第1話:皇子の前に髪留め
ほぼ処女作なので読みづらいかと思われます。
ボンヤリとでも楽しんでいただけたら、感謝です。
作者より
ケンフリスク3世。
大層な名前だけど、私はゴリっゴリの平民だ。
こんな名前になった経緯は省きたいが、私が女中として身を置く貴族社会では、驚くほど皆、好奇心をぶつけてくる。
だからと言っちゃあ悲しいが、いろいろと役に立つ名前なのだ。
例えば、
「ああ〜ケンフリスク……聞いたことあるよ」
このような事を抜かす貴族はバカ(!)だ。
ケンフリスクの家名は門外不出みたいなハズだ。その門外不出を引っ提げて、王城勤めデビューを果たした私もバカだが…こうやって同類を判別できる。
「ケンフリスク……ふん、いち女中の身分で大層な名だ。さぞかし先祖が名高いんだろうねぇ!」
このような事を抜かす将校はアホだ。
『ケンフリスク』の2世までは、わずか2年で代替わりし、3世目を探すのに100年かかったと聞かされた。すなわち血統などない。あるのは3代に渡るアホだ。隔世で私が世襲した名なのだ。
「ケンフリスク。興味深い。ミステリアスな君にぴったりだ」
このような軟派を引っ掛けてくる文官はトンマだ。
ケンフリスクはミステリアスなのではなく、不慣れな私が正確な読みを知らなかったから名乗った、誤読に近い呼称だ。文官なのに読み間違いに気付けぬとは、もう一回学院を卒業したほうがいい。
「ケンフリスク……ケンフリスク……!」
どこぞの物好きが、私を執拗に呼ぶ。
ああもうほっといてくれ。そも私が王城勤めを選んだのは、大仰な我が名を改名したかったからだ。
(ああ…ヘンな名前を改名したい!!)
…と、そう共感を得やすい考えだが……本当の理由は、か〜な〜り、込み入っている。説明を聞いた人が一回で納得したコト、一度たりとないほどにな!
だが、その委細を説明しよう。
コホン。
まず、この国では法律上、死者は一家の墓に埋められることになっている。
そして墓名は、常に最新の家長名に更新される登録制度がある。
だから例えばリンゴ家がオレンジ家に嫁いだら、墓も『オレンジ家の墓』に統一される。平民には例外も多いけど、大まかそういう流れらしい。
問題は……この地で名も無く死んだ両親が、暫定的に、娘である私の名前『ケンフリスク(仮)』の名で葬られてしまい…。
それを正そうにも、先の制度が干渉するという点。
つまり、亡くなった両親を『私の大仰な”血統なき名前”から解放する手段』は、
『私の改名以外、存在しない』…ということ。
……。
結婚するのが早いかもしれんな。
ともかく。
そんな経緯があるのに、墓参りで初めて見た両親の墓石……そこに書かれてる字が読めなかったので、今もこう、当て字読み名のケンフリスクで過ごしているわけである。
できれば結婚ではなく、改名でいきたい。
なぜなら……こんな悩み、世界にそう無さそうかもだが。
私は、両親を、『両親の名』で弔ってやりたい。
だから。
母さんと父さんの姓名に、私の方が改名する。
……。
……え?墓名が読めなかったら、誰の墓かも分からないって??
