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神霊

 マータは夢の中、沼の主と対峙していた。


 ボコリ。

 少女の姿をした沼の主から、いくつものあぶくが立つ。それは声の形を取る。

「もう一度味わいたい。今度は、ファティマータの心を叶える形で」

 ボコリ

「あの男の心も体も、望み通りファティマータが奪う。それを喰らったならどんな味がするだろう」

 そんなの、そんなの。

「…貴方が、王国を約束したのは」


「望みを叶えた(ファティマータ)をもう一度喰らう為。あの男の転生を待っていた」


 少女(ぬし)は、ファティマータのフリをする気はもうないようだった。

 あぶく立つ少女を前に、マータは、混乱する頭を整理しようとした。

 先の妃(はは)と沼の主は、ファティマータとして私を作った。初代王の転生であるゾーイに会わせる為に。

 そうして私がゾーイを殺せば、沼は契約通り国を滅ぼし私を食べる。

 私がゾーイを殺さなければ、契約は違え国は滅亡しない。

 違う。私はファティマータじゃない。

 記憶も無いし共感もできない。


「私はファティマータじゃない!」

 マータは再び叫んだ。


 私がファティマータでないなら、()()()()()()契約履行にはならない。ならないはずだ。


「お前はファティマータだ」

 少女(ぬし)は譲らない。

「千年、私は何度もお前を作った。だがゾイオンは、一度も転生しなかった」

 その言葉にマータは目を見開いた。


 ()()()()()()()()()


