第九話
外に出たリュカとエリスは、軍の宿舎を抜け出して国の市街の方にまでやってきていたい。もちろん深夜であるために誰ともすれ違わないのだが、昼間はきっとこの辺りも人でごった返すのであろう。
「いい風が吹くね……」
「はい、そうですね」
リュカはそうつぶやきながらも腰に付けている鞘に手をかけ、常に抜刀できるように準備をする。若い女の子二人、いつ何時変質者の一人や二人が襲ってきてもいいように。リストバンドによって魔力が自由には使えないのだが、あの服と同じであるのならば自分が覚悟を決めればいつでも魔力を解放できるはずだ。
もしエリスが瞬時に人質になってしまっても、エリスを拘束している腕を斬ったりと色々と方法はある。だから、大丈夫だ。などと、もはや考え方が女の子のソレじゃないものとなっていた。
「あ?」
その時、エリスが立ち止まった。変質者か。リュカは、本当に刀を抜こうとした。だが、エリスの目線の先にいた一人の女性の姿を見ると、抜こうとしていたその刀の柄から手を離した。
「フランソワーズさん……」
「こんな夜更けにどうしたんでしょう?」
そこにいたのは、自分たちの主。いや、主ではない。いうなれば、彼女は私たちと志を同じにする者。そう、しておこう。その女性が、広場の中央にある噴水で腰かけていた。恐らく、昼間にはこの場所も国民たちの憩いの場として作用するのであろうが、今は彼女が独り占めしている状態だ。
彼女は、噴水から出たであろう水を一掬いすると、その水を見ながら言う。
「出てきてもいいですよ」
「え?」
まさか、自分たちが見ているのをばれたのか。別に悪いことをしようとはしていないのだが、しかしここは出て行ったほうが良いのだろうか。そう考えていたリュカたちだが、彼女が出て行こうとした瞬間、一人の女の子が彼女達とは別の道から現れた。
「……」
「あの子は……」
栗色の髪の女の子。確か、マハリの国から出る時に見かけた気がする子供だ。あの時に見たとても悲し気な顔つきは、二週間たった今でも覚えている。
「貴方、マハリの国の子ですね……名前を」
「私は……クランマ」
「クランマ……」
その言葉を聞いたフランソワーズは、水を優しく噴水の中に戻すと立ち上がった。
「パパの名前はヤイマ……」
「その、貴方のお父様は?」
「マハリに残った……私は、一人送り出されて……」
「そうですか……」
そうか。彼女のお父さんは兵士だったのか。そして、一人娘である彼女が逃げる時間を少しでも稼ぐために国に残り、そして―――。
「お姫様、この国のために戦うんですよね?」
「……はい」
クランマのその問いに、フランソワーズは悲し気な表情を浮かべてそう言った。
「どうして?」
「……」
「どうして、マハリの……パパのためには戦ってくれなかったのに……」
あぁ、そうか。彼女はフランソワーズの事を憎んでいるのだ。だが、その気持ちも分かるような気がする。その先の事は、彼女自身が口にする。
「パパは、私たちが戦争に巻き込まれないようにって送り出してくれたのに……私たちのために戦ってくれたのに、どうしてこの国で戦争をするの……」
何故、戦争から逃げ出した国で戦争に参加するのか、何故父の思を無下にするような真似をするのか、そして―――。
「どうして、パパを見殺しにしたのに!」
どうして、父を見殺しにして逃げたのか。
考えてみれば、今自分たちはおかしなことをやろうとしている。マハリの国を逃げ出したのは、トナガとの戦力差から見て勝つことは不可能だと考えたから。
だというのに、自分たちは今からその時以上の戦力差を持ってトオガの国と戦おうとしている。これは、完全に矛盾しているのではないか。
もしもこの国で戦う余裕があるのなら、マハリで戦ってもよかったのではないか。もし今回勝とうモノなら、マハリの国での戦争でも勝てたのではないか、民の犠牲を減らせたのではないか。
もちろん、ソレはマハリの国の人々の体調が万全であった時の話。あの時、もしも戦闘可能な人間が、栄養失調などなく万全の状態で戦うことが出来ていたのならば、確かにトナガを倒すこともできていた可能性があった。
