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国王、苦悩する

 チェスナット王国国王ヘンリックは大きな溜め息をついた。

 目の前で半泣きになっているのは、十六歳になる第一王子ウィルフレッドだ。


 昨晩食事を共にした時には、手入れの行き届いた美しい金の髪を一つに束ねていたはずなのに、もはや息子の頭には数ミリの髪しか残されていない。

 焼け焦げチリチリになった髪を整えた結果、平民にも珍しいくらいサッパリとした髪型になってしまっている。もはや短髪とも呼べない。

 東方出身の側近曰く、『ゴブガリ(五分刈り)』という髪型らしい。

 しかしこの国の貴族階級では、男女共に長髪が一般的だ。ここまでの坊主頭は、毛根の問題で短髪にせざるを得ない年配者か、あるいは獄囚くらいしか見たことがない。


「あれだけ炎が上がったのに、火傷がないとは信じられない」と報告があったが、それは護衛騎士の迅速な消火のおかげか、或いは、アレクシア皇女の温情か……。


 自業自得とはいえ、親としては哀れみを持って息子を見つめる。


「あの女!不敬罪……いや、反逆罪です!すぐに捕らえて斬首にしてください!」


 ウィルフレッドは、王の側近や護衛騎士もいる中で、恥も外聞もなくわめき散らしている。

 この息子が、最近では『バカ王子』『阿呆王子』『クズ王子』などと陰口を叩かれ、王位継承権者として大いに疑問を持たれていることを、王も十分承知している。


 しかし、王はこのバカ息子に弱い。


 体が弱く、ウィルフレッドを産んですぐに儚くなってしまった最愛の王妃。

 その亡き王妃と同じ色の瞳で見つめられると、どうしても「否」と言えなくなってしまう。

 その甘やかしが現在の状況を招いたと、王も重々承知しているが。


「ウィルよ……それはできぬ」

「な!なんですか!?父上!」


 しかし、今回ばかりはウィルフレッドの言う通りにするわけにはいかない。

 そんなことをすれば、ウィルフレッドも自分も、そしてこの国全てが滅ぶからだ。


「よいか?そなたが声をかけた女子生徒は、フレイヤ帝国の第一皇女、アレクシア様だ」

「……はぁ?」


 気の抜けたような声が、ウィルフレッドから漏れた。


「本日から学園にお越しになると、昨晩、というより随分前から伝えてきたはずだが……」


 ピンと来ない顔をしている息子に、王は焦りはじめる。


「そなた……まさか、フレイヤ帝国を知らない、などということは……」

「まさか!父上、俺をなんだと思っているのですか!」


「バカ息子」という言葉をヘンリック王は飲み込んだ。息子にも最低限の知識はあったらしいと、こんな時なのに安堵する。


 魔法大国フレイヤ帝国は、この大陸最大最強の国家であり、周辺国をいくつも傘下に治めている。

 ここチェスナット王国も、フレイヤ帝国の従属国だ。

 溺愛する皇女に下品な口を利いたなどということが、万が一皇帝の耳に入れば、チェスナットは比喩ではなく、文字通り火の海に沈む。


 王子の髪程度で済んで良かったと、大臣らは安堵しているほどだ。


「……で、フレイヤの皇女だからなんだというのですか!?」


 ……バカ息子は分かっていなかった。

 頭の痛みを覚えたヘンリック王は、ウィルフレッドにも理解できるように、とてつもなく簡潔に説明をした。


「……そなたより、アレクシア皇女の方が偉いということだ」

「まさか!?俺よりも偉いのは父上だけでは!?」

「アレクシア皇女は、余よりも偉い」


 儀礼的なことや慣例では、従属国とはいえ国主であるヘンリックの方が偉いかもしれないが、実態としてアレクシア皇女は皇帝の次に偉いと言って過言ではない。

 ウィルフレッドは、衝撃の事実(本人にとっては)に、呆然としている。思考停止している様子のウィルフレッドは、王の指示を受けた騎士によって速やかに外に運ばれていった。

 疲れ切った王に、親子のやり取りを黙って見守っていた宰相がお伺いを立てた。


「今後、いかがいたしますか?」

「……ウィルには落ち着いたらもう一度、余から言って聞かせる。アレクシア様と、少しでも打ち解けてもらえるように……」


 初対面でいきなりアホ発言をかましたウィルフレッドに、ここから好感度を上げる方法は残されているのか……いや、無理だろ。


 当の王はじめ、宰相ら同席する全ての者が同じ感想を抱いていたが、それでもウィルフレッドには頑張ってもらわなければならない。


 皇帝に溺愛され、本人の資質もスバ抜けているアレクシア皇女は、全同盟国の王子や帝国内の有力貴族など、数え切れない男たちがその寵を得ようと争っている。

 もしも皇女を射止めることができれば、国や家に与える利益は計り知れない。


 とはいえ、チェスナット王国において、皇女と見合う年頃の王子が、ちょっと……いや、かなりアレだということは、父王も側近達も十分に理解している。

 皇女争奪戦に参戦するだけ恥をかくだろう、我が国には関係ないな、とハナから諦めていた矢先に、降って湧いた皇女の留学。


 なぜ特筆すべきことのないチェスナット王国が皇女の留学先に選ばれたのか、王ですら全くわからないが、せっかくのチャンス、活かすしかないと王子に言い含めたにも関わらずこの有り様。


「これ以上、皇女殿下を怒らせないことが肝要かと。下心は封印しましょう」

「そうだな。国を残すことが第一だ」


 宰相の進言に、息子には甘いが、それなりに賢明なヘンリック王は、初日で皇女争奪戦からの撤退を決めた。


「皇女殿下は、炎の魔法を使ったことを黙っているのであれば、ウィルフレッド殿下の暴言は不問に付すとおっしゃっていますが」

「もちろん、それでよい」

「では、目撃した学園の生徒には箝口令(かんこうれい)を布きます。どこまで効果があるかはわかりませんが……。それからウィルフレッド殿下のあの髪型については、適当な理由付けをしておいてよろしいですか?」

「何でもよい。そなたに任せる」


 王は宰相に丸投げした。

 こうして切れ者と名高い宰相は、その日の内に後始末を行った。


『ウィルフレッド第一王子殿下は、絨毯の皺に躓いて転倒され、火のついた暖炉に頭を突っ込んでしまわれた。お怪我は無かったものの、髪に甚大なダメージを受けており、労わって差し上げるように』


 今は暖かい季節なのに、なぜ暖炉に火が入っているのかとか、いくら鈍くさい王子でもそれは無いでしょ、などとツッコミどころ満載の公式発表であったが、最終的には「あのアホ王子なら、あり得るかもしれない」と、チェスナットの一般国民に受け入れられたのだった。


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