第十四話
その日、彼女は見た。地上を滑り行くすい星を。
なにかが弾けるような音がしたと思ったら、彼女を中心として光が、その手に集まって行って。まるで、空に浮かぶ小さな星が、一つの大きな星に吸い込まれて行っているようでとても綺麗だった。
けど、その綺麗な星もすぐに消える。いや、消し飛ばされる。彼女が力を入れた瞬間だった。十数メートル先にあった木で作られた人形に吸い込まれるように、その光は飛んでいった。とてつもない速さ。
自分が走るのとでは比べ物にならないくらいに素早く、そして力強くその光の柱は人形を丸焦げにした。その人形が人間であったのならば、恐らくあの森で見た仲間たちの死体のようにおぞましいものとなっていることだろう。
「す、すごい……」
「フフッ」
感嘆の声を上げるケセラ・セラ。その姿を見て、光を放った本人はただ微笑むだけだ。
今、彼女たちがいるのはミウコの国の訓練場。ミウコの国で戦うという事になってからヴァルキリー騎士団の面々もそこを使っても構わないという事になっていた。そのため、ミウコの国の人間たちも合わせてかなりの人数が、今彼女が起こした魔法の目撃者となった。
そして、誰もがケセラ・セラと同じように目を奪われていた。光が作った軌跡は、いつまでも消えることなく残り続けるだろう。例え、彼女がいなくなったとしても。
どうしてケセラ・セラが訓練場に来たのか。話は、少し遡る。
「暑い……」
ケセラ・セラは、ミウコの軍の宿舎の屋根の上にいた。
リュカはこれから戦争をすることになる国の事を調べるために書物庫に、他の皆もそれぞれに忙しなく動いているため暇を持て余しているのは自分だけだった。だから、昼寝のためにこうして自分が間借りをしている宿舎の上にまで来たのだが、すこし失敗だったような気がしてくる。
なにせ、暑いのだ。とてつもなく。市街地などは風車によって風が送られていることによって多少は暑さが和らいでいるのだが、宿舎の方になってくると話は別。ここは、巨大な城、それとリュカもおとずれたあの工房があるおかげで風が全く通り過ぎず、暑さがそのまま漂っている。
そのため、ミウコの国の周りの熱がそのまま直接届けられてしまうのだ。ならば、魔法によって自動的に涼しくなっている宿舎の自分の部屋で寝ればいいのでは、と思うのだが、どうにも自然の中で暮らしてきたケセラ・セラは、人工的な物に囲まれることが苦手なようである。
だから、多少は暑くても我慢して自然に近いところにいなければならない。何とも生きるのにも苦労する女の子である。
「ケセラ・セラさん。こんなところにいたんですか?」
と、その時一人の女性が屋根の上に現れた。ケセラ・セラは、その女性の顔を見ると嬉しそうな顔をして近づく。
「あ、フランソワーズのおばちゃん!」
フランソワーズである。騎士団の面々はさん付け、この国の人間たちは姫様、もしくは王妃様と呼んでいるのに対して随分となれなれしい呼び方である。
「フフッ……そんなに砕けた口調で話してくれるのは、貴方だけです」
だが、フランソワーズにとってはそうやってかしこまった言い方をされるのは堅苦しいために、彼女のように目上の人下の人問わずして使う言葉遣いが、とても新鮮であったり、自分が市井の人間であると改めて教えてくれるようでうれしかったそうだ。
フランソワーズは、どうやら城の中から宿舎の屋根の上にいるケセラ・セラの事を見つけて話しかけに来てくれたらしい。
「どうです。騎士団にはもう慣れましたか?」
「うん! 皆仲間たちにも優しいし、頼れるお姉さんたちだし、いいところだよ!」
因みに、その仲間たち、つまりロウたちはというとこの国に来るまで昼夜問わずに頑張ってくれていたので今は城の近く、魔法で涼しくしてもらった部屋の中でくつろいでいる。ずっと自然の中にいたはずのロウ達の方が人間界に順応するなんて、なんとも皮肉な話である。
「そうですか……」
そのことを聞いたフランソワーズは、悲しそうな顔をした。きっと、嘆いているのだろ。彼女が好きな仲間たちや、頼れる騎士団の先輩たちに命がけの戦いをさせる事になってしまったのを。
なんとも優しい女性だ。そんなフランソワーズに、ケセラ・セラはやんわりとした笑顔で言った。
「そんな悲しい顔しないで、おばちゃん。今度は、私がこの国と、皆を守るから」
「ケセラ・セラさん……そうね、お願い」
「うん!」
