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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第5章 選択の色、朱色の主張

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第八話

 ミウコの国に来てから初めての夜が訪れました。

 フランソワーズさんと、リュカさんたちが交渉しに行って数時間。その間私がマハリから持ってきた布を日よけ代わりにしながら、そして脱水にならないために水分を取ることを忘れないようにしながら私たちは待ち続けました。

 ミウコの国が常夏の国であるという事は知っていたのですが、まさかここまで暑い物とは思いもよりませんでした。ですが、飲み水はここに来るまでにあった森の中で見つけた湖でたっぷりと用意していたためなんとか入国が許可されるまで一人も熱中症になることもなく、生き残ることが出来ました。ほんと、私たちってしぶといですね。

 戻ってきたフランソワーズさんからは、まず現在のミウコの国の状況についての説明がありました。

 どうやら、ミウコの国も戦争が間近に迫っているようであり、とても緊迫した雰囲気になっているとのこと。なんと、戦争が嫌で亡命してきた私たちに待っていたのはまたしても戦争だったのです。本当に皮肉な物です。

 ですが、なんとかミウコの国で暮らせるよう言質。取ってくれたらしく、私たちはその後軽い身体検査を受けたのちにミウコの国に入国することが出来ました。

 ミウコの国の第一印象は、まずとても暑い、いえこれは先ほど言ったからもういいでしょう。それ以外の印象としてはとても大きな国であるという事。恐らく、マハリの二倍程でしょうか。

 マハリのような、国境を示す壁もないため、とても解放感を感じられるのもあるのかもしれません。それに、外からも見えていたのですが、国中いたるところに見える風車も特徴であるのでしょう。

 風車が作り出す涼やかな風は、先ほどまでの暑さを忘れさせるほど気持ちのいい物でした。

 ミウコの国の中に入った私たちは、二つの組に分けられました。空き家に仮住まいする組と、軍の宿舎に仮で泊めてもらう組。私は後者です。本住まいに関してはもしも次の戦争に勝つことが出来れば空き地に作ってもらえるそうです。

 山の頂上から見た時、それほどまでの大きさの空き地があるようには思えなかったのですがフランソワーズさん曰く、壁で囲まれたマハリと違って国の境目がないからこそ、少しくらいは融通が利くのではないか、だそうです。

 そのあたりの難しい話は子供の私にはよくわからないのですが、しかし屋根のある場所で眠ることが出来るのは喜ばしいことです。

 私は、用意された部屋の中に入ると、まずは荷物を整理し、この二週間で手にいれた服の素材の仕分けを始めました。

 このミウコに来る道中、マハリのなかで暮らしている私では絶対に見つけることが出来ないような素材がたくさんあって、マハリから出る時には必要最低限しか持って出なかったというのにいつの間にかとてつもない大荷物となってしまいました。もしかしたら私には収集癖という物があるのかもしれません。

 この素材でリュカさんやケセラ・セラさんの服を作ったら似合うだろうな。そう考えながら用途別に荷物を分ける事数時間。

 時間を忘れた私は、いつの間にか深夜になっていたことに気が付きませんでした。

 何かに熱中してしまうと寝食も忘れてしまうのは、私の悪い癖です。子供の今ですらこれなのですから、大人になったらもっとひどいことになっているのかもしれません。まぁ、大人になれたらの話ですが。

 聞くところに来ると、これからミウコの国が戦をするのはトオガの国。マハリという閉ざされた国にいた私ですらも聞いたことの有名な国です。果たしてそんな国と戦をして、勝ち目はあるのでしょうか。私たちは生き残ることが出来るのでしょうか。

 正直とても不安ですが、しかし私がどれだけ心配しても仕方がありません。リュカさん達、騎士団の皆さんと、このミウコの国の軍を信じるしか今の私にできることはありませんから。今は今を生きることを頑張るしかありません。

 それよりも、明日からはこの国の防具屋の人を紹介してくれるそうですので今はそちらの心配をしたほうが良いのかもしれません。マハリの時のように最初は自分のお店を持つことも考えましたが、最初からお店があったあの時とは違い、何の下地もない私が店を出すことはとても現実的ではないですし、まだまだ私も未熟者。まずは働き口を見つけて、そこから自分自身を成長させていこうと思ったのです。