だが、もちろんソレは仮定の話。実際にはトナガの純粋な戦力差を持って敗北していたかもしれない。もしかしたら、体調が万全であっても戦の準備に時間がないからと逃げていた可能性もあるかもしれない。
全ては結果論。全ては闇の中。でも、彼女はソレに納得がいかなかったのだ。
「ねぇ、どうして!?」
少女は、フランソワーズに向けて叫んだ。
「どうして!」
その目には涙が浮かぶ。行き場のない怒り。しかし、それを許容できる程に彼女は大人ではなかった。
「どう、して……」
自分はこの世界に一人ボッチにされてしまった。その悲しみを癒す方法なんて、何一つ存在していない。フランソワーズは、そんな彼女の事を優しく抱きしめると言った。
「そうですね。私は卑怯者です」
「……」
「生涯をマハリで過ごすことを決めたのに、その国を見捨て、何千もの愛国民を置き去りにした……その罪に私は言い訳なんてしません」
彼女も後悔しているのだ。本当であれば、自分もまたあの国に残って死ぬべきだったと。だが、王に言われたそうだ。自分亡き後、マハリの者達を救えるのは王妃しかいないのだと。
その呪いの言葉を受けて生き残ってしまった。彼女は、そんな自分の事を恥ずべき者としたかったのかもしれない。
「でも、貴方のお父様が命がけでクランマさんを送り出した。その意味を消さないためにも……あの時の国民の選択を、間違っているとしないためにも私は……今、この国のためにその命を使うと……そう決めたのです」
だからこそ、彼女は自分の命を惜しまなかった。だからこそあの時、フランソワーズは自らの命と引き換えとして国民を守ろうとしていた。たとえそれが間違いだと知りつつも。
「もし、この戦いで私が死に、この国が残ったとするのならば……その時は私の遺体を見つけて唾を吐きかけてください。罪を犯してなお醜く生き残った卑怯者を蔑んでください。貴方には、その権利がありますから」
「……」
フランソワーズは、少女にそうほほ笑んだ。女の子は、なにも言えなかった。言わしてもらえなかったのかもしれない。
ただ一つ分かること。それは、この戦はマハリの国に大切な人たちを置き去りにしてきた者達にとって望まない戦であるという事だけだった。
「……」
「……」
なんとも言えない気持ちになった。自分たちはマハリの国の人たちのためにとこの戦をしようとしていた。でも、それは結局マハリの国から来た人たちの思いを踏みにじるとなっていたのかもしれない。そんな考えには思い至らなかった。
ただ、自分たちが気持ちよくなろうしただけの行為であったのかもしれない。
「やっぱり、自己満足だよね?」
「え?」
ロプロス王たち、マハリの国の老人たちのように。
「あの時、王様が玉砕することを選んだのって、ただただ格好良く死ぬ場所を作るってためだけの、ただの自己満足……ずっとそう思ってた。あの子のお父さんも、その自己満足に巻き込まれただけだったのかな……」
「……」
エリスは何も言えなかった。いや、言う権利もなかった。何故なら自分はマハリから出る時に二度と取り返せないモノを失ってはいなかったから。
店は立て直せばいい。服や装飾品も、素材があれば作り直すことが出来る。
でも、人の命は絶対に元に戻すことはできない。
前の大戦のとき、自分は両親を失った。でも、二人が取り戻した平和の中で自分は生きることが出来た。でも、あの子はそんな時間を味わう間もなく身勝手な人間たちによる戦争を経験してしまう。心の整理を一切付けないままにに、また多くの人が死ぬ瞬間に立ち会わなければならない。あまりにも自分と違いすぎる。
「……自己満足って、罪何だよね……」
「そう、かもしれません……ね」
自分もまた罪人だ。自己満足のために戦争へと足を向けようとし、自己満足の欲望を叶える為に戦争を起こしていこうと考えている。自分こそ、フランソワーズを超える罪人。
いや、もしかすると生まれたこと自体が罪だったのかもしれない。
この世界に生まれ直してなお、前世の記憶を持つ罪。
ソレは決して、あってはならない罪なのだ。
フランソワーズの事を陰ながら護衛していたのであろう。屋根の上から伝わるセイナ団長たちの魔力を背中に感じながら、リュカとエリスは宿舎へと帰っていくのであった。
夜はもう、あけようとしていた。




