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滅亡する王国

 霧は初代王女の霊廟から城へ、そうして国中へと、緩やか王国全土を覆い尽くしていった。


 それは微かな瘴気(しょうき)を帯びていて、空は曇り、大地は徐々にぬかるんでいった。

 人々は驚き恐れたが、よもや千年の安寧があっけなく終わるとはすぐには気付かなかった。



 お妃様は気付いた。


 豹変した王子は失踪、そうして人のいないはずの初代王女霊廟から立ち込める霧。

 予感が確信に変わる。意を決したお妃様は、周りが止めるのも聞かず、王様の寝室へと踏み込んだ。


 王子に何かを施してから、王様は人払いをしてずっと部屋に閉じ籠もっていたのだった。


 厳しい顔で近付くお妃様へ、ゆるゆるとベッドから起き上がった王様は、穏やかに微笑んだ。

 そんな王様の様子にお妃は怯んだ。


「来ると思っていた」

 王様の穏やかな物言いに、お妃様は出鼻を挫かれた気がした。が、追求しない訳にはいかない。

「…霧が立ちこめています」

「微かに瘴気(しょうき)を感じる…しくじったのだろう」

 淡々とした言い様にお妃様は激昂した。

「貴方が!…貴方がこの国を!ゾーイを破滅に追いやったのです!」

 抗うでもなく王様は肯定した。

「そうだな」


 いつも、何処か恐怖を帯びた王様の美しい(かんばせ)は、今、何故か飄々としていた。

 お妃様はさらに言い募ろうとしたが、どこまでも穏やかな様子の王様に言葉を失った。


「愛など無意味だと教えたのに。突き進んでしまったのだな、あれは」


 その言葉に、お妃様は再び怒りが組み上げてきた。

「…()()とは?貴方の駒にされた私の息子でしょうか。…それとも、先のお妃様」

 王様は顔を上げた。




 お妃様と先のお妃様は、共に王様の花嫁候補だった。


 花嫁に選ばれたのは先のお妃様。それでも諦めきれなかった彼女の元へ、ある晩より王様は通うようになった。

 先のお妃様の奇行は一部で囁かれていた。何処かで孕み、女児を産み、王女だと言い張り秘密裡に育てていると。

 そんな中、王様の子を身籠(みごも)り、子供が生まれた。

 彼女は幸福を感じた。

 私こそが王様と愛し愛されている。この子はその(あかし)なのだと。

 男の子と聞いた王様が血相を変えて来るまでは。


「違う!それは私の子ではない!私の子のはずは…!」


 王様の絶叫は彼女の館に響き渡った。

 彼女が王様の恐怖を教えられたのはだいぶ後だった。


 子は初代王の転生であると聞かされ、宿命とやらを聞かされ、ゾイオンと名付けられた。

 ゾーイと呼ぶようにしたのは彼女の、なけなしの抵抗だった。だがゾーイの出生と共に王様の寵愛は失われた。そうして彼女も我が子への愛を失くした。

 我が子ながら美しいとは思った。

 絵本に出てくるような王子様。

 だから、たまに見に来た。

 先のお妃様が身罷(みまか)り、ゾーイが嫡子と認められ名実共に王子様となった時はただ嬉しかった。


 私の美しい王子様。

 ただそれだけだった。


 出生時の王様の絶叫から、ゾーイが王の実子でないと噂が立った事も気付いていた。

 知っていて放っておいた。

 どうでも良かった。

 心の何処かで、彼女と同じく息子も傷付けば良いとさえ思っていたのかもしれない。


 それでも死は望んでいなかった。




「王国は滅亡します」

「そうだな」

 淡々と答える王様へ、お妃様は詰め寄った。

「…貴方は、逃げ続けるのですね」

「そうだな」


 ソウダナ。

 私にはそれしか答えて下さらないのね。


 いつしかお妃様の頬を涙が伝う。静かに泣くお妃様を、王様はぼんやりと眺めた。その瞳は酷く優しげで。


「お前は民を率いてここから出るのだ」


 ハッとするお妃様に王様は続ける。

「急ぐのだ。瘴気(しょうき)が増している。一月(ひとつき)と立たず国は死に覆われるだろう」

 お妃様は戸惑った。

「貴方は…王様は」

 王様は笑った。

「王は逃げる。責務を放棄する。民も導かない」

 微笑みのまま、王様はお妃様へ、静かに告げた。


「私は、ここにいる」




 王様の静かな物言いに、お妃様は激しく狼狽えた。


「…それは…それは、逃げるとは言いません!」

「お前が民を導くのだ。私の妃としての最後の使命」

「逃げましょう民と…!」

「お前に授けよう」


