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白旗を上げてなるものか

舞台は現在にもどり───。


そう言う経緯を持って今日(こんにち)まで暮らしてきたチリル、彼女は目の前で自分達を見つめるエリザヴェーラ───チリルにとっては悪役令嬢そのもの───を見てワクワクとした感情を押し殺している。外見上は、公爵令嬢に怯えるか弱い乙女だがその内面は真逆をよく、実に強かであり愚かそのものだった。


(あぁ.......!ついにここまで来たわ!本当に長かった、本の中ではあっという間に辿り着く瞬間なのに、ページを開くように時間が進まないからしんどかった。2年もかかるなんて、何で時間の流れは本の様に進まないのかしら。でも漸く待ち望んだ瞬間を迎えられたから、満足だわ。さぁ、あとは悪役令嬢を断罪し皆に祝福されジェノス様と結婚するだけ!)


チリルは油断すれば歓喜の笑みを浮かべそうな己の表情筋を、必死に取り繕い悲劇のヒロインを装う。この時点で、チリルは現実とフィクションの境界が失われていることを、誰もチリル自身も知らずにいる。

チリルの心情を知らずに、エリザヴェーラとジェノスフリートは会話を続ける。


「精神的に、で御座いますか。具体的にどのような内容かをお尋ねしても宜しいでしょうか?」


「白々しい真似を。己自身で行った行為を知らぬふりをするとは、不快でしかない女だ。チリル、幾度が確認の為聞かせてもらった内容を.......君の心に負担がなければ、もう一度聞かせてもらってもいいかい?」


「ジェノス様ぁ.......」


エリザヴェーラに向ける冷たい声色とうってわかり、チリルに向ける声は優しく暖かなものだ。2人への態度の違いもあるが、この場にいる者たちが耳を疑ったのはチリルが、王太子であるジェノスフリートを愛称で呼んだことだ。

平民ならば、親しい友人の名を省略したり愛称で呼ぶことで親愛を表しても問題はない。が、貴族社会となれば多いに問題となる。貴族や王族の名前を愛称で呼ぶのは、ごく限られた者しか許されない。とくに王族とかれば、容易く愛称で呼ぶことを許しては権威に関わるし示しがつかない。

ごく限られた、家族や婚約を交わした婚約者のみに己の名を愛称や省略で呼ぶことを許すことで、王族の名の尊さと名を呼べる名誉を強調させるのだ。爵位の低い、ましてや平民の血が流れ2年の時間もあったのに、貴族令嬢としての振る舞いを身につけず、己の振る舞いを正当化するように振舞ってきたチリルが、王太子であるジェノスフリートを愛称で呼ぶのだから驚くのも必然である。


エリザヴェーラも、チリルの不敬であり貴族社会では非常識である行為に綺麗にカーブを描く眉をクイッと潜めるた。


「ヴォーグン男爵の御息女.......チリル嬢、いくら殿下がお許ししたとしても、公の場で王族の名を愛称でお呼びになるのは、殿下の権威に示しが付きません。言うなれば不敬でありますわ」


「そんな.......ッ!あぁ…、何で冷たい事をッ!私はっ、私っ、不敬なことなんて.......ただ、ジェノス様を想っているだけなのに.......!エリザ様は、どうして私を突き放す様な事を言うんですかっ」



─エリザ様─


エリザヴェーラは、チリルに1度たりとも愛称呼びを許した事もなければ今まで彼女名を呼ばれたこともない。まるで、ずっとエリザヴェーラを慕ってきたかのように振る舞うチリルに、エリザヴェーラは不愉快な感情しか抱けない。

それもそのはず、この2年の間。チリルは、淑女の作法も貴族社会で生き抜くに必要な知識や価値観を会得してこなかった。むしろ、古くから続く貴族の作法を煙たがり時には難癖を付けてきたり酷評してくるのだ。

特に、令嬢達への態度は目にあまり今のエリザヴェーラの様に子供でも分かるように忠告、やんわりと指摘するモンならまるで肉食動物の餌食になろらんとする小動物の様に震え、翡翠色の瞳から尋常じゃない程の涙を流し己の血筋の話や、片田舎での質素な暮らしをドラマチックに語り、自分の行動にものを申してきた令嬢達を悪意の根源の様に表現し責め立てる。


