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王子、不幸続き(自業自得)

「クソッ、なんだあの女!絶対に許さん」

「まあまあ殿下、落ち着いてください」

「うるせえ!」


 ゴロツキのような言葉遣いで喚きながら廊下のど真ん中を歩くウィルフレッド達一行に、他の生徒たちは怯えたように端に避けていく。

 目を合わせないように俯きつつも、それでもチラチラと視線を向けてしまうのは、十代の抑えきれない好奇心によるものだろう。


 そしてウィルフレッドは、動物的勘でそれを察した。


「おいお前、何を見ている!?」

「も、申し訳ありません!何も見ていません!」

「嘘を吐くな!俺を見て笑ったな!?」

「け、決して!」


 必死に平伏する男子生徒に絡むウィルフレッドの頭には、大変物の良さそうなスカーフが巻かれている。理由は言わずもがなだ。

 それはそれでお洒落ではあるのだが、本人にとっては絶対に触れられたくない恥部のため、かなり過敏になっていた。


「たかが子爵令息が殿下をバカにするなど、言語道断!」

「バカになどしておりません!お許しください!」


 取り巻きたちも揃って哀れな男子生徒を責め立てる。ウィルフレッドの取り巻きは全員上流貴族の令息たち。子爵令息の彼はただひたすら頭を下げる以外、為す術もない。

 見かねた周囲がそろそろ教師を呼びに行こうとした時、華やかな女子の笑い声が近付いてきた。


「まあシア様、それは本当ですか?」

「ええ。我がフレイヤではごく普通のことよ」

「素敵!是非わたくしもフレイヤに伺いたいですわ」


 キャアキャアと興奮した女子生徒の中心にいるのは、皇女アレクシア。

 どんな話をしているのか、アレクシアは既にチェスナット王国の令嬢達の心を鷲掴みにし、愛称呼びを許している。

 話に夢中な女子の群れはただならぬ空気を気にすることなく、真っ直ぐ廊下を突き進んできた。


「げっ!」


 アレクシアの姿を見たウィルフレッドはフリーズした。

 傍目からは、衝撃のあまり思考停止に陥っているようにしか見えないが、一応、その頭の中は目まぐるしく動いている。(ウィルフレッド比)


(昨日の屈辱を晴らすべく、この生意気な女を怒鳴ってやるか、或いは父や大臣どもの期待通り、少しばかりおだててやって、俺の女にするか……)


 たっぷり沈黙の時間が流れた後、ウィルフレッドは動き出した。

 目の前に堂々と立つアレクシアから目を逸らし、回れ右をして、一目散に廊下を駆け出した。


「で、殿下!?」


 取り巻きたちは慌てて追いかけていく。

 表情一つ変えずにその背中を見送ったアレクシアの周りで、令嬢たちは次々と口を開く。


「まあ、何でしょう、殿下のあのご様子は」

「シア様、申し訳ございません。王子殿下は、その、少々恥ずかしがり屋でして……」

「ええ、その、シア様の御美しさに気後れなされてしまったのかもしれませんわ」


 まともに挨拶すらせず逃げ出した自国の王子に呆れながら、令嬢達は必死にフォローする。

 ウィルフレッドのことはどうでも良いが、彼女達も貴族令嬢。国のことは守らなければならない。


「大丈夫よ。気にしてませんわ」

「さすがシア様、お優しい……」


 ニコリと微笑むと、アレクシアは新入生の教室へ向かっていった。


 ◇◇◇


(こ、怖い怖い怖い!)


 一方ウィルフレッドは、アレクシアの美貌が完全にトラウマになっていた。

 今日こそ威勢よく言い返してやろうと思ったのに、アレクシアを目の前にすると、胃がキュッと縮まる感覚がし、いてもたってもいられなくなった。


「で、殿下!いかがされましたか!?」

「なんでもない!は、早く教室に行こうと思ってな」


 追い付いてきた取り巻き達に怪しい言い訳をしたウィルフレッドは、アレクシアが絶対に現れない安全地帯、二年生の教室棟に駆けこんでいった。


 ちなみに、チェスナット王国王立学園高等部は二年制。成績順にクラスが分かれている。

 昨日は入学式のみだったため、上級生の授業は今日から。クラス分けの掲示を見た生徒たちは、順番に振り分けられた教室に入っていく。

 その掲示板を見る行列を当然のごとく無視して、一番前に割り込んだウィルフレッドは、上位クラスから順番に自分の名を探していく。


(最上位クラスには……ないだと!?王子たる俺を、まさか下のクラスに入れる気か!?)


 信じられないと目を見開いたウィルフレッドは、横の掲示に、カニ歩きでスライドしていく。


(ない……ない……な、ない!)


 取り巻き達の名はあるが、ウィルフレッドの名はどこのクラスにもない。

 取り巻き達にも動揺が走る。


「で、殿下、これは……」「どういうことか、教師を呼んできます」

「いや、わかったぞ!」


 高らかに叫んだウィルフレッドは、そのまま楽しげに続けた。


「これはアレだな。俺は飛び級でもう卒業したということだな!」


 満足げなウィルフレッドの笑い声が響く中、廊下には沈黙が流れた。

(いや、退学だろう)と、口には出さないが、生徒たちの心は一つだった。


「ウィルフレッド様、探しましたぞ!」


 気まずい空気を打ち破るかのように、白髪頭の高齢男性が小走りで現れた。

 フウフウと息をしている彼は、この王立学園の学園長を任されている、ロードワーブ伯爵である。

 家柄だけは古い伯爵は、出世コースから外れた学園長職を二十年も押し付けられ……勤め上げているが、残念ながら威厳は全くなく、高位貴族の令息令嬢にナメられっぱなしである。

 勿論、ウィルフレッドも例外ではない。


「よお、学園長。俺の名前が無いようだが、これは……」

「その件につきまして、学園長室の方でご説明させていただきます」

「いや、面倒くさい。この場で構わん」

「いえ、ですが……」


 学園長は周囲を見渡し、言い淀む。あまりに多くの生徒が集まっている状況に、何とかウィルフレッドを個室に連れていこうとするが、一度決めたウィルフレッドはふんぞり返り、頑として動かない。

(もういいや)と投げやりになった学園長は、咳払いの後、一息に言い切った。


「では、ウィルフレッド様。国王陛下とも相談した結果、恐れながらウィルフレッド様は『留年』となりました」

「……リュウネン?……りゅ、留年だと!?」


 ざわめきが広がり、一部の生徒はどこかへ走り出す。この大ニュースをいち早く実家に伝えることも、貴族の家に生まれた者の重要な役割だ。


「学園長!どういうつもりか!」「殿下に対して何たる無礼!」「たかだか伯爵風情が!」


 一瞬呆然とした取り巻き達も、すぐに学園長を責め立て始めた。

 上位貴族の令息とはいえ、校内においては学園長と生徒。にもかかわらず、人前で高圧的に罵倒される状況に、温厚な学園長も腹が立ってきた。

 個室で話そうとか、遠回しに伝えようとか、そういった心遣いをすることが馬鹿らしくなってきた彼は、衆目の中、堂々と通告した。


「ウィルフレッド様は、進級試験において合格点に達せず、再試験は無断欠席なされました。また、出席日数自体も大幅に足りず、救済のしようがございません。国王陛下からも、『特別扱いせずともよい』とお言葉を頂戴しましたので、誠に遺憾ではございますが、ウィルフレッド様におかれましては、再度一年生からやり直して頂きます」


 では、と言うだけ言って、学園長は軽やかに走り去っていった。


 長年、我慢に我慢を重ねてきたその顔は、充実感に満ちていたという。


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