 それなのにこんな夜遅くまで起きていては明日が心配になってしまいます。とにもかくにも早く寝なければなりません。

 まずは、早く寝るためにベッドへと、と思ったのですが初日という事もあって興奮しているのかよく寝付けません。仕方ないので、夜風に当たってくることにします。

 ふと、外に出てみると涼やかに感じた。昼間も、風車が作り出してくれていた風のおかげで暑かったことが嘘であるかのように涼しかった。しかし、今はその風車も止まっているため熱帯夜になってもおかしくはないはずなのに全然涼しかった。

 何故そんなことになっているのか皆目見当もつかなかったが、この寒暖差は慣れなければ身体を壊してしまいそうで怖いのは分かった。この国で暮らすには少しばかしのコツを掴まなければならないようだ。


「あれ、エリスどうしたの? こんな夜中に」

「リュカさん」


 その時だ。前方からリュカが現れたのは。確か、彼女はヴァルキリー騎士団の面々と今回の戦の作戦会議、つまり軍議を執り行っていたはず。今の今までかかっていたのだろうか。


「少し、眠れなくて……リュカさんの方は、軍議ですか?」

「そう。でもあまりいい案が出なくてお開きになったの」

「そうなんですか……」


 だからあんなにも浮かない顔をしていたのか。まぁ無理はない。トオガはこの世界で最も天下統一に近い国であると言われているのだから。そんな国を相手取り、また勝利を収めるためには生半可な戦略ではどうしようもないのだろう。


「これから宿舎に帰るんですか?」

「うん、そうだけど」

「ならちょうどよかったです。渡したいものがあるんです」

「渡したいもの?」

「はい」


 せっかくだ。自分が素材整理に合間に彼女やケセラ・セラのために作っていた物を渡しておこう。そう考えたエリスは、彼女を自分の部屋に招き入れた。

 そして、机の上に置かれている小さな黒いわっか状の布を手に取った。


「実はリュカさんとクラク姉さん。それからケセラ・セラさんのために、これを作っていたんです」

「これは……」


 リュカは、それを手に取ってみた。そのとたんに、ソレがなんであるのかすぐに理解することが出来た。

 この感覚、この布はあの服と、魔力を吸収する服と同じ素材を使っているのだ。


「あの服をずっと着続けるのは辛いと思いまして、同じ効果を持った物を作ってみたんです。腕に取り付けるだけで効果を発揮できますし、取り扱いに気をつけなければ便利ですわ」


 と、エリスは言うため、リュカはその布の環になっている部分に手を通してみた。すると、まるで吸い付くかのように手首の大きさに添う大きさになって張り付く。そして襲われるのは一瞬の脱力感。魔力が吸われて行っているのだ。

 この大きさで、全身を覆わなければならない服とほぼ同じ効果を再現するなんて、素材にしている布が凄いのか、はたまたこのモノを作ったエリスが凄いのか。ともかくこれでいちいちあの服を着る面倒から解放された上に、自分もオシャレという物を堪能できるようになったから一石二鳥だ。

 自分だって女の子なのだからオシャレはしたい。しかし、あの服を着ている限りどれだけ綺麗な服とスカートを合わせても不格好に見えてしまう。それが少し嫌だった。


「へぇ、いいねこのリストバンド」

「りすとばんど?」

「あ、ううん何でもない」


 エリスは、リュカの発した聞きなれない言葉に首を傾げた。

 いけない。前世のソレとほぼ同じ形だからと言って前世の言葉、特に英語なんて物この世界の人間には分からないのだ。しかし、どれだけ言葉を選んでもそうとしか見えないから、というかそうとしか呼べないから果たしてエリスがどのようにコレを名付けるのかも見ものである。


「いえ、これをどう呼ぼうか迷っていたんです。いいですね、≪りすとばんど≫。その名前、使わせてもらいます!」

「そ、そう? よかった……」


 こうして、この世界にリストバンドという言葉が輸入された瞬間であった。こんな感じでこの世界で使われている前世の言葉は輸入されていったのだろうか。こうして徐々に自分の世界の慣れ親しんだ言葉ばかりになっていくと、まるで前世の世界がこの世界に侵略しているような気分になって申し訳なく思えてしまう。

 特に筋トレ、貴様はいつか輸入した転生者もろとも抹殺してやる。


「それで、どうなんですか? 戦の方は……」

「うん……なにか妙案でも思いつかないかなって思ってるんだけど……」


 と、ここで明日の事もあるのでもう寝てもいい頃なのだが、お年頃の女の子たちには時間も何も関係ないと言わんばかりに話を広げようとするエリス。そしてリュカ。 


「私は、軍議に口を出す立場ではないので……でもそうですね、何が問題なのか口に出してみてください」

「問題?」

「はい。話している内になにか名案が生まれるかもしれませんし」


 なるほど、つまりあれか。ひどく落ち込むほどの問題を抱えていて、それを他人に相談して答えを見つけ出そうとしたら、放しているうちに自分で自己完結してしまっていたアレのような感じか。いやまんまではあるが。

