01 真っ白の少女
―数十年前
カンカンっ
「判決は出た。対象者の幸福度は47。期待値が低いのが少し気になるが、許容の範囲内だろう。よって、対象者の転生不許可を取り消すものとする。」
「お疲れ様でした。無事転生許可が出ましたね。」
「ああ、これで私はいつでも転生出来るのですね。」
「後は気が変わってしまう前になるべく早めに門へ向かうことをおすすめします。最後に挨拶をして回ることで気持ちが変わり、期待値が下がってしまう方もいらっしゃるので。」
裁判が終わると俺はそう言って、今回担当した人へ寄り道をせずに転生へ向かうよう促す。
「幸福度も事前に申し上げていた通りでしたし、期待値を上げるのが間に合ったようで一安心です。」
「えぇ、私はすっかり転生することなんて諦めていたのですが、あなたの言う通りにしてよかったです。」
「では、俺の仕事はここまでなので。この後は迷うことの無いように、お気を付けて。」
最後に自分の出来ることは終わったことを告げ、彼が去る姿を見送っていると、後ろから飛び抜けに明るい声がする。
「弁護士さん、お疲れさまー!」
「また来ていたのか。それに、俺は別に弁護士じゃない。いい加減その呼び方をやめろ。」
「だって、裁判で人の代わりに、難し~い話してるんでしょ?それって弁護士みたいなものじゃん!」
「あのなぁ…。」
この少女は、他の多くの人と同じように、転生の許可が出ずエタリウムに留まっていたそうなのだが、2ヶ月経っても数値の改善が見られないと言うことで、1ヶ月ほど前、俺が直接対応に当たるようにと指示が出された。
そこまではいつもと同じで、年齢が17と若いこと以外、実際に彼女と対面するまで特に気になることは無かった。
しかし、彼女のライフイベントノートを見せて貰った時に、俺は上司達も、彼女自身も、転生を諦めているのだと言うことを悟った。
そうでなければ、幸福度も、期待値も大きくマイナスになっている彼女を、この仕事に就いてまだ数年しか経っていない俺が担当になるはずがない。
「じゃあなんて呼べばいいのさ。弁護士さんだって私の事名前で呼んでくれないでしょ!」
「お前には名前が無いんだから仕方がないだろ。それに、俺の名前はクロノだと何回も言っているだろ。」
ここでは、死んだときの年齢ではなく、精神が1番安定していた年齢の姿で過ごすのだが、今の彼女は元々小柄だっただけで、死んだときと同じ、17歳の姿だと言う。
それにしては子どもみたいだと感じるのは俺だけでは無いはずだ。
エタリウムに来ると、多少姿が変わってしまう影響か、たまに記憶が抜け落ちてしまう人も居る。
しかし、彼女は名前こそ覚えては居ないが、それ以外の記憶は大体残っており、性格等もほとんどそのままだったらしい。
「だったら弁護士さんが名前を付けてよ。いつまでもおい、とかお前、とか呼ばれてたら私の幸福度がどんどん下がっちゃうよ。」
「お前はこれ以上下がりようが無いだろう。だったら、頭がお花畑だからハナで良いか?」
「ぶー、もっとちゃんと考えてよー。今日は名前を付けてくれるまで離れないからね。」
今日も今日とて、彼女は幼い子どものように俺の回りにまとわりついて、いつまでも話しかけてくる。
「どうせ離れるつもりなんか無いだろう。ならば、何もかも真っ白だしマシロなんてどうだ。」
もう名前なんてなんでも良いだろうと、面倒くさくなって、適当に言ったつもりだったのだが、
「マシロ…、マシロ!うん、いいね気に入った!私は今日からマシロ!!弁護士さん、私のことはこれからちゃんと名前で読んでね!」
と、自分の特徴から付けられた名前に、彼女は思っていたよりも喜んだ様子だった。
「俺が言うのもなんだが、本当にその名前で良いのか?」
「うん!マシロ。私の名前だよ♪今日から改めて宜しくね、弁護士さん!」
「結局その呼び方をやめないのか。」
俺はため息をつくと、役所の外に歩き出すのだった。
これは俺がまだ記憶を削ることでしか、幸福度や期待値を上げることが出来ないと思っていた頃、すべてがマイナスの少女、マシロと出会い、別れるまでの物語だ。