12 紅い眼
「諦める…とは…」
マシロの返事に嫌な予感がするが、それでも聞かずにはいられなかった。
「私をアルターに送るなら早い方が良いよって事だよ。」
「お前っ、アルターに行くのが、どういう意味なのか分かっているのか!?」
「うん、昨日も言ったでしょ。ちゃんと知ってるよ。私が完全に消えちゃうんだよね」
「そこまで分かっているのか…。やはりアカバ先輩から聞かされたのか?」
やはり、思っていた通りの答えが返ってきてしまうが、マシロが何故アルターの事を詳しく知っているのか謎だった。
「ううん、あの人じゃないよ。あのアカバって人は、私とノートを見たらさっさと部屋から出ていっちゃったから」
「あの人がそんなことをするなんて…」
「それが私をみた人の普通の対応だよ。私を見たとたん、今すぐアルター行きにしろ!ヴァンパイアは魂ごと浄化だって怒りだす人も居たんだから」
「なんと言う…ことだ…」
マシロの口から話される話が、事実であることを俺は認めたくなかった。
「別に、似たようなことはエタリウムに来る前からあったから、全然平気なんだけど」
「やっぱりさ、私ってこの見た目だからどうしても嫌われやすいんだよね。お日様が出ていると肌が焼けちゃうから、あまり日中外に出られなかったのもあって特にさ」
「でも、ここではそんなこと無くて、お日様の光をいくら浴びても平気なのっ。弁護士先生のお家に向かうとき、気付いたときはすっごく嬉しかったの。ホントだよ?」
マシロは、自嘲の笑みを浮かべたかと思うと一転、嬉しそうな顔へ表情を変化させる。
「あの時先生ってば、意味が分からないって顔をしていたよね」
「あ、あぁ。そんな事情があるとは知らなかったからな」
「最初に会ったときも、今もずっと優しくしてくれて、ありがとう…先生」
「お、俺は当然の事をしているだけで、そんなつもりは…」
自分としては、他の相談者のように対応しているだけなのに、ここまで大袈裟に感謝されると困ってしまう。
そして、先程まで笑顔を取り戻していたマシロが、再び表情を暗くする。
「だけどさ、どうして先生は私にそんなに優しくしてくれるの?」
「どうして…と言われると、仕事だからとしか答えられないが…」
「でも、他の人達は、お仕事をすぐに投げ出しているよ?自分達の都合で私の事を役所に呼びつけるくせに…」
「呼びつける…とは。最初の時も自分から相談に来たわけじゃなかったのか…」
この1ヶ月で、マシロがどういう子なのか分かってきたと思っていたが、この2日で、彼女の事を全然知らなかったと言う事を思い知らされる。
「そうだよ。私がマイナス300もあるからなのかな?何度もしつこく呼び出されるんだ」
「それは、なんと言うか…申し訳ない」
「ううん、もう気にしてないよ。それよりも教えてほしいんだけど…」
そこまで話して、マシロは少し躊躇うように1度目を伏せたかと思うと、顔を上げて俺にこう問いかける。
「弁護士先生はいつ私を裏切るの?」
一瞬何を聞かれたか分からなかったが、かろうじて平静を取り戻して
「そんなこと…、するはずがない…」
とだけ言い返す。
「どうして?私に優しくしても、誰からも誉めてもらえないよ?」
「お前は…本気で…、そんな理由で俺が裏切ると思っているのか?」
「だって、このままだと昨日みたいにお役所の人ともケンカになっちゃうし、先生にとって良いことなんて1つも無いよ?」
「対応の仕方で衝突することなんて、よくある話だ…。そんな…どうでも良い理由で、お前を見捨てるなんてあり得ない…」
俺は必死に疑いを晴らそうと言葉を重ねるが、マシロはどうしても信じきれないと言った様子だった。
「なんで!?おかしいよっ!先生はおかしい!!」
「な、何がおかしいんだ」
「全部だよっ!私の事を見て逃げ出さないのも、私の眼を見て何も言わないのも、私に優しくしてくれるのも…、全部全部、ぜんぶっ!!」
遂に堪えきれなくなったのか、マシロは立ち上がり、大声で叫び始める。
「そ、そんなの当たり前の事ばかりじゃないか。子どもに優しく接するのだって当然のことで…」
「そんなこと無い!そんなこと無かった…。先生と、お母さん以外、今まで誰もそんなこと…」
途中で言葉に詰まったかと思うと、彼女は瞳から涙を溢し始める。
「な、泣かせるようなことを言ってしまったか?」
その姿を見て俺がそう言うと、マシロは自分の頬に手をやり、初めて自分が泣いている事に気付く。
「どうして…、私泣いてるの…?」
「マシロ…」
俺はかける言葉が見付からず、せめて涙を拭ってやろうと立ち上がるが
「いやっ!これ以上私に優しくしないで!!これ以上、私に期待させないで…。もう…何も信じたくない」
と、マシロに激しく拒絶の意思を示される。
この状態では、慰めのや励ましの言葉を言っても空虚なものになってしまうと思い、ただ心から出た言葉を伝える。
「信じなくて良い…。俺が勝手に見捨てない」
「やめて…、やめてよ。そんな…こと言われたら、また期待しちゃう…」
「だ、大丈夫か?」
興奮しすぎて苦しくなったのか、マシロはぎゅっと胸の辺りを押さえる。
「先生に優しくされると、どうしてここが痛いの…?胸の奥が…熱くて、痛くて、こんな、…こんなの初めてで…」
「マシロ…」
俺は、マシロを見て気の利いた言葉も、言えず、何も出来ないままに立ち尽くす。
そんな俺を、彼女はすがるような眼で見たと思うと
「分からない、どうしたら良いのか…全然分かんないよぅ…」
そう言って、堪えるようにヒックヒックとしゃくりあげ始めた。
「………こう言うときに、我慢する必要は…無いんじゃないか……」
その時俺は、こんなことしか言えず、マシロの頭をそっと抱きしめてやるくらいしか出来なかった。
「うぅっ……、うあぁぁぁーーーー」
そして、完全に耐えきれなくなったのか、彼女は、初めて俺の前で大声で泣いたのだった。
マシロの頭をしばらく撫でていると、段々と落ち着いて来たのか、スンスンッと言った泣き声に変わり、此方の様子を窺うように顔を上げる。
俺はその時、涙に濡れて、いつもより一層紅く輝いた瞳を見て、つい
「綺麗な眼をしているな」
と呟いてしまう。