 ともかく、彼女にも一理ある。それに彼女の事も信頼しているし、間者でもないのは間違いないので情報流出の危険性はないはず。一度彼女に話してみてもいいのかもしれない

 とはいえ―――。


「問題ねぇ……まぁ、山積みなんだけどね」

「そんなにですか?」

「そっ……」


 もう、問題がありすぎてどれから話していいのかも分からないほどだ。


「まず第一に、兵力の差……こっちと相手で最大で七倍以上も差があるなんて……」

「その時点で不利なんですね」

「そうなんだよね」


 聞くところによると、トオガはあまり戦略という戦略を立てるような国ではなく物量を持って敵を圧倒することを信条とする国。だから、相手との戦力差が大きければ大きい程その恐ろしさを見せる国であるのだとか。

 今、ミウコの国とトオガの国の兵力差はリュカが言う通りに約七倍。いや、今後によってはもっとひどくなることだろう。

 この戦力差なのだから、ミウコの国の兵、それからマハリから連れてきた兵隊の中にはそもそも戦いたくなんてないという人間も出てくるはず。離反、逃げだす者、下手をすれば裏切りトオガの国につくものも出る可能性だってある。だから、事と次第によっては戦力差がさらに広がる恐れがあるのだ。

 因みに、ヴァルキリー分隊に関しては今のところ全員が参戦を表明し、脱落者は一人も出ていない。これは、ほとんど全員がいうなれば、戦闘狂であることが理由である。


「第二に、戦場が文字通りほとんど何もない場所。あるのは簡素な砦だけで、あんなところで戦なんて……」


 力で支配しようとする者に対しては戦略を立てることが勝利への近道となる。だが、自分が見た通り、今回の戦場はほとんど真っ平な荒野で何もなく、そもそも戦略という戦略を立てられない場所。これに関しては先ほどの軍議の際にもセイナは困った顔をしており、自分も含めて誰一人として有用な戦略、戦術を考えることが出来なかった。


「そして第三、これが一番の問題なんだけど……」

「一番の問題?」


 今まででもかなり大きな問題ばかりであると思うのだが、この期に及んでまだ何か問題があるというのか。もはや弱り目に祟り目と言っても過言ではない中、リュカは口を開いた。


「……あまり敵の国の情報が集まってないの」

「え?」

「トオガの国の情報は、さっきこの国の人に教えてもらったんだけど、知ってたのは戦力差と、ほとんど力任せな戦術で来るってくらい。どんな武器がどれくらいあって、どれだけの人間が魔法を主体として戦うのか……どんな陣形でくるのかの情報もない」


 聞けば、トオガの国はかなりの秘密主義の国であり、また襲った国は手中に収めた後、外部との接触つまり外交をほとんど禁じてしまい他国の人間を絶対に国の中にいれないという政策を取っていた。

 これは、トオガが外交を閉じても食料などに困らないほどの強大な国であるからこそできる物で、このためにトオガの国の情報が外部に出ることがあまりないのだ。

 唯一分かったことである戦力差に関してはこの国に来る途中であるトオガの兵の数を目視で確認したこの国の間者からの情報を、力任せの戦術に関しては国ごと滅ぼされ生き残ったとある国の人間がもたらした情報。その人物もこの国にたどり着いた数日後に傷が原因で亡くなったらしい。


「このままじゃトオガの国に合わせた作戦なんて立てられない……どうすればいいのか……」

「……」


 力任せなんて野蛮な戦法を取る国なんて強いわけがないと高を括っていたのかもしれない。しかし。力任せも極めれば立派な戦術の一つとして成立する。自分たちはその力任せの戦術に対してどのように戦えばいいのか。全くとしていい案が思いつかない。どうすればいい。どうすれば。


「あぁ、考えていたら熱くなってきた……もう一度外に出てみよう」

「あ、私も行きます!」


 リュカは一度頭を冷やすために外に出ることにした。エリスもまたそんな彼女を追って部屋から出る。

 とにかく、何か一つでも打開策を見いだせなければこの国の人たちも自分たちも終わるのだ。今は身体を動かして脳に血液を送ることによってその方法を考えよう。

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