公爵令息、巻き込まれる②
「それがクジとやらか。よし、じゃあ俺から……」
「殿下、畏れながらレディファーストですわ」
「なっ!?」
リゼット伯爵令嬢にビシッと言い放たれたウィルフレッドは、予想外だったのか一瞬フリーズした。どうやら注意されたらしいと気づき、食ってかかろうとしたところを、ベネディクトがすぐに止めに入る。
「殿下、ここは器の大きさを示しましょう」
「う、器?」
「はい。身分が下の者にも寛容な姿勢を見せることで、皆、殿下の大きなお心に、尊敬の念を新たにするでしょうし、皇女殿下にも好ましく思っていただけるかと」
「……なるほど!」
ベネディクトの口から出任せに、単純なウィルフレッドはすぐに納得した。だが、この程度で、尊敬の念も好意も抱かれるはずがないことは、ベネディクトだってわかっている。ただ、王家の親戚として、経済界で力を持つ伯爵家を敵に回すべきではないと判断し、口から出任せを言っただけだ。
結果的に、ウィルフレッドは満足げなので良しとした。
「では、アレクシア様から」
リゼットに促され、アレクシアは箱に手を入れる。その様子をぼんやり見ていたベネディクトは、違和感を覚えた。
(あれ?今、皇女殿下、魔法を使ったような……)
箱の中で、微かに魔力の波が乱れたことを、ベネディクトは感じとる。だが、他に気付いた者はなく、何のトラブルもないまま、女子生徒のくじ引きは終了した。
アレクシアは最後列の席を引き、そのすぐ前はシンシアだ。アレクシアの左隣は別の令嬢が引き当てたが、右隣は空席、つまり、男子生徒が座ることが内定した。
なお、シンシアの右隣も空いている。
「それでは次は殿方……ウィルフレッド殿下から、お引きください」
「ふん!ようやく俺か。よし何とかしろよ」
「そんな無茶な……」
ベネディクトの声を聞くこともなく、ズカズカと箱の前に立ったウィルフレッドは、迷いなく箱に手を突っ込んだ。
何とかする術などないまま、その様子を呆然と見つめていたベネディクトは、箱の中で再び魔法の揺れを感じた。
(え?)
しかしウィルフレッドに異変はない。一枚の紙切れを引っ張り出し、伯爵令嬢に押し付ける。
「ウィルフレッド殿下、十四番です」
「おお!」「なんと!」「まさか!」と一気にざわめきが広がった。
十四番は、まさにアレクシアの右隣だった。
一拍遅れて気付いたウィルフレッドは、派手なガッツポーズをした。王子どころか、貴族にあるまじき仕草である。
しかし、狙っていたアレクシアの隣を見事に引き当てるという、運の強さを見せつけられた生徒たちからは、自然と拍手が起きた。
「やっぱり腐っても王族。神に愛されておられるのだなあ」という誰かの失礼すぎる呟きを小耳にはさみつつ、ベネディクトはこっそりアレクシアの様子を見た。
なにせ、チェスナット国民であるクラスメイト達は、ウィルフレッドの強運を喜んでいるが、せっかく留学してきたのに、隣がアレでは、アレクシアにとってはいい迷惑だろう。
申し訳ない気持ちで、アレクシアの表情を窺ったウィルフレッドは、そのまま硬直した。
(わ、笑っておられる……?)
その上品な唇の端は上がり、切れ長の目じりも、僅かに下がっていた。慈悲深い女神のような微笑みに、ベネディクトは思わず見惚れた。
「……クト様、ベネディクト様!引いてくださいまし」
「あ、ああ!すまない」
リゼットの声に我に返ったベネディクトは、慌てて箱の前に立つ。
さて、ベネディクトの希望は二つ。シンシアの近くになること、そして、ウィルフレッドから離れることだ。幸い、シンシアの右隣は空いている。だが、そこは同時に、ウィルフレッドの前の席でもあった。
この時点で、ベネディクトの希望は両立しない。
(ええい、もうどうでもよい!)
なるようになれ!と箱に手を入れた瞬間、強力な魔力がベネディクトの手を包んだ。ベネディクトが呆気にとられている間に、彼の手には一枚のくじが自動的に貼り付いた。何かに操られたかのように、そのまま箱の外に手を出す。
リゼットはベネディクトの手から、くじを取る。
「ベネディクト様、十三番です」
(で、出来すぎだろう……)
見事、ベネディクトはシンシアの隣、ウィルフレッドの前の席に収まった。
――まるで、誰かの掌で踊らされているかのように。
なぜか分からないが、ベネディクトの背筋が寒くなる。その時、頭の中に直接声が響いた。
『余計なことは考えないことです』
「え!?」
「ど、どうされました?」
思わず声を上げたベネディクトに、シンシアが驚いて声をかけてきた。久しぶりにシンシアから話しかけて貰えたというのに、ベネディクトはそれどころではない。
『私の魔法に気付くとは、貴方は思った以上に優秀なようですね。嬉しい誤算です』
ベネディクトはその美しい声の主に、心当たりが思いっきりあった。だが、斜め後ろにいるはずのその人を、振り返る度胸は、彼には無い。
『貴方はこのままウィルフレッドを支えなさい。悪いようにはしないから。……シンシア嬢とのことも、ね?』
王家に連なる公爵家嫡男として生まれ十五年。ベネディクトは人生で、これほどの恐怖を感じたことはなかった。
こうして、地味に平和に、初恋の女性を手に入れることだけを目標にしていたベネディクトの人生計画は、跡形もなく崩れ去ったのだった。