第十話
ミウコの国に着いた次の日。戦まであと四日となった日の早朝。
リュカは、城にいる侍女の案内を受け、城の中にある書物庫へと来ていた。
書物庫の本棚の中には、その名前を無駄にしないためと言わんばかりに大量の本が、遥か高くの天井付近までびっしりと埋まっており、その中から特定の本を探すのは不可能なのではないかと思うほどだった。
幸いにも、女王がとても整理整頓が大好きなために種類別に本が仕訳けられていたため、目的の本を集めることは容易だった。とはいえ、それでも数十冊もあるのだが。
まぁ、それもやむなしというべきか。何せ、これからこの世界の長い歴史の中にあるトオガの国の情報を全て見ようと思っているのだから。
「情報を集めるにはいろんな本を読み漁るに限る! ……よね?」
「フン」
情報がないのであれば、自分から調べるだけだ。そう考えたのである。そして、もしも情報があるとするのならば古い資料。トオガの国が秘密主義に走る前の国の様子を調べた資料等を読み漁れば、何かが分かるかもしれない。
薄い望みではあるがしかし、まだ望みがあるのならばその先にある希望を手繰り寄せたいと考えるのが人間である。今日の軍議は夜遅く。それまでに少しでも多くの本を読まなければならない。リュカは、必死であった。
流石に何千年も前の国の成り立ちまでさかのぼることは無いため、それらを除けばせいぜい十数冊。これならば、読めるか。
「へぇ……王様が魔族の研究を……」
リュカが読んだ本の一冊。それは、トオガの国の先々代の王が魔族という存在の研究をしていたという物だった。
曰く、トオガの国の何代か前の王は、老齢に差し掛かるころ長寿種として伝説にあった魔族の力を得ることによって長生きしようと考えたのだとか。だが、結局のところその研究は大失敗、儀式を行うことによって魔族の力を身に宿すことには成功したがその力を制御することができず暴走、一時は国を亡ぼす直前まで大暴れしたそうだ。
その本の中には当時の調査で行われた儀式の条件について書かれていた。
【儀式を行うための条件】
【一.必要な物 古代種バグラの唾液.悪魔の苗ドランドンの根っこ.翼竜の羽.煉獄の炎.ヒトの女性の魂 不義不信の壺】
【二.生贄は、五人以上でなければならない】
【三.生贄は、全員が女性であることはもちろん、乙女でなければならない】
【四.生贄は、対象者の事を深く信頼している必要がある】
大まかにいえばこんな感じだ。王はこの条件の内の何個かで失敗してしまったがために身体が異形の姿となってしまったらしい。
「ところで、魔族って何?」
何だろう、この文章に出てくる魔族という物は。自分はすぐそばで他の本を見ていたリュウガに聞いた。リュウガは、読んでいた本を閉じると、リュカのすぐそばまで来て言う。
「魔族というのはだな……」
魔族、それは世界に破滅をもたらす存在。何千年かに一度魔界と言われる場所からこの世界に舞い降りては、破壊の限りを尽くしてきた畏怖すべき種族の事だ。
見たこともない武器、見たこともない魔法。そして、見たこともないほどにおぞましい姿をしたその存在は、この世界に幾度となく侵攻し、その度に大勢の人間を死に至らしめ、悲しみを生み、そして多くの絶望を与えたという。
「そんな化け物みたいなのがいるんだ……」
「そう、化け物だな……」
「?」
リュカは、その時彼が何か思いふけったような顔をしたのが気になった。まるで、何かを懐かしむような。そんな風に感じる。
「それで、その魔族は今は何処にいるの?」
「……今から三千年近く前の事だ。前の魔族の王……魔王と言うが、鉄仮面とその仲間たちによって滅ぼされた後、魔界とこの世界を繋ぐ門が使えなくなった。結果、その多くが魔界から外に出られなくなった」
「鉄仮面?」
