子を訪ねるハメとなった。

そんな私を、とんでもないお咎めを受けるんじゃないかとアリスは心配し、狼狽え、自決用の毒が入った櫛とか渡してきたけど。お咎めだったら招かれまいともっともらしく彼女を説得し、王子の部屋へと直行した。



んで、近衛兵に捕まり。

王子に呼ばれてやってきたと説明しても信用されず。はや面倒くさくなる。

大体、ケンフリスク3世を名乗った時点で、みな私に対する信用度が極端に下がるのだ。


近衛兵とウダウダやっていると、ちょうど執務中の王子さまが廊下を通りがけ、私は解放された。

そんで“用があるのは夜からだから時間を潰せ”と謝罪込みで申しつけられたので、私は半日仕事を休んだ。

中庭で日向ぼっこにはじまり、猫と遊んだり、小鳥に弁当をあげたりと時間をぶっちぶち潰す。


「ふぅー癒された。よっし、そろそろ帰るか……」


などと傾きかけた陽を眺めながら立ち上がると、2階の渡り廊下から、王子さまが手を振られていて、私は当初を思い出した。


しぶしぶ殿下に合流すると、彼は私の頭から芝生を払う。

なるほどと気が回った私は、自身のお仕着せから草葉を払って容姿を整えた。



「君に頼みがあって、呼び出しました」



先んじてセラ様はそう仰られながら、自身の手帳を指で撫でる。

執務に使うであろう、使い込まれた革製のおっきい手帳。多量のページの間から、栞の糸がカラフルに垂れていた。


その一本一本に予定が紐づけられてるんだとしたら嫌だな、なんて思いながら聞き返す私。



「頼み?なんでございましょーか」

「ふっふっふ。君のその勇猛さを見込んでの頼みです」



勇猛…。

そんな無いものを見込まれても照れるが。話ぐらいは聞くか…。

乗り気になった私に、セラ様は満面の笑みで喜ばれる。



「頼みを聞いてくれるのですか!良かった!!実はもう私、2週間も寝てないんです」



突然のカミングアウト。

断眠発言を裏付けるように、にっこりと微笑むセラ様の目元には、よく見るとクマが。次期王権を内包する玉肌に、えらく高貴な睡眠不足を刻んでおられる…。

どういうわけだ、仕事に忙殺されているというわけか。同情心から私が胸を貸そうと重ねて申し出ると、皇太子は詳細を語った。



「実は私の寝室に……出るんです」

「ゴキブリか」

「くっ。そ、それも嫌だが、もっと卑劣な連中です。かの者は、私や臣下の者達が寝静まった頃に、音もなく現れるのだ。まるで…」

「蚊か」

「え〜っと、蚊は音がしてます。ぷーんって。でなくてだな、敵は寝台を跨いだ西方、床下より出づるのだ。そこは地下霊廟に通ずる…」



ネズミかなんかだったら、私でなく猫を抱けばいいと進言する。

『王族は一人でベッドに入るものだ』という固定観念が強かったような孤独なセラ様は、しばし考えられたが。やがて頭を振ってより強固に物申す。



「猫さんだけじゃ怖いですよきっと!分かりませんか?出るんですよ!!」

「何が?」

「れいです!心霊現象です!」

「…ああ、だったら寝台で床下に蓋しておけばいいんじゃないでしょうか。」

「!?」



臭いものには蓋を理論だ。

しかし。地下霊廟に通じる寝室というものも変だと私が言うと、王子様は追って話を聞かせてくれた。


いわく。この王城には、伝統的に、歴代の統治者が寝る寝室があって。秋の豊穣祭が終わるまでは、王家に連なる者はそこで寝なくちゃいけないらしい。

元は祈祷室であったとかいう半地下のカビくさい石部屋で、古式ある祭りに際して、毎夜毎朝の祈りを捧げるものであるとか。


「統治者…皇太子さまのお父さんが寝ればいいのにね。」

「そのとおりですが、父上は今、遠い異国の地にいる。私は代役を立派に務めたいのです…。」


そう……え?それで勇猛を見込まれた私は、何をしろと?



