24 一歩前進
「どうだった。結果は出たのか?」
なんとか裁判の事後処理を午前中に終わらせて、食堂へ向かうとマシロが居たので、俺は正面に座り測定がどうなったのかを尋ねてみる。
「う…ん。結果は出たよ…けど…」
「前にも言ったと思うが、俺はどんなに数値が悪くても見捨てる気は無い。今回の結果を見せてくれ」
「分かった…。はい…これ」
そう言って渡された紙を見ると、そこには幸福度がマイナス100、そして期待値がマイナス190と書かれていた。
「な…こ、これは…」
「先生…ごめんなさい…。まだ全然良くなって無かった…」
「おい!マイナス190だ!190だぞ!?」
「せ、先生っ?!」
「ははっ、はははは…」
俺はその数値を見てつい、笑いが込み上げてくるのを抑えることが出来なかった。
「やったぞ、マシロ」
「えっ?」
「期待値が上がってる。良かった、まだ希望は見えるぞ」
「で、でも…たったの10だよ?」
「それでも、2ヶ月ずっとマイナス200だった数値が変わってる。上がってるんだ!」
そう、俺が担当する前も担当してからも、マシロの状態に関わらず一切変わらなかった数値が、ほんの僅かとは言え遂に変化を見せたのだ。
最悪、測定出来る数値がマイナス200までで、彼女の実際の数値はそれよりも低いのかも知れないと考えていたので、たったこれだけでも、確かに改善が見られたこの事実が、記憶を全て消さなくてもなんとかなるかもしれないと言う希望に繋がると、俺はそう感じた。
「はは、良かった。本当に良かった」
「大袈裟過ぎるよ…先生…」
「そんなこと無いさ。どこまで削ることになるか分からないが、それでもマシロがマシロのままで進める可能性が出てきたんだ」
「削る?」
「いや、その話はマシロがもう少しこの先の事をはっきりと決めたときにしよう。なんにせよ、このまま此処に留まる以外の選択肢を選ぶなら、期待値の改善は必須だからな」
今回の測定により、マシロのマイナスが不変のものではない事が分かったのだ。
今この段階で記憶削除の話をしても、余計な考えが生まれ、本来望まなかった方向へと進んでしまう可能性もあると思い、俺はこの選択肢を彼女には伏せたままにしておくことにした。
「マシロが転生を望むにせよ、心察官への道を望むにせよ、俺達は最善を尽くす。だからマシロも諦めないでくれ。それがきっと、マシロの未来へ繋がると、俺はそう信じてる」
「分かった…。ありがとう…先生」
しばらくして、アイト君が来る時間が近付いてきたので、俺達は正面玄関へと移動する。
「お前、まだそいつと居たのか…」
だが、その途中で彼と遭遇する。
「アカバ先輩…」
「あれから何か変わりはあったのか?」
「そうですね、今日ちょうど測定をしたのですが、期待値に少し改善の兆しが見られました」
「期待値…だけか?」
「はい」
アカバ先輩の姿を確認すると、マシロはすぐに俺の後ろへと隠れる。
俺は、アカバ先輩からマシロの事を聞かれ、彼女の数値に変化があったことを伝えるが、やはり彼の反応は芳しくない。
「幸福度は変わってねぇのか」
「まだ話すべきでは無いと思っているので。今はまず、彼女の進みたい道が決まってから…」
「あれから1ヶ月は過ぎたと思うが、お前はこの期間何をしていたんだ?」
「それは…その…」
「どんなやり方を考えてるか知らねぇが、あのやり方だって万能じゃない。全てをやり直すとなると、俺達が考えてる以上に期限は短い。その事を忘れるな」
アカバ先輩はそう言うと、最後にマシロの方を睨み付ける。しかし、彼女が顔を上げると、視線を合わせないように眼を背ける。
「もっとも、そいつが人間だったらの話だけどな。ヴァンパイアなら催眠でも掛けて裁判の結果なんて幾らでも変えられるだろうしな」
「まだそんなことを言うんですか。どうしてそこまでマシロの事を…」
マシロから聞いた限り、アカバ先輩はマシロと会話をしたことすらほぼ無いはずだ。それなのに何故、こんなにも彼女の事を毛嫌いしているのだろう。
「決まってるだろ。まるでヴァンパイアのようなその姿、その眼。他に理由があるか?」
「ヴァンパイアだなんて…そんな…」
「それ以外の何に見えるって言うんだ、そいつが」
「…見解の相違ってやつですかね。可愛いウサギにでも見えますよ…俺には」
「か、かわっ…」
俺がアカバ先輩の言葉にそう答えると、隣からマシロが何かを呟くのが聞こえる。
「ウサギって…こいつを見てそんな事言えるなんて……、いや待てよ。そう言えばそうだったな。お前はそもそもげん…の…」
「ね、ねぇ…もういいよ!話が終わったなら早く行こ!」
「わ、分かった。す、すいません、アカバ先輩。ここで失礼します」
アカバ先輩が何かを言いかけたが、マシロはここが切り上げ時だと思ったのか、無理矢理俺をここから離そうとするので、彼に一言掛けつつその場を後にする。
正面玄関が見えてくると、そこにはもうアイト君が待っているのが見える。
「アカバ先輩が申し訳ない。普段は本当に良い先輩なんだが、あんなこと言われてマシロが怒るのも無理はない」
「ふぇっ!?お、怒ってる訳じゃないけど、何でそんな…あっ!アイト君もう来てる!そ、それじゃ先生行ってくるね!」
マシロもアイト君の姿を確認すると、そう言って彼のところまで駆け寄っていく。
彼女は此処に来るまで無言だったし、顔も真っ赤にしていたので、てっきりアカバ先輩への怒りが溢れているのだと思っていたのだが、理由を聞く前に走り去ってしまったので、結局いったい何が原因だったのだろうと、俺は首を傾げるばかりだった。