つまり、もう魔族がこの世界に侵攻してくる心配はないという事か。しかし、鉄仮面なる人物が気になる。自分の想像している通りなら、顔全体を覆った鉄製の仮面をかぶった人物を思い浮かべるのだが、そんな危険な、いや危険だと思われる人物が魔王を滅ぼすなんていったい何者なのか。
まだ魔族の危険性についてはそれほどピンと来ていないリュカ。しかし、少なくとも伝承に残るほどの殺戮を繰り返してきたというのは確かなようだ。そんな存在を倒せるなんて、その鉄仮面とは一体……
「自らの身長の二倍程ある槍を操る雷の化身……それが、鉄仮面だ」
「へぇ……」
リュウガが言うには、鉄仮面は男であり、若い頃は当時世界の最先端を言っていた魔法学校の生徒だったらしい。だが、その彼が使える魔法は雷のみで、そのほかの魔法は使えなかったそうだ。
雷、それは様々な属性のある魔法の中でも応用魔法の一つとして数えられるもので、それを使うには並大抵の努力じゃ物足りない。長年の修行が必要となる。そんな雷の魔法を使用できるというのに、それ以外の火や水といった魔法を使うことが出来ないなんて、あり得るのだろうか。
鉄仮面は確かに一つの魔法しか使えなかった。だが、その並外れた魔力量、運動神経、人望を用い魔法学校を主席で卒業。魔王討伐へと向かいそこで出会った仲間たちと共に第四代魔王を打倒したという。
魔王を打倒した後、鉄仮面は自らの力を他人が欲することによって争いが起こることを察知し、自分が使っていた槍を縁もゆかりもない人間に譲渡した後に、自分自身をどこかに封印したらしい。
鉄仮面と共に戦った仲間たちも、その後人々の前から消え去り、彼らは伝説となった。
「そんな凄い人がいてくれたらいいのに……」
「フン……いない者の事を何度言っても仕方なかろう」
「そうだよね……」
だが、今はそんな伝説上の人間をも頼りにしなければならないほどの危機。もちろん、自分たちを絶対に助けてくれるとは限らない。しかし、魔王を倒したという実績と求心力のある人間が今この国にいれば、どれほど心強かっただろう。国民にどれほどの安心感を与えられたであろう。
いや、そうなることを嫌って人々の前から姿を消したのだ。そんな人間をわざわざ連れてきても仕方がないだろう。
「リュカさん」
「あ、貴方はローラさん……」
それからしばらく本を読み漁っていたリュカの前に、女王の秘書のローラが現れた。気が付けばもう昼を回っていた。ずいぶんと長い時を潰してしまったようだ。
結局、トオガの国に関しての情報はほとんど集まらないも同然、分かったのは王の先祖が魔族の研究に没頭していたという事だけだった。この程度の情報量では、戦術も戦略も建てることはできないだろう。
「……少しだけ息抜きするのはどうですか?」
「え?」
そんな浮かない顔をしていたリュカの事を心配してくれたのか、ローラがそう言ってくれた。
根を極めすぎてもいいことにならないという事はこれまでの人生で既に分かり切っていること。であるのならば、少しくらい休憩して頭を休める時間を作らなければならない。
ソレにである。
「貴方達が守るこの国の事、少しでも知ってもらいたいんです」
言われてみれば、自分がこの国に来てからという物ほとんど城の中からしか国の様子を見てこなかった。昨晩はようやく街の大通りまでは出たのだが、深夜であるために店が一軒たりとも相手無くて廃墟のような印象しか受けなかった。
だから、自分はまだこの国の本当の姿という物を見たことは無い。考えてみればこれから自分が守ろうとしている国の事を何も知らないで敵国の情報を取るなんて、そんなの愛国心のない傭兵のようなものと同じなのかもしれない。
「……そうですね」
そう考えたリュカは、本棚から出したすべての本を戻すと、書物庫から出る。自分がこれから守ることになる国、そしてその国に住む人々の様子を見るために。