 事も無げに少女は続ける。

「味わった全てを注いだ。だが、いくら娘を作っても、あの男は来ない。その度ここに打ち捨て、新たに作った」

 少女(ぬし)は星屑に手を差し伸べる。

「この闇に浮かぶ星屑はお前の残骸。壊して撒いたら(またた)いた」


 壊して撒いて瞬いた。


 マータは呆然と周りの星屑を見回す。闇夜を照らす星の数ほどの美しい藻屑。

 これらは沢山のファティマータの欠片だったのか。だから、ファティマータの記憶の欠片を持っている。

 ボコリと沼からあぶくの出る度、爆ぜたあぶくが星屑となる幻をマータはを見た気がした。

 気持ち悪い。目眩(めまい)がする。


 えづくマータを見遣り、つと少女(ぬし)は目を細めた。

「だが、先の妃の肉体を使ってお前を作ったらゾイオンは転生した」


 マータはハッとする。


「だからお前はファティマータだ」

 固まるマータを前に、沼の主はまた星屑をすくい取る。 

 少女(ぬし)の掌から溢れる星屑が銀色に輝き出し、また何かを映し始めた。


 そこには、供も連れず独り身の、若い女が映っていた。

 穏やかで知的な瞳は、(おのの)きながらもこちらを真っ直ぐに見て――――


「母様」

 マータは思わず駆け出した。


 高貴な雰囲気を纏う女は、おずおずと声をあげる。

「…ファティマータを作り出そうとしているのですね」

 マータはギクリとして足が止まった。


 先のお妃様はマータへ顔を向けてはいるが、見ているのはマータではなかった。

「貴方は…初代王とその娘をもう一度出会わせようとしているのですね」


 星屑の輝きの中、先のお妃様は霧深い沼の畔にいた。その視線は、沼の奥を捉えている。沼の中央にはあぶくと共に浮かぶ幼いマータがいた。

「私が何者かわかるのか」

 幼い少女の問いに、お妃様は震えながら答えた。

「…女の子の姿をしているのは、その女の子を食べたから。貴方は…沼の神霊(みたま)でしょう」

 少女は笑顔を歪めた。

「そう言われるは久しい」

 興を覚えたのか、すうっと少女はお妃様へ近付く。

「ゾイオンの転生は約束された。お前の夫のお陰だな」

 少女(ぬし)は、相手がお妃様と承知していた。浮かんだまま近付くと、少女はボコリと泡立った。

「後は(おまえ)が産めば良い」

 お妃様は震える手を胸に置いたまま、笑う少女を見つめる。

「…ゾイオンは、生まれないでしょう」

 束の間息を止め、少女は面白そうにお妃様を見た。

「何故断言する」

「王様が望まないからです」

「ならばゾイオンの血は絶える。契約通り王国はなくなるな」

「いいえ」

 お妃様は震えながら答えた。

「…初代王の娘が、ファティマータがいないとダメなのです」

「娘はこの通り」

 自身を示す少女にお妃様はかぶりを振った。

「貴方がファティマータを本当に作ったのなら、契約に引かれて初代王は転生したでしょう」

 お妃様は怯えつつ少女を見つめた。

「建国以来、千年の間ゾイオンは転生しなかった」

「……」

 鼻白む少女にお妃様は続ける。

「何故ならそれは、ファティマータが転生も再生も叶わなかったからでしょう。貴方はファティマータの全てを食べたのに、再現できなかった」

 一歩後ろへ退く少女へ、お妃様は畳み掛けた。

「代々の王様を脅し、千年をしてゾイオン転生の(げん)を取られた。でも初代王女がいなければ、貴方の望みは叶いますまい」

 浮かんだまま、少女は挑むような顔をした。

「私の望みがわかるか」

 少し空いた距離から再び顔を近づける少女に、お妃様は(ひる)みながら答えた。

「…貴方…は、ファティマータの心の有り様を美味に感じたのでしょう?だからもう一度味わう為に王国の建国を許した…すぐに二人は転生すると考えて」

 震える両手を握り、オドオドとお妃様は続けた。

「だけれどファティマータは再現できない。彼女の魂まで(むさぼ)ってしまったから転生も叶わない。ただゾイオンが生まれるだけでは貴方の望みは叶わない…違いますか?」


 心細気なお妃様と、沼に浮かぶ少女。

 沼にボコリとあぶくが立った。

「それで」

 少女は笑顔のまま、お妃様に近づく。もうすぐ触れてしまう位に。

「お前は、何をしに来た」

 (おび)えて声の出ないお妃様の耳元へ、少女は唇を近づける。

「私と、何をしに来た」

 少女(ぬし)は細い腕を伸ばし、お妃様の髪に触れる。

「賭けをする為に来たのだろう」

 髪を撫でる少女を、しかしお妃様は拒まなかった。

 震えるお妃様を宥めるように、少女はゆっくりと背中へ手を回す。

「娘を美味と感じた私はゾイオンによって『男』と成った」

「だから、人を産めない…」

 目を伏せるお妃様に少女は囁く

「『女』のお前なら産める…私とファティマータを作るつもりで来たのだろう、私を焚き付けて」

 頷くこともできないお妃様に少女は再び笑った。

「恐れる仕様はない。眠り、目が覚めれば泥と共にお前は孕んでいるだろう」

 はたと目を見開くお妃様に、しかし少女は冷酷な笑みのまま続ける。

「だがそれを『人の子』にするにはお前が血肉を注がねば…その為にお前は死に至るだろう」


「構いません」

 思いつめた瞳でお妃様は返した。

 それを合図と少女はお妃様を抱きしめた。

 お妃様は誰にともなく呟く。

「…初めての夜、王様から涙と共にお話を聞いた時、私は…私は嬉しかった」

 少女がお妃様を撫で回す。お妃様の瞳の焦点はぼやけていった。

「隠す事も騙す事も出来たのに、恐怖と共に語った王様をこそ私は…」

 一筋の涙が(こぼ)れたお妃様の顔に、少女が浮かびながら覆いかぶさった。


 そのまま一つとなり、沼に沈んでいく。そうして辺りはぼやけ、気付くと星屑の闇にマータは戻っていた。


 マータはえづきを抑えるのに必死だった。


 母様は、母様はファティマータを作ったのじゃない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()


 ファティマータの欠片を集め、肉体を与え、人の子になるよう導き。

 初代王の転生であるゾーイと出会う事でファティマータとなったんだ。

 私が、ファティマータの記憶を持てなくても、共感ができなくても構わない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 私は?私の気持ちは?私の心はどうでもいいの?

 違う。母様は賭けたんだ。私がゾーイを殺さない未来を。

 そうすれば王国は滅びない。

 沼の主の望みは潰えるけれど。


 手で口元を抑えたまま、マータは必死に考えを巡らす。


 …違う。

 ファティマータの望みを叶えた私を、沼の主は喰らいたいのだ。

 それは?

 ファティマータの望みとは?


 自問自答するマータをつまらなそうに見ていた少女は、ふいに上を向いた。


 ファティマータの望み…私の望み…。


 マータはハッと顔を上げる。

 と、同時に少女は煙るように闇に溶けた。


「…?」


 淀んだ空気が震えている。

 何か、何処からか音がする、気がする。

 星屑の闇に阻まれながらも、マータは異変の感じる方へ視線を向けた。


 …歌?

 歌が、聞こえる?

 それは抑揚のある音の模様のようで。

 次第に禍々しく。唸るように。

 闇の中で音は次第に大きくなって。

 違う。これは夢の中の音じゃない。

 切り裂かれるような旋律にマータはもがき苦しみだす。

 

 痛い!苦しい!

 耳を塞ごうと当てる手に痛覚が戻っていく。

 星屑が溶けていく。

 夢の闇が壊れていくのをマータは感じた。

 目が覚めてしまう。

 現実に、苦しい現実に戻ってしまう。

 嫌だ!私を起こさないで!

 抵抗も虚しく、痛みと共にマータは目覚めた。

「ああ」

 そこは、星屑のない淀んだ闇だった。

 だがそれを打ち壊すように、強い旋律がマータの耳をつんざいた。

 歌だ。

 マータを脅かす音の模様が、ドームの外から中へと響き渡る。

 暗い中、唸るように一際大きく歌が聞こえた時、突如轟音と共にマータの視界は開けた。

 夢から強制的に起こされたマータを前に、唐突に光が差し込んだのだ。


「…あ」


 マータは呆然と見上げた。


 天窓の蓋が崩れたのだった。

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