始まってから終わる物語
この日の夜は、紳士淑女の若者たちが集い学ぶ学園の卒業式後の夜会。そんなめでたい日であるのに、それをぶち壊し台無しにする事態が起きた。
「エリザヴェーラ・ベレンツ!!」
煌びやかなシャンデリアの明かりに照らされた広間に、若々しくも力強い声が響く。
賑やか談笑、明るくテンポのよい音楽は鳴りを潜め不安を駆り立てる程に静まり返る。
高らかに声を上げたのは、このローデンハイド国の王太子であるジェノスフリート・ローデンハイド。滑らかでサラリとした金糸の髪に、真夏の昼空の様な真っ青な青い瞳。健康的でくすみもない肌に体幹よくまっすぐに伸びた身長に相応しい肉体を持った、まさに麗しいの王子殿下を体現したような姿に名を呼ばれた令嬢以外の誰もがほぅと息をひとつ吐いて見惚れた。
名を呼ばれた令嬢───エリザヴェーラ・ベレンツ公爵令嬢は友人との会話をとめ、ゆっくりと優雅な流れで振り向く。
振り向いた時に揺れる、艶やかな赤みのある茶色の髪はまるで大輪の花のよう。長い睫毛の下に鎮座する瞳は深い紅、気高く彼女の誇り高さを表す様に目尻はキリリとつり上がっている。瑞々しく張りのある肌は、シャンデリアの明かりに照らされた真珠の様に輝き身に纏う真紅のドレスの鮮やかさを強調している。
エリザヴェーラは、手にしている扇で口元を隠しながらまっすぐにジェノスフリートを見つめた。
「まあ、殿下。婚約者であっても、1人の淑女.......そんな私わたくしをそんな荒々しい声でお呼びになるなんて、野蛮でございますよ」
そう───、ジェノスフリートとエリザヴェーラは生まれてすぐに婚約を交わされた間柄。この国に公爵家は2家あるが、その中で王家との婚約に値するとしてベレンツ家の一人娘である、エリザヴェーラが選ばれた。
「野蛮?それはお前の方ではないか?美しく気高い容姿の裏に、淀んだモノを潜めたお前の方こそ野蛮である。ジェノスフリート・ローデンハイドの名のもとに、この場この時を持ってエリザヴェーラ・ベレンツ公爵令嬢との婚約を破棄することを宣言するッッ!!」
─ざわッ─
ジェノスフリートの宣言した内容に、その場にいる誰もがそれぞれに声を零しそれが束となり会場をざわつかた。
王家と、王家に次ぐ高貴な立場である公爵家の婚約を王太子が───しかも、聴衆の面前で───自らから婚約破棄を告げるなど、どの歴史を顧みても前代未聞である。
例え、婚約破棄の事例があっても正式な手続きを踏まえ外部に情報が漏れぬよう厳重に守られた部屋で、両陛下とその子。公爵夫妻とその子が対面し契約を切ってから初めて成立し、その後に王家正規の新聞で貴族と平民達に知らされる。でないと、余計な不信や疑念を産み、中には良からぬ企みを企てて擦り寄ってこうとする者が出てくるからだ。
これは、婚約を交わす場で年齢とわず契約を交わす両者に教えられる。
知らなかった、と言い逃れは出来ないし、忘れてたなどと言う愚かしい言い訳を吐く真似は許されない。それを、目の前の王太子は易々と言ってのけた。
王家の血筋を持った者とは思えない行動に、伝統としきたりを重んじる貴族達は我が目と耳を疑った。
それに反し、婚約破棄を言い渡されたエリザヴェーラは冷静であった。むしろ、背筋を伸ばし気高き女帝の如く堂々とした姿に、誰もが見とれてしまう。
「婚約破棄.......でございますか。理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか、唐突に理由を言わずに婚約破棄を申し付けられましても納得しかねますわ」
と、エリザヴェーラはコテンと首を横に傾けた。
耳飾りのルビーのイヤリングが涼やかな金属を立てながら揺れる、装飾品の揺れる音が目立つほどにこの場は静まり返っている証拠だ。
ジェノスフリートは、エリザヴェーラの態度に憤慨する事も不機嫌になることも無く、ただ美貌をしかめっ面にしかめ彼女に語りかける。
「理由だと?それはお前自身、心当たりがあるのではないか」
「と.......申しますと?」
「私の傍らにいる少女、チリル・ヴォーグン男爵令嬢を卑劣かつ悲惨な方法で痛めつけたそうだな。しかも陰湿な事に、物理的ではなく精神的に痛めつけるとは.......なんて恐ろしい女だ」
名を言われた少女───チリル・ヴォーグン男爵令嬢は、綿菓子の様にふんわりとした亜麻色の髪をし輝く翡翠の様な緑の瞳を潤ませ、ジェノスフリートに身を寄せ付ける。