第十五話
城を大体半分くらい登った場所。そこにミウコから与えられたヴァルキリー騎士団の仮の作戦会議室がある。今は深夜で真っ暗であるから見えることはできないが、そこからは、ミウコの国中を見渡すことが出来、特に東側に窓があるためにある時になると国中がとてもきれいに見えるのだ。まぁ、そんなものを見ている余裕彼女たちにはないのだが。
今、その部屋の中で騎士団の小隊長級の面々が顔を合わせていた。リュカのみ分隊長であるのだが、しかしセイナの推薦もあって参加を許されていた。ここで、彼女たちは三晩程話し合いをしている。当然、トオガの国との戦に関する物だ。
が、その三晩ともに重苦しい雰囲気のまま会議が進んでいった。現在もそうだ。あまりにもどうしようもないこの状況に、誰も声を出そうとはしない。
「にしても、考えれば考えるほどどれだけこれが不利な戦いなのかが分かりますね」
「そうね……」
その状況を少しでも前に進めるために、リュカが一言だけ発した。が、彼女もまた苦悩しているのだ。このとてもじゃないがどうしようもできない状況に対して。まるで、雲をつかむかのような話だ。
自分たちは、戦力、情報どれをとってもトオガの国に劣っている。さらに戦場もまた、自分たちの国のすぐそばであるとはいえ何もないだだっ広い荒野という事で作戦の立てようもなく、理不尽なほどに不利であると言ってもいい。
こんな状態で一体どんな作戦を立てればいいというのだ。というのが、彼女たちの共通認識であった。
「セイナ団長的に、勝つ確率はどれくらいありそうですか?」
「勝負は時の運、って言葉があるくらいだから簡単には言えないけど……」
そう言うと、セイナは長考した。この時、彼女は楽観的なことを言うべきか、悲観的な現実を突きつけるべきか悩んでいたそうだ。
楽観的なことを言えば、騎士団の雰囲気は上がるのかもしれない。だが現実自分たちの不利を悟っている彼女たちにどのようなことを言っても、ソレは絵に描いた餅。絵空事そんな物を伝えても仕方がない。
対して、悲観的な現実を伝えてもさらに場の雰囲気が盛り下がるのは確実。そう、この時のリュカの質問は、どちらに転んだとしてもその場の雰囲気をさらに悪くする最悪の質問だったのだ。
しかし、それでも問われたからには答えなければならない。今、自分が考える最大の勝ち筋の数を。勝つ確率という物を。セイナは、石像が突然動き出したかのようにすっと立ち上がると言った。
「10、或いは5……かしらね」
この言葉に対し、周囲の隊長たちはまるで示し合わせたかのように一斉にため息をついた。皆分かっているのだ。それほど高いはずはないという事を。
「それって、希望的観測も含まれますよね?」
「そうね、相手が食中毒を起こしている場合とかね」
セイナが、そうおどけて見せた。ソレは、つまりほとんど勝つ可能性がないということも同意義である。
あのセイナがそう言うのだ。きっと、本当に勝ち目がないのだろう。その場にいた全員の想像通り、やっぱり場の雰囲気が悪くなってしまった。ここに至ってリュカがしてはいけない質問だったと気が付いてもすでに手遅れであった。
「はぁ、これならマハリの国で戦ったほうがまだ勝ち目があったかもしれないわね」
「……」
「……」
リィナの言葉に周りの人間全員が俯いてしまった。何故なら、全員が考えていたことだったからだ。
そう、あの時は確かに大きな戦力差があった。しかし、結果論として見ればこの戦程ではない。そもそも、自分たちの騎士団の力は自分たちがよく知っている。もしかしたら、自分たちの力、その本気を出せばトナガの軍隊を倒せていたかもしれないと、マハリから出る時から何度思ったことか分からない。
しかし、もう元には戻れない。マハリは灰塵に消え、自分たちは勝ち目のない戦をするしかなくなってしまった。例え、二度と引き返せない茨の道であったとしても進むしかもう道は残されていないのだ。
「あ、ゴメン」
「いえ、この際だからみんなに言っておくわ」
「団長?」
セイナが、その場にいた全員の顔を一つずつ、ゆっくりと見渡し。そして言った。隊長たちは、その口から出る言葉を聞き逃すことのないように耳を立てる。
「この戦……フランソワーズさんからは自由意志での参加を許可されてるの。元々、この国のために戦いに来たわけじゃない、逃げるために、マハリの国民を逃すためにこの国に来たわけだから。だから、各部隊の隊員にも言って欲しい。もしもこの戦に参戦したくない人がいたら……」
