02 当たり前だろう
「おはよーう弁護士さーん。今からどこに行くのー?」
俺が家を出ると、まるでそれを待ち構えていたかのような速度でマシロがやってくる。
「仕事に決まっているだろう。朝から大声を出すな。」
「今日も仕事~?昨日裁判やったばかりじゃーん。ねー、一緒に遊ぼうよ~。」
俺はマシロと言い合いながら歩きだすが、この1ヶ月で段々とこの光景が恒例になりつつあるのか、周りにそれを気にするような人は居ない。
「ダメだ。今から別の面談相手に会いに行くから、お前は着いてくるな。」
「えー、私のお世話だって弁護士さんの仕事でしょー。かまってかまって構ってよ~。」
「暇な時に遊んでるやるから後でな。」
そうこうしている内に、マシロの事を引き剥がせないまま、目的の喫茶店まで来てしまう。
「おい、もう少ししたら相手の方が来るからいい加減離れろ。いい子だから余計なことをするんじゃ無いぞ。」
「はーい。いい子だから大人しくしてまーす。」
「本当にこいつは…。」
どうあっても帰るつもりの無いマシロに、俺は説得することを諦めて、隣の席に座らせる。
「今日はお店で面談なんだね。いつもあのでかい建物に行ってるのかと思っていた。」
「今日会うのが初めての人だからな。いきなりあんな堅苦しそうな所では緊張でうまく喋れないだろう。」
「私の時はその堅苦しそうな建物だったのに?」
「あれは俺が決めたんじゃなくて、最初からそう指定されてたんだ。」
「ふーん。」
「なんだ、お前もこう言う所の方が良かったのか。」
「べつにー。私はちゃんとお話してくれるならどこでも良かったよ。」
「そう言うわりには…。」
そう2人で話していると、約束の時間になり今日の相談相手がやってくる。
「おはようございます。今日は宜しくお願いします。あ、あの…その子は?」
時間になり相談者がやって来ると、マシロが居ることに驚いているのか、席に着かずに彼女を指差す。
「おはようございます。こいつのことは…
「おはようございます!弁護士さんの助手のマシロです!!」
「勝手に助手を名乗るな。」
俺が話している途中で、マシロが割り込んで喋りだしたので、俺は持っていたバインダーを、頭に振り下ろす。
バシンッと小気味良い音が響くと、周りが一瞬静かになるが、直ぐにまた彼女は騒ぎ出す。
「いったーい。何で頭をはたくのさ!」
「助手さん…なんですか?」
「こいつが言ってるだけなんで気にしないで下さい。」
俺は、マシロがこれ以上余計な事をする前に、相手に席に座るように促し、今日の用件の確認を始める。
「では改めて、今日から担当になるクロノです。今回来ていただいたのは、転生許可について相談したいことがある、と言う内容で合ってますか?」
「はい、そうです。初めまして、わたしはミズキといいます。今日は宜しくお願いします。」
お互いに自己紹介を終えると、今日の本題に入る。
「ミズキさんは前世への未練が強すぎて、期待値が上がらず転生出来ないと。」
「はい、そうなんです。生前は嬉しい事に、家族や環境に恵まれて、とても幸せな人生を送ることが出来ました。でも、だからこそわたしにはこれ以上の幸せが思い浮かばなくて…。」
「それで、未来への不安もあり、余計に期待値が下がってしまうと言うことですか。」
「きっとそうなんでしょうね。前世がこれだけ幸せだったからこそ、来世ではこのような幸運に巡り会えるのかと言う不安が…。」
「なるほど、わかりました。とりあえずミズキさんは幸福度の方は高いですし、期間もまだまだあるので、しばらくはゆっくりとここで過ごして、心の整理をつけていきましょう。」
俺は今日の相談をそう結論付けると、今後はどう言った対応になるか整理する。
「ふーむ、そうですね…。ミズキさんは、期待値以外は特に問題ないようですし、まずはご自身のライフイベントノートを読み返して頂いて、前世を振り返る時間を作りましょうか。あとは、他の方にもお願いしていることなんですけど、一週間毎に特に何もなければ、役所かこう言った所のどちらかで今日みたいなヒアリングをしましょう。」
俺がそう言ってこの後はどうするか聞こうとすると、隣からマシロが少し不思議そうな声を出す。
「あれ?私はそんなこと言われたこと無いよ?」
「お前は言わなくても、勝手に毎日遊びに来るだろ。」
「あ、あとミズキ以外の人と私会ったことも無いよ?」
「大体は役所で会ってるし、1週間に1度とは言ってもたいして問題がないなら、別に無理やり時間を作る必要は無いからな。それに、連絡がしばらく無い人は直接家に訪問しているが、ここ1ヶ月は特にそんなことも起きなかったと言うのもあるな。」
俺はマシロが聞いてくるので、他の人に会わなかった理由を説明したのだが、それを聞いて彼女は、他にも何か聞きたいことが思い浮かんだようだった。
「へー、そうだったんだ。てことはそれってもしかして、私も毎日遊びに来なくなったら、弁護士さんが家まで様子を見に来てくれるってこと…?」
「当たり前だろう。最初の時だって、さんざん手こずらせてくれたくせに何を言ってるんだ。」
「あーそういえば来てくれてたよーな気がするな~。へー、そっか…」
しかし、マシロは最後にそう言うと、急に反対を向いてプルプル震えだした。
俺は、彼女が何か良からぬ事を企んでいるのかと思い、先に釘を指しておく。
「おい、だからってわざと引き籠るようなら…」
「そんなことしないよーだ、いー。私もう帰る!」
だが、彼女は唐突に捨て台詞を吐くと、引き留める間もなくその場から走り去ってしまった。
「本当に、あいつは何を考えているのかさっぱりわからんな。」
「元気そうで良いじゃないですか。あれくらいの子ならお転婆さんの方がかわいいですよ。」
「見た目ほど小さい訳じゃ無いんですけどね。まぁ、初めて会った頃よりは、今みたいに騒がしい方がましなんでしょうかね。」
「最初は今とは違ったのですか?」
「なかなか質問に答えてくれなかったりと、色々大変でしたよ。ああ、面倒だと言う点では今も変わらないような気がしますが。」
「あの、良ければお二人の出会いがどんな風だったのか聞いてみたいです。」
「聞いても特に面白いことは無いと思いますけど…。」
ミズキは、マシロが勝手に同席していたことを怒ってはいないようだった。
寧ろ、最初は俺の方だけ向いて話していたのに、今は俺とマシロの関係に興味々な様子だ。
ここで断っても、後で絶対にまた聞いてやろうと言う顔をしているようにも見える。
他にする話題も見付からないので、俺はマシロと初めて会ったときの事を話すことにする。