悪質なのが、どれもがチリルが被害者でものを申してきた令嬢達が教授するここでの貴族令嬢での常識が間違っているかのように悲壮感溢れる声でいってくるのだ。

それを目の前でやられれば、当事者の令嬢達は自分が悪い事をしたような嫌な気持ちを植え付けられ、周囲の目線に怯えてしまう。逆に、異性の令息達には子猫のように擦り寄り思わせぶりな仕草や目線で翻弄する、それは婚約者がいる令息や既に想い合う令嬢がいる令息相手関係なしに。その姿は、愛らしく無邪気に見えるが見方を変え言葉を俗欲的に言うなら娼婦のようだった。そんなチリルの姿をエリザヴェーラも幾度も目にしている為に、チリルがどんなに好意的な態度を真似てきても不愉快でしかない。

エリザヴェーラの冷静な指摘に怯えるように震えて涙ぐむチリルを抱きしめ、ジェノスフリートは今までエリザヴェーラに向けたことない熱量憎悪に満ちた目で睨みつけてきた。


「エリザヴェーラッッ!お前はなんて冷酷な女だ、チリルが私の名を愛称で呼ぶことに難癖をつけるとは。お前には柔軟な思考はないのか?例え、貴族社会のしきたりであっても王太子である私には関わりない事ッ!いくら婚約者の身であったのに、私の関心や愛情を得られなかったからて、か弱いチリルを脅かすなんて.......!」


「はあ.......左様ですか」

(関わりない事、ですか。以前から頭の痛い方と思ってましたが.......いえ、チリル嬢と出会ってから愚かに成り下がったのでしょうね。チリル嬢と出会う前は、幼稚さはありつつも聡明な方でしたのに.......)


と───、エリザヴェーラが痛みで血管が脈打ちそうな米神を抑えたい衝動に耐えながら、ジェノスフリートのあまりの王太子とは思えない身勝手な発言に返す言葉は呆れたものしか無かった。頭に血が昇っているジェノスフリートは、その事にすら気づいていない。いや、周囲の目線すら気づいていないだろう。難癖つけられた側であるエリザヴェーラですら、視線を受けずともこの場の空気に胃が軋むようないたたまれなさに襲われていると言うのに。


(そもそも本当にか弱ければ、指摘してきた令嬢達を悪のように仕立てたり婚約者のいる王族や令息達に擦り寄ることも、非常識な行動をフリであってもできませんわよ。ジェノスフリート様が想い描くよりも、チリル嬢は強かで女の嫌な面をかき集めた様な人柄でしてよ)


扇で口元を隠しながら、色々な感情を込めてエリザヴェーラはため息を付いたのであった。

と、エリザヴェーラの意識が2人から外れている間にことは進んでいた。庇護欲を掻き立てるように身を縮こませ、震えているチリルの肩をジェノスフリートは優しく抱き、零れそうな涙を空いてい手ですくい上げながら、彼女を落ち着かせる様に言う。


「さぁ、チリル.......君が恐れるモノは私が排除する。だから話せる範囲で、あの冷酷な女の悪行を皆に話してやってくれ」


(あ、一応周囲に人がいるのは見えていましたのね.......てっきり、私とお2人しか居ないと思っているのでは。と疑ってましたわ)


「グスッ.......ジェノス様ぁ.....、私......怖いですけど頑張りますッ。だって.......ここにジェノス様がいるんですもの」


「チリル.......!!君という少女は本当にいじらしっ」


「ジェノス様ぁ」


ひしっと互いを抱き締め合う2人を冷めた目で見つめるエリザヴェーラは、疲れた様にため息を吐く。


「あの.......早く話を進めて下さいまし。このままでは、夜も深けてしまいますわ」


「キャッ、ジェノス様..エリザ様が恐ろしい目で睨んできます....!」


「エリザヴェーラッッ」


「はあ.......もう分かりましたから、早くお話をして下さいな」



一向に進まない状況に、エリザヴェーラは苛立つ感情を抑え冷静に2人に声をかけるも、何故が自分がチリルを虐げたかのように扱われ、いっその事帰ってしまおうかと思ったがこのまま投げ出して踵を返すのは、エリザヴェーラのプライドが許さなかった。