きっと、何も心配していない。事の重大さを分かってもいないのだろう。だが、その分ケセラ・セラのその純粋な笑顔がとても心強い。フランソワーズはこの時、こんなに澄んだ空のような笑顔をする女の子を戦争に出すことに、改めて自分自身が嫌悪感を持ったという。だからなのだろうか、あんなことをしてしまったのは。
「そうだわ。貴方にいい物をあげる」
「いい物?」
「えぇ……」
そして、場面は一番最初へと戻る。
フランソワーズは、一度自室へと戻るとそこに置いてあった二本の槍を持ち、ケセラ・セラをあの訓練場へと連れてきたのだ。
なお、フランソワーズの自室は彼女が家出する前と内装も家具もほとんどそのまま残っており、身勝手で国を飛び出した自分の部屋を残していたことに相当驚いたらしい。
本当なら自分もリュカたちのように軍の宿舎で寝泊まりしようと思っていたのだが、流石に自分の国の姫、そして亡国の王妃を雑多に扱うことはできないと担当者に懇願された結果、その部屋を使うことになったのだとか。
「この槍、貴方に挙げるわ」
「え? でも、この槍って……」
ケセラ・セラはその槍に見覚えがあった。確か、自分がリュカと一緒に城へとカチコミ、という物を仕掛けた時に相対した王様が使っていた槍。それと同じものだ。
「そう。ロプロスが使っていた槍。国を出る前に預かったの」
「ッ! チクチクする……でも、そんな大事な物、いいの?」
「えぇ、私にはもう一本の槍もあるから」
ケセラ・セラは、フランソワーズから槍を受け取った。その瞬間、体中に流れるピリッとした感覚。辛い木の実を食べた後の舌のような感覚だ。
自分の身長の二倍程はあろうかという槍。持ってみるとずっしりと重くて、王様のようには振り回せないかもしれない。でも、何故だろか。とても安心する。これがあれば自分はどんな敵とでも戦える。そんな気がしてならない。
だが、今まで武器を使ったことのなかった自分。今まで素手で戦ってきたというのにそんな物を使うなんて想像もできない。
「でも、私武器なんて使ったこと……」
「私が教えるわ」
「え? おばちゃんが?」
「えぇ。こう見えても私、槍の扱いにはとても慣れてるのよ。応用魔法だって得意なのですよ?」
そう言うと、フランソワーズはケセラ・セラの肩の上に手を置き、目線を合わせると言った。
「この槍が使いこなせれば、貴方は仲間を、そしてリュカさんを守ることのできる力を手にすることが出来るわ」
「皆や、お姉ちゃんを……」
「そう、今はまだうまくできなくても、今の失敗や努力は未来へとつながっていく。貴方の将来への試金石になるの。だから、ね」
ケセラ・セラは、一度槍を見ると、結審したように再び笑顔でフランソワ―ズに言った。
「……うん、分かった! 槍の使い方を教えて、おばちゃん! それに、魔法も!」
「え? 魔法?」
フランソワーズは、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした。槍の使い方まではまだしも、まさか魔法まで教えて、となるなんて思ってもみなかったのだとか。
「うん、さっきの魔法凄かった! こうバシャバシャーン! って!! 私も、あんな魔法が使えるようになりたい!」
どうやら、フランソワーズが放った魔法にとても感銘を抱き、あこがれてしまったそうだ。
「……でも、習得するのは難しいわよ」
先ほど彼女の放った魔法は、【水】や【火】のような簡単な基本魔法とは違い、【氷】や【嵐】のような応用魔法の一つ。習得するのも、使用するのも、禁忌魔法よりは容易いだろうが、それでも難しい。一朝一夕に使う事なんて、いくらケセラ・セラが魔法に関して一種の才能を持っていたとしても難しいことだ。
「将来へのシキンセキ? 何でしょ? 今はダメでも、未来で使いたい!」
と、先ほどの自分の言葉を引用される形となってしまったフランソワーズが、彼女の願いを断ることなんてできなかった。
「……そう、分かったわ。それじゃまずは槍の持ち方から始めましょうか」
「お願いします!」
こうして、その日からケセラ・セラはフランソワーズから応用魔法の一つを教わっていくことになる。
後に、フランソワーズは語る。
『思えば、私はいけない大人だったと思います。未来のためだと言って、子供に人を殺す方法を教えるのですから、とても愚かだったと思っています。ですが、私は嬉しかった。彼女が、何かに興味を持つという事が、そして、あの子が成長する様子を間近で見ることが、とても……だから、私は後悔なんてしていません。あの子に、魔法を教えた事を。例え、それが……』
それ以降、フランソワーズは何もしゃべることは無かった。