 王様は優しくお妃様の手を取る。そうしてそっとお妃様を引き寄せると、その額に指を当てた。

「この国を忘れるまで、私から囁かな恩恵を民は受け取るだろう」

 かぶりを振ろうとするお妃様の頬を、王様はもう片方の手でそっと包んだ。

「…私を忘れるまで、私の力は(おまえ)のものだ」

「やめて…」

「いずれ民は国を忘れ、お前は私を忘れる。それで終わりだ」

「嫌です!終わりなんて嫌…」

「そうだな」

「一緒に逃げましょう!私は貴方に生きて欲しいの…」

 止まらないお妃様の涙を、王様はそっと拭う。

 王様は何処までも穏やかで。


「そうだ」

 ふいに思い出したかのように王様は笑った。

「最後だから言っておく」


 震えるお妃様の額に当てていた指を、王様はゆっくりと縦に下ろした。


「私は、お前が、大嫌いだった」




 お妃様が王様の部屋を出た時、お妃様は酷く目を腫らしていた。

 だが厳しい表情の中には、怒りも悲しみも滲んでいなかった。


 お妃様は重臣を呼ぶと、速やかに退避の準備を始めるよう告げた。

 小国とはいえ、急に国を上げて脱出など前代未聞である。

 上へ下への大混乱になるかと思われたが、お妃様の言葉は何故か聞く者全てに届いた。民は(すべか)らくお妃様の意を汲み取れ、官民一体での退避は素早く、一月(ひとつき)と掛からなかった。

 従って瘴気(しょうき)に倒れる者は無く、王国から民はいなくなった。


 そうして一月(ひとつき)と経たず、霧が王国を包み込んだ。

 大地全てはぬかるみ泥炭地と化した。

 千年の繁栄を謳歌した王国の、あっけない終わりだった。



 そうして。

 打ち捨てられた城の奥、王様の寝室まで霧が漂っていた。

 ボコリ。

 部屋の隅にあぶくが立った。


 ふとベッドから顔をあげた王様の側に、幼い少女が立っていた。


 あんなに恐れていた夢の少女。

 王様は、ぼんやりと少女を眺めた。


 少女の口が開き、ボコリという音と共に言葉が聞こえた。

「お前は何故逃げない」

 その問いに王様は笑った。


 逃げている。

 全てから逃げている。

 愛する事も、愛される事も。

 国を背負う事も、投げ出す事も。

 人でない者にはわからないだろう。

 何もかも諦めたこの気持ちなど。


 少女は顔を近付ける。

 不満気な物言いと裏腹に、少女の瞳は虚ろだった。


「ゾイオンと同じだ。何処までも卑怯だ」


 ああ初代王と同じかもしれない。

 ただ、ただ休みたいのかもしれない。


 王様は笑いながら少女に語りだした。

「私の望みは叶った」

 少女は訝しげな顔をした。それに構わず、王様は続けた。

「沼の神霊(みたま)よ。この私の肉と心を喰らうが良い。さぞや美味かろう」


 屈託なく笑う王様を、少女は静かに見つめる。

 王様は続けた。

「先の妃を死なせ、今の妃を去らせ、息子を焚き付け娘を殺させ…ああ、王女が王子を殺した、か。そうして国は滅び」


「それで望みは叶ったと」

 少女の問いに王様は頷く。

「最初から何も望んではいなかった。だが、全て叶った気がする」


 霧が深くなっていく。ここが何処なのか、(うつつ)なのか夢なのか、曖昧になっていく。


「何も望みはしなかった。だが全て叶った」

 繰り返す王様へ、少女はつと手を差し伸べた。


 霧の中で王様は見えなくなる。そうして少女の声だけが聞こえた。



「嘘ばかり。不味い」





 霧深い沼の畔。


 周りを瘴気(しょうき)が覆う瓦解した霊廟で、マータは朽ちていくゾーイをいつまでも抱いていた。


「ファティマータ」


 霧の中で少女の声がした。

「望みを叶えたお前を喰らいたいのに、叶わない」

 マータは何の反応もしない。朽ちて果てた亡骸を抱く人形と化していた。


「ファティマータ」

 少女の再びの呼び掛けに、やはり人形は応えない。


 霧の中で少女の溜息が聞こえる。そうして少女は気配も消した。



 少女(ぬし)は二度と現れなかった。



 千年の王国はなくなり、民を導いたお妃様は民に惜しまれながら没した。


 民は散り散りとなったが、不思議と誰も生活に困る事はなかった。そうして他の地へと溶け込む内、王国を忘れていった。


 遠い祖先が沼へ放浪(さすら)った事も。千年の安寧の後、沼から去った事も。



 沼の何処かで、ボコリとあぶくが立つ。

  

 そうして千年の時が経った。

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