確かに。
実は……亡くなった両親宛てに、時折、荷物が届く。
そう、不思議かもだが、そうなのだ……登録していたのが私の名前だからか、私宛てに時折、届く。
そしてその宛名を転写して、墓守に見せたら『そこだ』と住所的に言われて、私は墓石に対面した……やっぱり読めなかった。
で、誤読だろうけど私は自身を『ケンフリスク』と名乗ったと……そういう経緯。
スッゲー持って回ったようだけど、兎も角、そういう経緯。
(…本当は『ケンフリスク』が名前ですらなく、宛先そのもの、あるいは住所を指す言葉だったら、おもしろいなぁ……)
ちなみに墓守も文盲だったので、彼も読みは知らなかった。
「ケンフリスク!!ちょっと聞いてるのケンフリスク!!!」
耳元のドデカい声でようやく思考が現実に舞い戻った。
私を呼んでいたのは、同じくお城勤め、女中仲間のアリスだ。
アリスは私の目の前を指さして、何やら小声で耳打ってくる。彼女の指先には、床に落ちた髪留めだ。
「ケンちゃん!あなたの髪留めが、王子様の前を邪魔しちゃうわ!!」
そうだった。思い出した。
今、私は王族の大名行列を見守る位置にいて。
ちょうど露払いの近衛たちが前を横切った、その間隙に、自分の髪留めを落としたのだった。
時系列としては、放心していたから髪留めを落としたのであって、落としたから放心していたワケじゃない。
普通、王族の行列前に物を落とすのは、とんでもなーい不礼儀に当たるらしく、平身低頭の事前予告として放心状態に陥るらしいが。私としてはどうでもよい。
「あーはいはい」
「いいから、一体どうするの!?」
どうもこうもないだろう?さっと前に出て拾うだけだ。
上質なレッドカーペットに踏み込み、ふかふかした絨毯毛にのさばる我が髪留めを拾うため身を屈めると、視界端に金色のなにかが入り込む。
金色の何かは、装飾蹄鉄で。
それを履いた立派な白馬を見上げると、おどろきの顔でこっちを見つめる青年と目があう。
青年の歳は10代後半から20代前半。黒髪がツヤツヤで苦労のくの字も感じられんが、背格好は立派なもんだ。
私が髪留めを拾い上げると、アリスが青い顔をしてこっちを見つめてくる。
非難がましいものを感じた自分は、その分だけ強気になって彼女に言い返す。
「ありがとね!!アリス!!」
大名行列の面々が、“アリス”の名を口にしてざわつく。
横隊を組んで並んでいた女中たちが、いっせいにアリスから離れた。
「や、やめて、ケンちゃ……ん」
「あ、ごめん。また落としたわアリス」
手を振る私の手から転げ落ちる髪留め。
これは出会った当初、私の格好を見咎めたアリスから、直々にいただいた大切な品だ。使いすぎて留まりがゆるゆるになってしまったらしかった。
「アリス、お前の髪留めゆるいわ。今度、新しいの一緒に買おう」
「ケンチャーン!」
顔面蒼白で両頬をおさえる彼女。
掠れ果てた声で、もはや非難とも呼べない哀哭じみた声を上げているが、なぜだ。
疑問に思いつつも、元いた定位置、アリスの横に並ぶ私。
行った私が戻ってくるまでの間に、彼女は数千年の時を超えた干物みたいになってしまったが、構わず立つ。
というか、構ってられない。
強い視線を馬上から感じたからだ。
「き……君は……」
馬上豊かな青年が、カクカクと口を開く。
何事だと思って見返すと、彼はゴホンと咳払いひとつ、話し始めた。
「君、名前は……?」
美しい声だと思った。
凛としているのに、豊かで張り詰めたところがない。顔面は引き攣って張り詰めてるけど。
私は名前を聞かれて、じゃっかんウンザリした。理由は先にあげたとおりだ。
「まずは、自分から名乗るのが、貴族社会……」
「そ、それもそうだっ…」
「だよな、アリス?」
「まずは自分から名乗る」…アリスに教えてもらった王朝所作だ。憶えていてよかった…。
私は不安になって彼女を見返すが、当の本人は固まっている。まるで石像のように超越的な眼差しだ。
「アリス?なぁ、不安になるだろ…」
つついても反応ナシ。
諦めて白馬の主に向かい直る。
彼はハッとした様子で、これは失礼と馬から華麗に降り立った。
碧地のマントが、春の若草のようにひるがえり、私の前にあゆみ出る。
「私は、北ハイマカラン公、セラ。」
「へぇ」
「……知らないかもしれないが、この国の皇太子だ……。」
セラなる王子様とは、こうして出会った。
ちなみにドがつくほど大真面目に、私はこの国の君主とその一家を知らなかった。
セラは若くして母親に先立たれた、一粒種であるらしく。異母兄弟がいる以外は、父親も外征王として都におらず、ひとりっきりであられるらしい。
そのような閉鎖的王朝空間が、のちに私を必要とした。
あまり嬉しくない形で。
登場人物紹介:
◇ケンフリスク
女中、いわゆるメイド。ヘンな名前を改名したがっている。
愛すべきバカ1号。
◇アリス
メイド仲間。真面目だが打算的かつ小心者なトコロも。
愛すべきバカ2号。