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王女と王子

~破滅を約束された王女は夢を見る~

 その王国は霧深い湿地に囲まれていた。

 土地が豊かとも、便が良い訳でもないにも関わらず、不思議と、千年もの繁栄と安寧を謳歌していた。

 

 王国の王女であるマータと王子であるゾーイが出会ったのは、マータ10歳、ゾーイ8才の時だった。

 長く()せっていた先のお妃様であるマータの母が亡くなると、王様の愛妾だったゾーイの母がほどなく新たなお妃様となった。


 庶子だったはずのゾーイは王様の嫡子として迎えられた。

「貴方は今日からこの国たった一人の王子様よ」

 新たなお妃様となった母は極上の笑みを浮かべて息子に話し掛けた。

「王子様」

 まるでお伽噺(とぎばなし)みたいだと幼いゾーイは思った。

 もし自分がお伽噺の王子様だったなら、これから素敵な冒険でも待っているんだろうか。


 でも、ゾーイはわかっていた。

 何も変わらないと。

 体の弱いゾーイは、いつも部屋に閉じ込められていた。

 それは王子としてお城に移り住んでからも変わらなかった。一日中部屋から出ない。出られない。

 体調を気遣う王様の配慮、との事だったが、幼い少年に残酷な仕打ちでもあった。

 母である新しいお妃様は、ふと気まぐれに息子へ会いに来るだけだった。

 父である王様に至っては一度も会いに来ない。

 両親から愛されていないと幼いゾーイも肌身に感じた。

 二人とも欲しかったのは「世継ぎ」だけなんだと幼いなりに理解した。

 それは(ひど)く味気ないものだった。


 つまるところ、ゾーイは孤独だった。


 マータは、亡き母の体力を全て奪って生まれてきたかのように元気な王女だった。

 そのせいか、マータもまた、王様から愛される事はなかった。

 だがマータも孤独ではあったが、そこに頓着(とんちゃく)はなかった。

 母が亡くなり異母弟の存在を知った時、マータは母がいない悲しみより、弟が出来る喜びが勝ったのだった。

「男の子ですって!なら一緒に木登りできるかしら?なんなら私がやり方を教えてあげる。それとも冬眠中のカエルを探す?夜に流れ星を探しに出かける?ああ早く会えないかな」


 マータはマータで孤独に()いていたのだった。

 母はいつも()せっていて、生前ろくに会えなかった。

 城に同年代はいない。血も繋がっているなら絶対友達になれる。早く会いたい仲良くなりたい!

 マータはゾーイに会えるのを心待ちにした。


 だが、王様は冷酷だった。

 新しいお妃様を迎えるにあたり、先のお妃様の形見を全て処分した。まるでマータなど元々いなかったかのように。それは城の全てに波及した。

 当然、待ち焦がれた弟には一度も会えなかった。

 しかしマータはめげなかった。

 絶対ゾーイに会うんだ!

 マータは夜陰(やいん)(まぎ)れ、何度となくお城の深部へと忍び込む。そうしてある夜、とうとうゾーイの居室(きょしつ)を突き止めた。


 月の夜だった。

 ゾーイは窓辺でボンヤリしていた。

 月は少し欠けたものの、自らその麗しい(かんばせ)を存分に輝かせていた。

 でも、ゾーイにはいつもと変わり映えのない夜だった。

 今日も母と顔を合わせなかった。

 侍女達もいつもと同じくよそよそしい。

 そもそも、とゾーイは思う。そもそも…自分が父の…王様の子でさえないかもしれない。

 母が後添(のちぞ)いの座欲しさに、連れ子の父親を王様に仕立てあげたと侍女達の噂に上っていた。

 それは幼いゾーイの耳にまで届き、ただでさえ孤独な彼を思う存分傷付けていた。

 お伽噺の王子様でさえない。

 ただの独りぼっちの小さな子供。

 特別でもなんでもない。

 今夜はいつもよりさらに(みじ)めな気がして、涙で(にじ)んでいく月をボンヤリ眺めていた。


「…ゾーイ?」

 何処からか声が聞こえた。

 ゾーイはふと、そんな気がした。

 気のせいかもしれない。あんまりさみしいと幻が聞こえてしまうのかも。

 だって(ひど)く優しい声に聞こえたから。

「…ゾーイよね?」

 間違いなく窓の下からだった。

 しかも近い。

 不審な物音がする。

 ゾーイは状況が読めず身構える。

 警戒しながら窓の下を伺うと、ひょいと黒いお下げの女の子が現れた。


 女の子はもう一度聞いた。

「ゾーイ?」

 幻?とうとう幻が形になっちゃった?

「…誰?」

 ゾーイはビクビクしながら聞き返した。

「ゾーイ?ゾーイなのね?会いたかった!」

 女の子は窓から飛び込むと勢いゾーイを抱き締めた。

「っ!?」

 いきなりの温かく柔らかい感触にゾーイは頭から火花が出た気がした。

 ほのかに甘い香りがしてゾーイは警戒心という名の理性を手放した。

「私はマータ。貴方の姉よ。初めまして」

 温かい感触がふいに離れる。

 一瞬ゾーイは(ひど)くさみしくなる。

 と、女の子はニコニコしながらゾーイに淑女の礼をした。

「…あ…ね…?」

 初耳だ。

 姉という事は、自分より年上の女の子のきょうだいという事だ。

 母は自分より前にも子がいたのか?

