30 セレクター
「見てたんですか?アカバ先輩。」
俺を呼び止めたのは、アカバ先輩だった。
先輩も休憩が終わった所だったのか、歩きながら話をする。
「偶々だ。それよりも、まだあいつの記憶は消してないのか?」
俺達を見かけたのは偶然らしいが、続いてアカバ先輩が話すのは、やはりマシロの事だった。
「………。」
「ふんっ、どうやら何も進展は無いようだな。」
「進展はっ…ありましたよ。…少しですが。」
「はっ、その分だと話すらしてないか?そんな悠長にしてて、間に合うのか?」
相変わらず先輩の言葉は厳しいが、その鋭い指摘に俺は何も言い返すことが出来ない。
「クロノ、悪いことは言わねぇ。あいつの事は諦めろ。決断が遅くなれば、その分辛くなるのはお前だぞ。」
「自分の為にマシロを犠牲にしろって言うんですか。」
「違う。エタリウム、そして、現世の為だ。分かっているのか?俺達は『セレクター』選別者だ。選ばなきゃならねぇんだよ。誰を転生させるかをな。」
それでも、彼のその言葉には反論せざるを得なかった。
「っ!?違います!俺達は『セレクター』心察官です!!選ぶのは俺達じゃなくて相談者です!俺達の役割は、エタリウムに来る人達に、転生への道もあることを示す事じゃ無いんですか!?」
「それでも、全員を転生させることは出来ねえから、俺達が選ばなきゃいけねーんだろがよ!」
だが、そのせいでつい会話がヒートアップしてしまい、周りからの視線を集めてしまう。
その事に気付いた俺達は、人目を避ける為に、すぐにその場を離れる。
「先輩も、マシロと似たような人を担当した事があるんですか?」
「なんでそう思う。」
移動中に冷静になると、更にもうひとつ俺は気付いた事があった。
「マシロの事に固執し過ぎてると思ったので。いくらアカバ先輩が、ヴァンパイアを嫌いだとしても。」
「………珍しい話でもねぇだろ、別に。たった1年で転生許可が出るわけねぇって奴を担当するのは。」
アカバ先輩の返事は、やはり俺の予想していた通りだった。
「だとしても、たとえ転生の許可が貰えなかったとしても、彼女が希望するように、ここで心察官として働く可能性だって…
「あいつにそんな選択肢はねぇよ!」
「っ…」
「あいつは転生させちゃいけないんだ。」
「何故、そんなに頑なに…」
そもそも、元々アカバ先輩はマシロの事を、初日で担当を降りることで見切りをつけて、そこで関係は終わりなはずだった。
それが、こうも頑なに彼女が転生をする事に否定的なのには、彼女の容姿以外にも理由があるのは明らかだった。
そして、俺がそれを聞くまでは、考えを変えるつもりが無いのを察したのか、アカバ先輩は『はぁー』と大きくため息を吐くと、『ここでした話は、あまり周りに言いふらすなよ』と前置きをして、ついにその理由を語り始める。
「さて、どう話すとするか。まず、最初に言うとしたら、数値のマイナスが大きいからと言って、記憶を消すのが解決策になるとは限らない。」
「それは、俺も分かっているつもりですが。」
「まぁ、最後まで聞けよ。」
そこで聞かされたのは、『エタリウムに来る奴は、魂が不安定なのがほとんど』『記憶の全消去は、それを更に不安定にさせる』と言うことだった。
「お前は、アルターがどういう場所か知ってるか?」
「いえ、詳しくは。ただ、そこに行った者は2度と転生出来ないとしか…」
「あぁ、そうだな。大体その認識で正しい。アルターに行った魂は、粉々に砕かれて現世に降り注がれる。」
「粉々に…」
「やり方は知らねぇけどな。今はその欠片、現世では魔素って呼ばれてる。」
「成る程…」
確かに、魂が粉々になってしまえば、転生なんて出来るはずもない。
「それと、魂が不安定なまま転生したやつは、稀に魔物として現世に生まれ変わる。」
「魔物に…ですか。」
「そうだ。ここまで話せば、もうこれ以上の説明は必要ないだろ?」
そしてその話を聞けば、アカバ先輩がマシロへ取る態度にも納得がいく。
「まっ、現世がどうなろうが、お前には関係の無い話かも知れねえけどな。」
最後にアカバ先輩はそう言うと、俺の肩をポンと叩いて部屋を出ていってしまう。
「………俺は…このままで良いのか…。」
先輩と別れた後も、家に帰るまでその話が頭から離れなくて、本人が転生を望んでいるかも分からないのに、裁判を受けさせる意味はあるのかと迷いが生まれていた。
そんな気持ちがあったからだろうか
数ヶ月経って、ほとんど変わらない数値に、焦りもあったのだと思う。
いつものように、夕食の用意をしてくれてるマシロが
「これは、お母さんが得意だった料理なんだよ。」
とか言いながら、テーブルへ皿を運んでいる時に
「ここにお前の母親も来たら、もっと数値の改善も早くなるのかもな。」
なんて呟いてしまったのは。
俺が、その事を後悔したのは、
「なんで…そんなこと言うの…?」
そう言って、信じられないという表情で、俺を見つめるマシロの目を見てしまったからだろうか。




