第十六話
「なるほど、こんな作戦が……」
リュカたちに突然の閃きが舞い降りた日の昼。彼女たちは再び女王へと謁見した。今回はセイナ、そしてリュカの二人だけ。身体検査もなかったからいつも通りの格好だ。
女王は、セイナたちが出した作戦立案書を凝視しながら唸りをあげ、そして同時に自分の才覚のなさに吐き気を催したという。
彼女たちが考えた作戦は、この国の周辺の気候に詳しく、国の事をよく知っている自分が立てなければならない作戦だった。それなのに、その書類を直に見せられるまで頭の隅にもその作戦が浮かび上がらなかったのだから、自分がいかに戦下手であるのかが分かるという物だ。
いや、もしかすると知っているからこそ、その弱点に無意識に気がついて提案しなかったのかもしれないと、彼女は後に語っている。
「どうでしょうか?」
「……確かに、これならばトオガの国を屠ることもできるかもしれない……が」
女王は、まるで強調するかのように書類を一度叩いてから言った。
「だが、許可はだせん」
最初から簡単に通してもらえるとは思ってもなかった。だから、セイナは動じることもなく冷静に彼女にその理由を聞いた。
「危険すぎる。これほどまでに緻密な魔法を放てるのは、世界でも何人いるかどうかわからんほどだ。もし失敗すればトオガの兵士だけではない。我々の国の兵士……お前たちにも危険が及ぶ可能性がある」
「えぇそうです」
分かっていたことだ。彼女たちが提案した作戦の肝ともいる魔法を使える人間、それもただ扱えるだけじゃない。練度も十分になければならない。もしもできなければ作戦の内容的にトオガの国の兵士だけじゃなく、自分たちの側の兵士たちにも被害が及ぶ可能性が大なのだ。
だからこそ、書類にはその作戦の際に味方側の兵士は戦場から退避するという事を書いてあったのだが、しかしそれだけじゃ不十分である。
「特に危険なのは、これだけの魔法を使った後の魔法使い……もし倒し切れなかったらすぐに敵の餌食となるぞ」
「その通りです」
そう、先にも言った通り今回の魔法はとても高い練度を必要とする。とても高い練度という物を実現させるにはそれ相応の魔力が必要となるのだ。もしも一瞬でそれほどまでの魔力を放出したとするのならば、魔法使いはしばらくの間動けなくなる可能性が高い。
その時、もしも敵に撃ち漏らしがあったならば、動くことのできない魔法使いの命の保証が出来ない。味方も、その時には魔法の効果範囲外にいるためにすぐに救助に向かうことが出来ないことを考えると、一人の自己犠牲に頼らなければならなくないという重大な問題が生まれる。
「それに、不確定要素が多すぎる。あまりにも運に頼りすぎたこんな作戦に同意するものなど……」
つまり、こんな問題点が山積みかつ魔法使いの命の危険のあるこの作戦に、同意するような人間がいるとは女王は思えなかった。だが、それはセイナたちも想定内のことだ。
「ところが、いたんですよ」
「なに?」
セイナのその発言に、驚愕する女王。確かに、彼女が驚くのもわかると言うものだとリュカは考えていた。
自分もまた、セイナからその人物の事を聞かされたときに似たような表情をしていた。まさか、こんな危険な作戦に進んで参加しようとする酔狂な人間がいたこと、そしてその人物の正体に驚いた。
まさしく、命知らずと言ってもいいだろう。命を捨てようとしていると思われても仕方がないだろう。それでも、彼女は進んで自分の命を使えと言ってきた。
それは、まさしくあの人と同じこと―――。
「入ってください」
「ッ!」
瞬間、その部屋の空気が一変した。やはり、彼女も驚いているのだろう。その女性に。だが、もしかしたらどこか納得していたのかもしれない。
思えば、ヴァルキリー騎士団とマハリの国から来た人間たちがこのミウコの国に足を踏み入れようとした時、率先して自らを犠牲にしようとしていたのが彼女だった。それを考えると、こんな生死を問わないような作戦に対し、彼女が逃げるなんてこと、絶対になかったのかもしれない。