つまり、この戦で死ぬのが嫌な人間はミウコから逃げても構わない。そう言うのだ。いや、そう言おうとしていたのだ。だが、その言葉が、最後まで続くことはなかった。
「今度こそ、最後まで戦う。私たち騎士団、そして兵たちの総意に変わりはないわ」
「カイン……」
カインのその言葉を皮切りとして団員たちは口々に言う。
「とっくの昔に各隊の隊員には話を通しているわ。そして……皆の答えは同じだった」
「皆後悔しているんですよ。マハリの国を捨てた事……例え、この道が国民を守るための大事な道だったとしても……」
「その国民が帰る場所を無くしてしまった……そんなの、二度と繰り返しちゃならない」
誰もが、戦うことを諦めてない。勝つことを諦めてない。例え、それが絶望的であったとしても、二度とマハリの悲劇を繰り返してはならない。二度と、国民を路頭に迷わせることはしてはならない。それが、今のヴァルキリー騎士団の戦う目的であるのならば。
確かに、彼女たちは守るべき国を失った。守るべき国民にとても辛い思いをさせた。いや、そもそも騎士団のほとんどの団員は、マハリの国とは縁もゆかりもない人間ばかりのはず。だというのに、ここまで一つの国に思いを巡らせることなんてできるだろうか。
ヴァルキリー騎士団、それはいわばはみ出し者の集まりだ。
兵士や騎士を目指していたが挫折した者。
窃盗等の軽犯罪をしなければ生きていけなかった者。
大人の自分勝手でその人生を狂わされてしまった者。
そして、国に捨てられた者。
だからこそ、なのだろう。
自分たちにはもう帰る場所はない。でも、帰る場所のある人間たちの居場所は守って見せる。そんな目標が、意思が、出自がバラバラであったはずの彼女たちの目標を一つにした。
もう、決して自分たちのような人間は生まない。もう決して、人生を狂わせるような人間を生んではならない。
けど、その為に他人の人生を狂わせるような戦争をしていいのか。そんな矛盾に押しつぶされそうな時がある。けど、例え矛盾していたとしても、例え、それが自己満足だったとしても、その矛盾も自己満足も捻じって丸めてソレを自らの罪に刻み込む。
その思いを聞いた時、リュカは内心ほくそ笑んでいたという。なんだ、綺麗ごとを目指していたのは、何も自分だけじゃなかったのだと。
皆が皆、綺麗事を目指している。綺麗事を本物にしたいと願っている。それは、若さゆえの過ちなのか。いや、違う。若いからこそ目指せるのだ。老人には目指すことが出来ない。老人じゃ、夢物語であるとした言うことが出来ない。自分たち、何も知らない若者だからこそ願うことが出来るのだ。
「この国の人たちの命も、尊厳も、帰る場所も守る。それが今の私たちの戦う理由です!」
最後のリュカの声にセイナは自嘲した。まったく、大人になったことによって自分は忘れてしまったのかもしれない。綺麗事を貫くという強さと、その意味。もっと若い頃には勝ち目のない戦なんて山程してきたというのに、今になって逃げようとするなんて、自分は少しばかり臆病になっていたようだ。
「……そうね。少しだけ弱気になってたかもしれないわ」
改めていつもの表情に戻ったセイナ。まるで、それまでの弱気な考えをしていた自分は、消えてしまったかのように言う。
「戦いましょう。皆で、そして今度こそ守り切りましょう。この国を……国民を!」
「その為に全力を尽くしましょう……ですよね! 先輩方!」
リュカのその声に、『うん!』『えぇ!』『はい!』『勿論!』そんな声が至る所から噴出する。皆の気持ちは一つだった。
後の人間は、気持ちだけではどうすることもできないと笑うかもしれない。たが、気持ちとは前に進む活力なのだ。それがなければ、人は生きることはできない。マハリの王様は、それがなくなったからこそ死に急いで、多くの老人を道連れとしてしまった。
自分たちは、そんな老人たちと一緒にはならない。
自分たちには未来があるのだ。その未来のために、今何が出来るのかを必死で考え、足掻きもがいて、そして見つけ出す。例えそれが天からもたらされた細い細い雲の糸であったとしても、掴んで離す物か。
まぁ、そんな物が垂れ下がってくればの話ではあるが。
その時だ、徐々に徐々に外の様子が明るくなってきたのだ。
「あ、もう朝か……」
だが、今日は曇り空であるためなのか、アサヒが差し込むということは無い。いや、そもそも外の様子をうかがい知ることすらも困難だった。
「凄い、本当に霧がでてる……」
どうやら、もう朝を迎えてしまっていたようだ。見ると、とても深い霧が立ち込めていて、城下町にある建物は全く見えることは無い。こんなにも濃い霧、前世でも堪能したことは無い。
