10 アルター
「ヴァンパイア女…?」
俺はアカバ先輩から出たとは信じられない言葉に、思わず聞き返えす。
「ヴァンパイアとはどういう意味ですか?」
「お前の隣に居るそいつの事だよ」
「な、何でそんな呼び方をしてるんですか」
「真っ白な姿と赤い眼をしている。その上昼には全く外に出ようとしないんだ。まさしくヴァンパイアだろ」
「だとしても、子どもに言って良い言葉じゃないですよ」
普段なら子ども扱いにすぐ怒るマシロだが、今はそんな余裕が無いのか、静かに俺の袖を掴んでいる。
俺はそんなマシロを、なるべく先輩から話し掛けられないよう背中に隠してやる。
「どうせそいつは転生出来ないんだから何やったって無駄だ」
「なんて事を…。相談者の希望に最大限寄り添うのが俺達の仕事なんじゃないんですか!?」
「常識の範囲内ではな。だが、そいつはそうじゃないだろう?」
「可能性が無いって言いたいんですか」
「ああそうだ。そんなやつはさっさとアルターに送ってやった方が良い」
「お前、なに言ってるんだ!?」
アカバ先輩から飛び出た衝撃的な提案に、俺はつい口調が乱れてしまう。
それもそうだろう、通常アルター行きと言うのは、1年の滞在期間を過ぎるか本人が望まない限りは選ばれることのない選択肢だ。
それは何故か。アルターと言うのは、最終的に転生出来ない者達が行き着く場所ではあるが、そこへ行くことは文字通り人生を終わらせると言うことになるのだ。
具体的に言うとアルターへ行くと、人々は魔素と言うエネルギーに変換され、現世へばら蒔かれる事になる。
それはつまり、これまで過ごしてきた記憶や諸々を全て失い、完全にその人が、魂ごとこの世界から消滅すると言うことを示している。
要するにアカバ先輩は、マシロを1年の期限を待たずして世界から消滅させろと言っているのだ。
「本人が居る前でよくもそんなことを…」
「どうせ何を言ってるか理解しちゃねーよ」
「だからと言って、冗談で済まされるような内容じゃないですよ」
「悪いが、俺は冗談のつもりで言ってねぇ」
「それは、さっき言ってたヴァンパイアって事に関係があるんですか?」
このまま話していても埒が明かなそうなので、俺はアカバ先輩がどうしてそんなにマシロの転生に消極的なのか理由を聞いてみる。
「そっちはあまり関係ねぇな」
「ならば、マシロの数値の方ですか…」
「まぁ、そうだな。悪いことは言わねぇ、そいつの転生はもう諦めた方がいい」
「そんな…、マイナスだからって諦める理由にはなりませんよ。それに、最悪あの方法だって…」
ここまでマイナスが酷いとしても、まだ数値をゼロにする方法が無いわけではない。
その事はアカバ先輩だって知っているはずだ。
「確かにまだやり方はあるが、お前はそれを選べるのか?」
「はい」
「だったら何故まだしてない」
「それは…」
「本人の為を思うなら早い方が良いんじゃないのか?」
俺の中でそれは最終手段だと思っていたが、アカバ先輩はそうでは無いらしい。
「まだ半年以上時間はあるんです…、もう少し様子を見てからでも…」
「お前の中でちゃんとそれが手段の1つになってるなら、今はこれ以上言わないが」
「他の人にもしているんですから、マシロにだけ躊躇うなんてことは無いですよ」
「そうか、だがその手段を取ったとしてもあくまでゼロになるだけだからな。やるなら早い方が良いと言うのは変わらないからな」
「心に…留めておきます…」
話が途切れるのを待っていたのか、俺がアカバ先輩にそう言うと、後ろからマシロがクイクイと裾を引っ張る。
「ねぇ、お話終わったなら帰ろうよ…」
「あぁ、そうだな。では、すいませんアカバ先輩、俺はここで失礼します」
「俺のやり方を強制するつもりは無いが、相談者との距離感を間違えるなよ」
アカバ先輩は、最後にそう忠告すると、引き留めるつもりはないのか、そのまま去っていく。
それを見送ると、マシロにさっき聞きそびれた事を尋ねる。
「あー、今の人はアカバさんと言うんだが知り合いだったのか?」
「知り合いって言うか、先生の前に担当してくれた人の1人だよ…」
「なっ、俺の他にも担当だった人が居たのか!?」
「うん…」
マシロは、役所には何回か来たことある感じだったので、アカバ先輩と知り合いでもおかしくは無いだろうが、まさか彼女を担当していたことがあるとは思わなかった。
「私、実はアルター行きがどういう意味なのか知ってるの…」
「ど、どこで聞いたんだ。まさかアカバ先輩から?」
それだけでも衝撃だが、更に彼女から尋ねた以上の答えが返って来て驚いてしまう。
先程の先輩の様子からすると、教えたのは彼では無さそうだが、だとするといったい誰が彼女にアルターの話をしたのか。
「今日はなんか疲れちゃったから、お話するのはまた明日にしよう…」
「そうか、そうだよな…。気が利かなくてすまない」
マシロの言う通り、ここでこれ以上話すような内容ではないし、ご飯に行くと言う空気でも無いので、彼女を家まで送って今日は解散するのだった。
「ありがとう先生、じゃあね」