そう、その女性の正体とは。
「……」
「お姉さま……」
女王の姉、亡国の王女フランソワーズ。鎧に身を包んだフランソワーズは、何処か別人のような逞しさと頼もしさがあった。
その姿を改めて目撃した時、自分はこんなにも強い人間と一緒に、そしてその強さも知らずに守ろうとしていたのかと愕然となったモノだ。
恐らく、その鎧は彼女の意思の表れだったのかもしれない。決意表明だったのかもしれない。自分は、後ろでただ座して待つだけの人間じゃない。自分もまた、前に出て戦う人間であるのだと彼女に示したかったのかもしれない。
「女王陛下。この作戦、私にすべてを預けて下さりませんか?」
「しかし……」
「もし失敗しても、近くに味方がいなければ犠牲になるのは敵と、私だけ。その後、残った敵をセイナさんたちが倒せば……」
「……」
女王は、目を瞑った。一体、彼女の中でどんな葛藤があったのか、後に女王に聞いてみたが教えてくれなかった。どうやら、とても個人的な感情が頭の中を巡っていたらしく、ソレは、一国を任されている人間にとっては決してあってはならないことだったから、このことは秘密として、墓場まで持っていく所存であるそうだ。
「覚悟の上……だったな」
「はい」
ゆっくりとその目を開けた女王の、氷の結晶のように煌びやかな青い瞳は、しっかりとフランソワーズの顔を捉える。彼女もまた覚悟をしたようだ。今度こそ、実の姉に対しての死刑宣告に近い言葉を発する覚悟が。
「作戦は許可する……だが、条件が三つある」
「なんでしょう?」
「この作戦を成立させるには、一日の戦闘が必要のはず。つまり、作戦の決行は二日目……それまで、我が国が残っていればの話だ」
それは、自分達も考慮していた。
確かに作戦立案書には、この作戦の下準備としてのフランソワーズに使ってもらう予定の魔法とはまた別の魔法の必要性を書いていたのだ。例のアレは、この国の周辺では頻繁に出現するというが、もしかしたらその日に限って出ないという可能性もある。
それに、空が曇っていなければすぐに消え去ってしまうというのも問題点だ。だからこそのもう一つの魔法なのだ。この作戦を確実にするもう一つの魔法が必要であるのだ。
その魔法自体は平凡な≪基本魔法≫である為、自分達騎士団の人間ならば、自分以外の人間であるならば簡単に使えるモノなのだが、ソレを使った下準備は、最低でも一日かかる。つまり、トオガの勢力を一日の間食い止める必要があるのだ。
あの、戦力差ではどうしようもないと誰もが口をそろえて言ったトオガを、である。
「次に、この作戦ででる被害は広範囲に及ぶ……日没を持って予想する敵の撤退距離を考えると……戦場後方にある砦を最終防衛線とする」
「もしそれを超えて魔法を使用すれば、この国の国民にまで被害が及ぶであろうな」
つまり、戦場にあったあの砦よりもミウコの国側に敵を近づけさせなければよいということ。というか、リュウガは一体いつからいたのだろか。ごく自然に話に入ってきているのだが、先ほどまではいなかったではないか。
まぁ、とにもかくにも、結局はトオガの力押しを力によって一日の間封じようというのだ。考えてみれば、そもそも力押しじゃ絶対に適わないという事でこの作戦を立てたというのに、その作戦のために力押しでしか対応できないなんていう時点で、作戦に矛盾が生じているような気がしなくもない。
「そして、三つめが……」
こうして、条件付きながらも作戦の許可を得たヴァルキリー騎士団は、ミウコの兵士隊長を交えて作戦をさらに練り上げることになった。
時間がない。自分もまた動き始めなければ。まずは戦場を改めて確認だ。
それにもう一つ、あの部屋がどうにも気にかかる。あの、何故か違和感を感じたあの部屋の謎が。