「この辺りは雨の次の日には霧になるって、ローラさんが言ってました」
「へぇ……霧……」
その時だった。
『!』
二人の脳裏に雷鳴が轟いたような感覚。
そしてそれに連なったもう一つの閃き。
彼女たちの脳裏に二つの閃きが舞い降りた瞬間、天からクモの糸が垂れ下がってきたような淡い希望を抱くにいたる。
「団長、もしかして私と同じこと考えました?」
「そういうあなたも」
二人は、顔を見合わして微笑み合う。どうやら、双方共に同じことを考えている。いや、企てているようだ。
一瞬にして変わった二人の女性の顔つきに、周囲の人間たちは困惑する。何だ、一体何を思いついたのだ、と。
そんな仲間たちを尻目に、ふたりは問題点の精査に入っていった。もう、自分たちだけの世界に入り込んでしまっているようだ。
「問題は、そんな魔法を使える人間がいるかどうか……」
「えぇ、それにもし魔力を上手に操作することが出来なかったら、私たちの方にもとてつもない被害が出る……」
「それに、もしも敵に防御の魔法に長けた部隊がいれば……」
考えれば考えるほどに湧き出てくる問題。それは、くしくも初日にトオガの国の数少ない情報を知った時のソレと似ていた。だが、その時と違い、今回は希望への問題点。これを乗り越えてしまえば勝利が見えてくるのだ。勝利につながる最後の好機とも言ってもいいものなのだ。
何かないのか、何か。その問題を解決できる手は。最高なのは、もちろんすべての問題が解けるという事。しかし、今は最後の、防御魔法を持った人物、といったところだけでもいい。そんな情報の一つがあればこの作戦は。
「確かにな」
「ッ!」
と、その時だった。霧を文字通り切り裂きながらある一体の影が現れた。そして、ソレは窓を起用に開けて、淵に爪を立てるとその腕に着いた翼をたたんだ。
そう、ソレはおよそ一日の間行方不明になっていた男、リュウガであったのだ。
「お父さん! 何処に行ってたの?」
「敵の情報を探りにな」
「ッ!」
それは、彼女達が一番欲しいモノだった。まさか、こんなにも都合よく彼が情報を持ってきてくれるだなんて思ってもみなかった。
考えてみればこの時、リュウガはちょうどいい瞬間を狙ってずっと外から会議の様子を探っていたのかと疑問に思うが、今は関係のない話だ。リュカが、リュウガに聞いた。
「それで、何か分かったの?」
「あぁ、お前たちが危惧している部隊の事についてもな」
「ッ!」
部屋に入りリュウガは続ける。
「確かに、防御の魔法に長けた部隊はいる。だが、中隊規模でたった一隊のみだ。他は、王を守る馬廻が使えるくらいだ」
「それじゃ……」
「その部隊を叩けばまだ望みはあるかも……」
解決への糸口。だが、まだ問題はある。
「けど、この作戦もし霧が出なかったら……」
「そうね。念には念を入れときましょう、霧が濃ければ濃いほど、こっちの偽装もやりやすくなるし……」
「ね、ねぇ二人とも何を?」
困惑に耐えきれなくなった小隊長のセリンが聞く。一体、三人で何の話をしているのかと。だが、予感がした。その、とても明るくなった表情から溢れ出る希望。
まさか、そんな手繰り寄せられた希望を裏付けるかの様に、セイナとリュカは言う。
「皆聞いて! これから私たちが言う魔法が使える人を探してほしいの!」
「それも、ただ使えるだけじゃない……緻密な操作もできるくらいの人間をね」
「え?」
「まさか、何か思いついたの?」
「えぇ、勝率十どころじゃない、五十くらいの物が」
それは、先程の十倍、百倍の勝率だ。
その言葉を聞いたリィナは苦笑いを浮かべながら言う。
「それでも、まだ半分か……」
「半分でも五や十より全然マシよ。まず作戦を聞かせてセイナ団長」
とカインは言う。それに対して顔を見合わせたリュカとセイナは互いに頷き合うと言う。
「その前にリュカさんと相談させて……同じ作戦でも、細部が違うかもしれないから。いいわねリュカさん」
「はい!」
ここから先は少しの間違いが命取りになる。念入りに作戦を立てる為に少しの間その場にいた騎士団の、そしてリュウガの意見を聞きながら話し合う時間を取ることとなる。
「この作戦、必ず成功させるわよ……この国と、国民の未来のために!」
「はい!!」
動き出した騎士団。この日、ヴァルキリー騎士団最初の作戦の幕が開いた。
その時、霧が晴れて朝日が部屋に差し込んできた。
彼女たちには、それが希望の道に見えた。先程までは見えなかった。でも確かにそこにはあった細くて脆い、一本の道が。