疲労が蓄積する心情が影響してか、重くなる肩を持ち上げ、チリルに続きを託す。一向に取り乱さないエリザヴェーラに、不満そうに小さく唇を尖るせたが直ぐに憐れな乙女の顔にすり替え、チリルは細々と語り出す。その切り替えの速さだけは、歴史に名を刻む舞台女優のようだが、チリルと同格にしては彼女達があまりにも哀れだ。


「えっと....えぇっとぉ.......、私がお友達である方とお喋りをしていたら突然エリザ様がやってきて、それはそれは本当に怖い声で私を責めてきたんですぅ.......どんなに抗議しても、ご自分が1番正しく正義だと言う様に振舞ってきたこられて.......私、どんなに怖かったか.......!こんな私と親しくしてくれる数少ないお友達と話していただけなのにぃ!」


「可哀想に.......!私がいない時にそんな事をっ」


ここで、エリザヴェーラがそっと手を挙げた。上に挙げすぎるのは、淑女として品がないので控えめに。


「王太子殿下、私の言い分を発言する事を許可して下さい」


「ふん、良いだろう。どんな無様な言い逃れを口にするか見物だな」



「ありがとうございます。では───、チリル嬢がお話になられた事ですが、私が彼女に言いましたのは『婚約者のいる殿方に気安く、安易に話しかけてはいけませんよ』と言う内容です。いくら歳が近いとはいえ、我々は貴族。デビュタントもこなし、大人の仲間入りをした現在、将来夫婦になる約束をした相手がいる異性と、2人っきりで会話をするのは有らぬ誤解を呼ぶ上に、非常識でございます」


「そんなッッ、酷い.......!2人っきりで話してません、例え話した時があっても開けた場所で話していたのですから、やましいことはありませんっ。エリザ様の目はふしだらです、不潔ですわ!」


「は───、私が?.......おほほ、本当に愉快な方ですわね。私は貴族社会問わず、一般的な事を口にした迄です。それをふしだらや、不潔と言い切るなんて.......ご自身に身に覚えがあるからでてくるのではなくて?」


「なっ!?」


「エリザヴェーラ、不敬であるぞ!チリルに謝罪しろ!」


「不敬?何故でございますか、チリル嬢は男爵令嬢。王族はございません、不敬に値するお方ではありませんわ」


「なんて言う傲慢な口ぶりだ。チリルは私の妃と約束された乙女、未来の国母となる者に対してお前の言いぶりは不敬でしかない!お前に婚約破棄を宣言した時点で、何故理解していない?優秀であると持て囃されているが、その鈍い有様は愚かでしかないな!」


「っ───......」

(この人.......本当に王太子?本当に同じ国の人間なの?言っている事も無茶苦茶だわ。チリル嬢が、未来の国母?有り得ませんわ)


公爵家の娘とし、同時に貴族の令嬢として恥ずかしくない様に生きてきたエリザヴェーラ。決して偏った価値観に囚われず、柔軟な目線を持ちつつ守られるべき常識を守り、誇りを持って生きてきたエリザヴェーラにとってジェノスフリートの言い様は彼女の生き方と彼女を評価し、信じ応援してくれる人達対して侮辱したようなもの。

怒りに乗っかり、目の前の男をてにした扇で殴り飛ばしたくなったが、それは誤った判断だ。

これまで人を叩いた事もないエリザヴェーラには、そんな覚悟は持てないし実行してしまったら最後、家族や自分と親しいもの達に火の粉が飛ぶのは目に見えている。唇を噛み締め、手のひらに扇の持ち手の痕が付いてでも越えれなければならない。



どんなに自分をこけ下ろされても、こんな愚かな2人に負けたくない。


負けてはならない───。


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