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王子、炎上する

 そこは東の大陸一の大国、フレイヤ帝国皇帝の住まう皇宮。

 その片隅には、精緻なまでに整えられた花の咲き誇る庭園がある。月明かりに照らされたその美しい空間で、一組の男女が向き合っていた。


 とは言っても、そこには恋人同士の甘い空気も、或いは緊迫した空気も全くない。

 なぜなら、二人は五歳前後の子供だったからだ。


 どちらも豪華な衣装に身を包み、明らかに良家の子女であるが、片方はグズグズと泣き、もう一方はうんざりしたように天を仰いでいた。


「ほら、もう泣かない!」

「ご、ごめん、なさい……」


 必死に涙を止めようと、一生懸命大きな瞳を拭う少年の容貌は大層整っている。腕を組み不遜な態度丸出しのもう一人も、性格はともかく、幼いながらもまるで天使かと思うような美しさだ。


「……しょうがない。じゃあ、貴方の願い叶えてあげる。一回だけ」

「え?本当?」

「ただし、そこからは自分で頑張りなさい」

「ありがとう。……僕、もっと強くなって、君に認めてもらえる男になる。今度は絶対に、ぼ、僕が君の願いを叶えるから!」


 まだまだ涙に濡れた顔の少年だが、その目は、どこか先程まではなかった力強さが浮かんでいた。

 その真っ直ぐな言葉に、先程まで大人びていた少女が逆に頬を染め、年齢相応に慌て始めた。


「ま、まあ、期待せずに待ってるわ」


 絵本の挿絵かと思うような微笑ましく、可愛らしく、そして二人の美しい未来をほのかに予想させる光景がそこには広がっていた。



◇◇◇



十年後。



「ほう、そこの女、なかなか美しいではないか。よし、この俺が『誉れ』を与えてやろう」


 この日はチェスナット王国、王立貴族学園高等部の入学式。

 新入生の中に、見慣れぬ美しい令嬢を見つけたウィルフレッドは、脊髄反射とも言えるスピードで口説き始めた。


 もはやいつものことであるが、あまりに下品な物言いに、取り巻き以外の生徒達は顔をしかめる。

 しかし、ウィルフレッドに注意しようとするものはいない。


 それは、彼が上級生だから――という理由だけではない。

 女にだらしなく、成績は最下層、武芸も運動もポンコツ。褒めるところといえば、せいぜい輝くような金髪と、母親譲りのエメラルド色の瞳くらいの、どうしようもないこの男が、悲しいことに自国の第一王子だからだ。


 その事実に、良識ある生徒や教師は、この国の行く末を悲観しているが、そんなことはバカ王子・ウィルフレッドの知ったことではない。


 さて、開口一番、下品すぎる台詞をぶつけられた女子生徒だが、その表情は全く動かない。

 見事な赤髪を背に流し、切れ長の目は怯むことなくウィルフレッドを見つめている。

 通った鼻筋も、小さな口も、まるで芸術作品のように絶妙なバランスを醸し出している。


(しかし、これ程美しい令嬢、見たことがないな)と、今になってウィルフレッドは疑問を感じ始める。

 他国要人の名も、地方貴族の顔も、何なら自分の先祖たる歴代国王の名前さえあやふやな王子だが、国内の令嬢の名前と顔だけは覚えているという自負があった。


(この俺が知らない女がまだいたとは。ふっ、俺もまだまだだな)


 一人納得したウィルフレッドは、未だに返答しない女子生徒に手を伸ばした。


「さあ、この第一王子が直々に……」

「お断り申し上げますわ」

「えっ?」


 目の前の女子生徒はその冷ややかな声とは対象的に、フッと美しい微笑みを浮かべた。

 ウィルフレッドは言われた言葉を飲み込めず、呆然と反復した。

(え……お、おこ、お断りって……何を?え、俺をお断り?え、俺王子……え?)


 誰も言葉を発しない凍りついた空気の中、やっとフラれたことを理解したウィルフレッドは、だいぶ遅れて怒りのボルテージを上げた。


「な!?この女、ふ、不敬罪だ!いますぐ捕らえよ!」


 後ろの護衛騎士や取り巻きの令息達に叫んだウィルフレッドだが、彼らの目線がおかしいことに気付いた。


 彼らは女子生徒の方を見てはいない。

 揃いも揃ってポカンと口を開け、ウィルフレッドの頭上に視線を向けている。


「お前ら、一体何を……ん?熱っ?」


 なんだか熱いなと、自らの頭に手を近付けたウィルフレッドは、二・三拍置いて気付いた。

 自分の頭から、メラメラと火の手が上がっていることに。


「も、燃えてる!?お、おい!助けてくれ!」


 そこからは大騒ぎだった。

 護衛騎士が慌てて上着をウィルフレッドに被せ、即座に火は消えた。しかし、既に鎮火しているにも関わらず、バケツの水を汲んできて、王子の頭からぶっかける優しい生徒が続出したのだ。


「止めろ!もう消えている!もういいって!ブバッ!」


 途中からはバケツリレーが始まり、学園の廊下はちょっとしたお祭り騒ぎとなった。


「おい、あのアホ殿下に水をかけられるチャンスらしいぜ!」「マジで!行く行く!」


 はしゃいだ生徒たちの人波の中、当の女子生徒はくすりと笑うと、自らの教室へ悠々と去っていった。


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