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王子、成長する

「我が国でも帝国のような大規模な後宮を造れないだろうか?世界中の美姫を集めたい」

「殿下、どこから突っ込めばよいかわかりません……」


 登校早々ウィルフレッドに捕まったかと思えば、いきなり訳のわからない野望を聞かされ、ベネディクトは早くも帰りたくなった。


「確かに第二妃、第三妃を同時に置かれた国王陛下は過去にいますが、お世継ぎや政治上の理由がほとんどです。我が国で多妻はあまり好まれません」


 勿論女癖が悪い王は過去幾人も存在したが、総じて評価は低い。男女の貞操観念の厳しいチェスナットで、一夫多妻が当たり前の帝国のような後宮制度は受け入れ難いだろう。


「そこを何とかするのが我が右腕たるお前の役割だ。期待している」


 ベネディクトは、生まれて初めて『亡命』を真剣に考え始めた。そんなしょうもない仕事したくもない。そしていつの間に右腕に。

 いくつもの悩みが同時に浮かび上がったが、まずベネディクトはウィルフレッドの妄想を逸らすことにした。


「妃はたくさんいれば良い、というものではないかと思いますが」

「どういうことだ?」

「愛する女性が一人いれば、十分幸せになれることもあります」


 話しながら、ベネディクトはちらりと隣の席を見る。その席の主、シンシアら女子生徒は今、アレクシアと中庭で歓談中だ。


「国王陛下も亡き王妃陛下を一途に大切にされておりました」

「……まあ確かに」


 ベネディクトはウィルフレッドの弱点を的確に突いた。

 記憶にはなくとも、自分を産んで亡くなった王妃に対し、ウィルフレッドは言葉には表せない深い想いを抱いている。

 しみじみと顔を伏せたウィルフレッドたが、しばらくするとパッと顔を上げた。


「でも父上は新しい妃を迎えたではないか!」

(思ったより気づくのが早いな)


 不敬なことを考えてしまったベネディクトだが、その程度の反論の準備は十分だ。


「ですが、同時に二人以上の妃を立てた訳ではございません。あくまで妃殿下はお一人です」

「ぐぬぬ」


 冷静なベネディクトの返しにウィルフレッドはうめき声を上げる。


「古今東西、後宮制度は少なからず争いを生みます。『女性を傷つけない』我が国の騎士道にはそぐいません。殿下におかれましても、是非民の見本となっていたければ……」

「民の手本か。それはそうだな」


 何となくそれっぽいことを言ってウィルフレッドを納得させたものの、多大な疲労感を覚えたあるベネディクトは(そろそろこの話は終わってくれないだろうか)と切に願った。すると、無言で何かを考えていたウィルフレッドが突然立ち上がった。


「しまった!俺は、女を傷つけたかもしれない!」

「え!?は!?一体何のことですか」


 ウィルフレッドの思考回路について行けるものは誰もいない。

 ベネディクトの問いかけに答えず、意味不明な言葉を残したウィルフレッドは教室を飛び出していった。


◇◇◇◇


 女子生徒が談笑する中庭。表面上は和やかな空気が流れ、軽やかな笑い声が響く女性の園に、ウィルフレッドが慌ただしく登場した。


「殿下!?」


 驚く令嬢たちに目もくれず、ウィルフレッドは真っ直ぐアレクシアの眼の前に立った。



「皇女!」

「まあウィルフレッド様、どうされたのですか?」


 落ち着いた様子で話すアレクシアに、ウィルフレッドはいきなり頭を下げた。


「すまなかった!!」

「え?」


 突然の謝罪に、いつも冷静なアレクシアも驚いたように目を見開く。

 そしてそれ以上に、周りの令嬢や護衛騎士、追いかけてきたベネディクトが衝撃のあまり凍りつく。

 いち早く冷静さを取り戻したアレクシアが、困惑した表情で問いかけた。


「ええっと、ウィルフレッド様?その謝罪は一体何の件の?」


 聡明なアレクシアをもってしても、さすがにウィルフレッドの行動は理解できなかったようだ。謝罪を受けて然るべきことはいくらでもあるが。


「ほら、今朝、フレイヤの後宮を羨ましいと言ったことだ!」

「ああ……でもそれでなぜ謝罪に?」


 やはり理解ができず首を傾げるアレクシアに、ウィルフレッドはもどかしそうに続けた。


「何というか、その、貴様……じゃない。皇女の気持ちを考えていなかった。ほら、母君以外の妃がいるなんて、気分の良いことではないからな。俺も嫌だったし」


 だいぶピントがズレている上、聞きようによっては王や現王妃に対する批判ともとれることを口走るウィルフレッド。周りの令嬢達はギョっとするが、ウィルフレッド本人は深いことは何も考えていない。


「そう、ですね。我が国では後宮制度は当たり前でしたから、それほど気にはなりませんでしたけれど……」


 言葉を選んでいる様子で、アレクシアは続けた。


「でも、ウィルフレッド様がわたくしの気持ちを考えてくださったこと、嬉しく思いますわ」


 そう言うとアレクシアは笑った。

 それはこれまでの完璧な皇女の笑顔ではなく、フワッと顔を崩し、少女のように柔らかなものだった。

 その表情は、見た全ての者にかつてない鼓動の高まりを感じさせるほど、破壊力抜群であった。

 至近距離で直撃したウィルフレッドは完全に口が開いている。


「そういえばウィルフレッド様」

「な、なんだ!?」


 アレクシアに声をかけられ我に返ったウィルフレッドは、反射的にたじろぐ。若干へっぴり腰だ。


「わたくしのことは『シア』と呼んでくださいませ」


 アレクシアがバカ王子に愛称呼びを許した――――奇跡のような展開に誰も声を発しない。

 訳の分からない発言で、なぜか皇女の好感度を上げることに成功したウィルフレッドは目を輝かせた。


「それはありがたい!短いほうが自信を持って呼べるからな!俺のことも『ウィル』と呼んでいいぞ。そのほうが覚えやすいだろ?」


 ウィルフレッドには、遠回しに嫌味を言うような芸当はできない。これも純粋な気持ちで言っている。


……もうこの国、ダメかもしれない。

 居合わせた生徒達は、今度は違う意味で声を発せなかった。


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