「わかりますよね?地下霊廟は王者が眠る場所!出てくる幽霊もきっと王様ですね!その覇気に耐えられるような猛者じゃないと、頼り甲斐が見込めないのです!!」



あーなるほど…。

つまり大名行列を私事で停止できるような、心臓がフッサフサな奴を探してらしたのね。でも私、それなりに臆病なほうだと自覚してるんだけど…。

歴代の王様の幽霊ねえ。


「でもそれって……殿下のお爺ちゃんとかなんでしょ…怖がる必要ゼロじゃん」


私の指摘に対し。

さっき先祖の霊を、“ゴキブリより卑劣な連中”とまで(言葉の流れ的に)表現してしまったセラ皇太子は、「見れば分かる」とそれ以上張り合わなくなってしまった。

張り合わなくなり、手帳をぎゅっと抱いて懊悩の感を醸し出す。

高い背・高い身分で、私を見下ろす位置関係にあるはずだが、どうにも子犬か命乞いするカエルのように、憐憫を誘う目で見つめてもきた…。


…いや、カエルに命乞いをされたことはないが、ともかくセラ様は綺麗な瞳を哀しげに歪められ。直後それを手帳で隠した。鼻声になっている。


「いや、最近は花粉がダメになってきました私。」

「豊穣祭は大丈夫なのか…?」


思わずツッコむ私。

豊穣つったら、めしべとおしべだろう。


花粉飛び交う秋盛りへの懸念はないがしろに、私は王子の寝室へと半ば強制的に連行された。

女中の手を引く皇太子に、行く先々で近衛兵が合流し、彼らに護送されながらの寝室行きだが、それも廊下の途中までだ。

なんでも近衛は、寝室……たる王廟祈祷室の中まで入れないらしい…神聖さがどうだとか、仕来りがどうだとかで。


となると臥所にまで同行する私は、身元を疑われたが。

大名行列中、王子の御前で髪留めのバカをやらかした娘だと認識されてからは、さして警戒されなくなった。


「豊穣神は童女の似姿で現れるらしいからなぁ…」


とか、王子の発言を鵜呑みに解釈し、近衛兵たちはそれなりに納得した。ハイマカラン兵士はみなユルいのである。


そして近衛たちにおやすみを告げてから、今度は王廟祈祷室を離れ、長い廊下を進み、ついには重厚な扉を潜って……件の金庫まで移動した……。



〜◯◯◯…



「…なんで金庫?寝室で寝るんじゃなかったの?」


至極まっとうだと思われる我が疑問に、セラ様は答えられる。



「この国の法律で、王家の依頼は半分が前払いと定められている。だから、この順番に。それから……私は寝室に女中を呼んだ試しがないので、相場が分からないのだ。この宝物庫で、君の心に触れたものはあるかい?」



国庫ではなく、王家の財産だという宝物庫。

その一区画に、セラ様の私財置き場があり。たとい私の希望物がセラ様のものでなくとも、彼は交換をしてくれるという。

自腹で、ほかの王族から買うなり交渉するなりして、都合してくれると言うのだ。気前がいい皇太子だ。それに律儀。



(…両親の名前について、頼んでもいいかもしれない……)



報酬は金銭ではなく。父母のことについて調査する許可や、改名の願いでも、許されるかも…!


でも私は、ワイン蔵のような、アーチで区切られた石の地下室をすてすて歩いた。

案内してもらった以上、当座は宝物庫を見て回ろう。滅多にない機会かもしんないし!おもしろい物が見れるかも。


セラ様は3歩後ろを保って付いてくる。


「いろいろございますねー」

「そうですね。」


ちなみに超暗い。

宝物庫といえばキンキラキンの印象を持ってて、実際入り口付近はそうであったのだが。奥に進めば進むほど、美術品の保管性等も考えられた、暗く涼しい空間へと続いてゆく。だから物色しづらい…。


ランプ片手に、目を凝らしながら突き進む私。

セラ様は2歩後ろを保って付いてくる。


「気になるものがありましたら、明るいところで見ましょう。きっと綺麗ですよ」


そう提案される皇太子に、頷く私。

彼は1歩後ろを保って付いてくる……。


「あの、皇太子様」

「はい、なんでしょう?」

「ええっと、歩きづらいのですが…」


セラ様は私の0歩後ろを……いやもう、私の靴のカカトを踏まないと死んでしまいそうな密着ぶりだ!


「そ、そんな怖いんですか」

「まさか。」


はっはっはっはっはっはっはっは。そうセラ様は笑われて、私から蝋燭ランプを取ろうとなされる。


「いい品が見つかりましたね。とっても綺麗に輝いてますよ」

「セラ様、それランプだから。持参物だから。」

「明るいところで見ましょう。きっと宝に似たランプですよ。」

「引っ張るな。私を明るいところで見ようとするな」


結局、前金を物色するどころでなく。私はまま寝室へ直行することとなった。日は落ちて、夜の帷はハイマカランの皆を優しく包んでいる。

しかし、この皇太子、手厚い治療が必要なんじゃないか?






登場人物紹介:


◇セラ皇太子

舞台の国の皇太子。ワーカホリック。趣味は裁縫、剣闘訓練、クイズ。

愛すべきバカ3号。



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