「そう!王様(とうさま)が私達を会わせてくれないけど、私達姉弟なの!宜しくねゾーイ。仲良くしよう!」

 状況が読めない。

 警戒心まで手放してしまったゾーイはもう呆然とするしかなかった。


 マータはこの日の為に()りすぐった贈り物を、背中にくくりつけた頭陀袋(ずだぶくろ)から取りだし並べ始めた。

「これは私の宝物。ゾーイにだけ見せたげる。これはこの間拾ったガラスの破片よ、キレイでしょう?こっちは蛇の()(がら)。この黒いのはカラスの羽根、大きい方を貴方にあげるわ。あとこっちはーー」

 自分が「王子様」でこの女の子は自分の姉というなら、彼女は「王女様」ではないのだろうか?

 目の前に広げられたそれらは「王女様の宝物」とは到底思えない代物ばかりだった。

 気圧(けお)されて返事に(きゅう)するゾーイに、初めてマータは気付く。

「…気に入らなかった?」

 少し不安の混じった声にハッとして、ゾーイは改めてマータを眺める。


 そもそも逆光のせいか、シルエットが真っ黒である。

 髪は真っ黒。瞳も真っ黒。

 肌の色も自分より濃いのか、月影に鈍く光るのみ。

 およそ月の光では彼女の姿を捉えきれない。


「…お日様の下で見てみたい」

 自然とゾーイの口から(こぼ)れた言葉にゾーイ自身が驚いた。

「本当?嬉しい!お日様の下で見るとどれもとっても素敵よ!」

 女の子は嬉しそうに声を上げた。


―――見てみたいのは君なんだけど。


 ゾーイは何故か言葉を飲んだ。

 さっきから自分の行動の一切がわからない。

 マータは広げた宝物を頭陀袋(ずだぶくろ)に戻すとゾーイに渡した。

「気に入ってくれて嬉しい。これ全部ゾーイにあげる!…また会いに来てもいい?」

 また会いに来る?

 という事は、女の子はもう帰るつもりらしい。

 去ってしまう。いなくなってしまう。

 ゾーイは思わず女の子の手を握った。


 マータは驚いた。

 相手の反応というものを予想していなかった。

 自分を掴むゾーイの手は何故か冷たい。

 顔を上げたマータは、月に照らされる弟を改めて見つめ直した。


 そこには、およそ自分とは全くタイプの違う(はかな)げな少年がいた。

 月の光に映える銀の髪は淡くほんのり紫に霞む。

 金茶(きんちゃ)の瞳は不安そうに(またた)いて。


――――キレイだ。


 まるでお伽噺から出てきた妖精のよう。背中に羽根があれば完璧だ。


 マータは改めて自分の渡した頭陀袋に目をやる。

 さっきまで人生最大のお宝を入れていたはずの頭陀袋(ずだぶくろ)は、少年を前にすると余りにみすぼらしい。

 見劣りするどころではない。

 何一人で盛り上がってたんだろう。

 さっきまでのキラキラした気持ちは、頭陀袋(ずだぶくろ)と同じくみすぼらしいものに変わり果ててしまった。

 マータは自然と(うつむ)いた。


 (うつむ)いたら余計にマータの顔が見えない。

 去ろうとする少女を引き留めたのに、これでは意味がない。

 ゾーイは手を握ったまま膝まずき、マータを見上げた。

 マータは驚く。

 驚くマータを見てゾーイも驚く。


 これって、このポーズって。

 お姫様と騎士みたい。


 二人は一瞬、同じ事を考えた。

 そしてお互いが同じ事を考えた事に気付いた。


 なんだか嬉しくなってマータは笑った。

 ゾーイはマータの笑顔を(まぶ)しく思った。

「…今度はゾーイに合うもの持ってくるね」

「合うもの?」

「そう!とびきりキレイなもの探してくるから…待っててね」

「…待ってる」

 ゾーイの返事にマータは笑ってゾーイの手を離すと、もう一度ゾーイを抱き締めた。

 そしてパッと離れ、窓から消えた。

 素早く鮮やかな一連の動きにゾーイは身も心も置いてけぼりとなった。

 気がついたら窓辺でボンヤリしたままだった。

 さっきまでの事が夢でない事は頭陀袋(ずだぶくろ)が教えてくれた。

「……マー…タ…」

 さっきの女の子の名前。

 声にしてみると胸が締め付けられるように熱くなる。

 ゾーイはそっと、マータの残した頭陀袋(ずだぶくろ)を抱き締めた。

「マータ…」

 贈り物なんて要らない。

 それより本当はマータに去って欲しくなかった。

 でもまた会えるなら我慢しよう。

 月明かりの下、頭陀袋(ずだぶくろ)を抱き締めたままゾーイは思った。


 王国を取り囲む湿地の何処かでボコリとあぶくが立った。


 その夜から、ゾーイは恐ろしい夢を見始めた。

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